04-13-沖つ風──しじまに揺れて、揺らめいて
ホビットたちは礼を言い、護衛の報酬としてリディアにマンドレイクがぎっしり詰まった革袋ふたつを手渡すと、酒場の方へ向かっていった。彼らはきっとこれからエールやウイスキー、ウォッカを楽しむのだろう。
「すごくいい匂いだった……はぁ……」
「元気な方々でしたねぇ……」
「元気すぎるっつの……」
灯里はうっとりとしながらも、JKとして自信を無くしているようだ。しかし俺にはどうしようもない。
「大丈夫、灯里もいい匂いだから」なんてフォローしようものなら、俺はきっと警備兵に捕まって投獄されてしまうだろう。
リアムレアムとハルピュイアは街に入る直前、街の人を驚かせてはいけないと、リディアに召喚を解除された。そのときの
街の住人はモンスターと召喚モンスターをちゃんと分けて考える。だからコボたろうが怖がられることはない。
しかし獰猛な牙や爪──強大な力は、たとえ召喚モンスターといっても恐怖の対象となるようだ。
召喚時にアッシマーや灯里、ホビットたちだって召喚モンスターとわかっていながらも、驚きの感情の裏側に、コボたろうには見せなかった恐怖をたしかに隠していたことがなによりの証拠だ。
それは仕方のないことだとは思いながら、コボたろうが遠ざけられないことに対して安心感も覚えながら、しかし俺だってそんな感情の裏側に、俺の召喚モンスターはまったく驚かれないのにという、リディアに対する引け目を感じていた。
──
「はうぅーっ……難しいですぅぅー…………」
アッシマーはポーションの調合に苦戦していた。
「応援することしかできねえけど頑張れアッシマー。これが成功すればマイナーヒーリングポーションの完成だ。応援してる。それとできればあざとく呻くのやめてくれ」
「藤間くんそれほんとうに応援する気あります!?」
アッシマーの絶叫。
あまりの調合難易度ゆえか涙目になっている。
俺や灯里から見た感じだと、調合素材とにらめっこして、アッシマーが手を
「アッシマー。薬湯とマンドレイクを調合するというよりも、薬草とライフハーブ、マンドレイクを調合するイメージにしたほうがいい。そうして赤い液体を思いえがいてビンに雫を落とすイメージ」
リディアのアドバイスを受け、アッシマーは再び作業台へと視線を落とす。
「ふぎぎぎぎ……。あっ、3%だけ上昇しましたぁ……。でもまだ全然ですぅ……。ほかにコツはありますか?」
「アッシマーは、はじめての調合からまだ一週間だからしかたない。ほかには……」
まあいつものことだが、こうなると俺に手伝えることは何もない。ステータスモノリスを確認し、自分のSPとMPが満タンになったことを確認すると、改めて召喚しなおしたコボたろうと一緒にベッドから立ち上がって在庫の確認をする。
俺たちが所持しているのは、
マンドレイク×44、
薬湯×40、
ライフハーブ×40、
エペ草×70。
となれば、次に必要なのはオルフェのビンをつくるのに必要なオルフェの砂だった。
「灯里。その……報酬はなんか出す。その、あれだ。砂の採取、ちょっとつきあってくんねえか」
どう考えても俺と同じく
「い、行く……! が、頑張るねっ」
「お、おう、頼む。つってもべつに、お前のペースでいいからな」
灯里にそう言ってアッシマーを振り返る。作業台に載った素材へ難しそうな顔を向けているアッシマーに声をかけるのもちょっとアレだな。
「リディア、灯里と砂の採取に行ってくる。…………アッシマーにもあんまり無理しないように言っておいてほしいんだけど」
リディアはリディアで、自分の採取したマンドレイクと俺たちから買い取る薬湯でポーションへの調合をするため宿に残るだろう。
「わかった。……いつも言ってるけど無理する。…………アッシマーも、透も」
リディアに苦笑を返して宿を出た。
時刻は午後四時すぎ。夕焼けにはまだ少し早いくらいの時間だ。
先頭を俺とコボたろうが横並びで歩いていたんだが、少し後ろを歩いていた灯里が足を速めて俺の空いたほうの隣に並ぶと、なぜかコボたろうまでもが足を速めて俺たちから距離をとった。
「なにしてんだコボたろう」
「……」
俺の声にコボたろうは応えない。どういうことなの、と灯里の顔を見るとなぜか赤くなって俯いている。
「あー……。灯里っていまLV3だっけか」
「う、うん。もう少しでLV4なの」
「必要な素材ってなんなんだ?」
「コボルトの槍が2本、コボルトの弓が2張、ライフハーブが2枚にホモモ草が1枚だよ」
「結構いるんだな……。そういやコボルトって槍しかドロップしない気がすんだけど、弓もドロップすんのか」
「うん、マイナーコボルトを強くした『ロウアーコボルト』っていうモンスターから手に入れるみたいだよ。私は運良く手に入れ……あっ、ご、ごめんね」
急に灯里が謝り出す理由が分からず顔を向けると、気まずそうな視線と目があった。
「ぅ……その、前、砂浜で……藤間くんが私達をたくさんの弓矢から庇ってくれたことがあったでしょ? そのときの……」
「あー……そういうことか。べつに気にしなくていいのに」
ダンベンジリのオッサンを逃がすためにマイナーコボルト二体を引き連れて砂浜に逃げたときのことか。
たしか逃げてる最中、気づきもせずに大量のモンスターを巻き込みながら引き連れちまって、10本くらいの矢が飛んできたんだったな。
灯里とか祁答院の話によると、俺が死んだあとにリディアが駆けつけて、弓を持ったコボルト10体を一掃してくれたらしい。そのときの木箱から出たのがコボルトの弓ってことか。
あのとき泣くくらい気にしていた灯里は、自分の台詞を失言だとしょんぼりしている。気にしなくていいって言ってんのに。
そうこうしているあいだに海が見えてきた。
コボたろうが振り返って「もう少しまともな会話をしなさいよ」とでもいいたげな視線を俺に向けた。そんな無茶な。
──────
《採取結果》
──────
42回
採取LV3→×1.3
砂浜採取LV1→×1.1
砂採取LV1→×1.1
↓
66ポイント
──────
判定→A
オルフェの砂×3
オルフェの白い砂
オルフェのガラスを獲得
──────
ヤバい、砂の採取が楽しい。諸兄はわかってくれるだろうか。
マンドレイク──難しい採取をこなしたあとにいちばん簡単なオルフェの砂の採取に戻ってくると、俺TUEEEE感が半端ない。
最初の一発目だからかなり気を楽にして採取したんだが、余裕のA判定。採取物の多さが快感だ。これ、少し頑張ればS判定もいけるだろ。
──────
《採取結果》
──────
46回
採取LV3→×1.3
砂浜採取LV1→×1.1
砂採取LV1→×1.1
↓
72ポイント
──────
判定→AA
オルフェの砂×3
オルフェの白い砂×2
オルフェのガラスを獲得
──────
Aの上はS判定じゃなくてAA判定かよ。
でも報酬が増えるのは変わらないから、べつにどっちでもいいんだけど。
現在俺とアッシマーの持つ袋の数は、容量50で重さが半分になる『☆マジックバッグ』が一枚と、容量30の革袋が五枚。
採取や運搬、素材の保管にも使える革袋はまだまだほしい。
オルフェの白い砂を傘寿単位集めるとココナから2シルバーと一緒に革袋がもらえるから、白い砂の収穫量が増えるのはありがたい。
その先も俺はAA判定を連発。灯里とコボたろうもE判定とD判定を行き来しながら、オルフェの砂を積極的に集めてくれていた。
そんなとき──
「あれ? 伶奈じゃね? なんでこんなとこにいんの?」
「うわ、しかも藤間と一緒じゃん」
神経を逆撫でするような声が、穏やかな砂浜から波音を奪い去った。
「ぁ……
弱々しい灯里の声。
イケメンBとCが俺たちを見比べるようにして、露骨にいやな顔をした。
その後ろからは祁答院、高木、鈴原が駆けてきて「あちゃー」と顔を覆っている。
「伶奈が今日、別行動するって亜沙美が言うからよー。つーかなにしてんの? 採取ってやつ?」
「採取とか俺らに必要ねーべ。伶奈いねーと戦闘大変なんだって。いまからでも一緒に行こうぜー」
こいつらの顔からは「そんな奴と一緒に居ないで俺らと行こうぜ」とハッキリした俺への悪意が見てとれた。
「慎也、直人。伶奈には伶奈の事情があるんだ。もう行こう」
祁答院がふたりに声をかける、彼らにも
「は? なんで? 伶奈は?」
「そーそー。なんで俺らが伶奈を譲らなきゃいけんの?」
そう言い返すと、後ろにいた高木は高ぶった声で、そして鈴原は申し訳なさそうに、
「あんたら伶奈をものみたいに言うんじゃねーよ!」
「伶奈、藤間くん、ごめんねー……。ウチらもう行くからー」
そうして始まる内輪揉め。揉めるぶんには構わないが、どこかほかの場所でやってほしい。
「いやなんでいつも我慢するのがこっちなんだよ。怜奈もなんでそんなやつと一緒にいるんだって」
「そいつも伶奈が可愛くて強い魔法が使えるから一緒にいるだけだろ」
早く他の場所に行ってほしい。
…………じゃなきゃ。
《コボたろうが【槍LV1】【攻撃LV1】をセット》
「落ちつけ、コボたろう」
どちらかに死人が出るぞアホンダラ。
「それかそいつ、勘違いして伶奈に惚れたんじゃね」
「全然釣り合わねえ」
「いい加減にしろよ慎也、直人……!」
俺は大人じゃない。
ここまで言われて、良い人間でいられるほどの忍耐力もないし、そもそもができた人間じゃない。
灯里はうつむいて、華奢な身体を震わせている。その様子を見て、少なくともこのふたりがいるパーティに戻りたいわけではないだろうとうっすら感じる。
しかしそれでもなにも言い返さないのは、俺と同じように言われ慣れているからか、俺のことをどうでもいいと思っているからか、あるいは……言い返せない理由があるからか。
……。
俺はその三択の、いちばん最後であるだろうと推察した。
灯里から今日一日行動を共にしたいと言った。俺はそれを受け入れた。そして灯里はいまも俺やアッシマーと一緒にいることを望んでいる……と、思う。
なら。
「なー伶奈、行こうぜー」
灯里を掴もうと伸ばしたイケメンBの腕を────
「ざけんな」
俺の頼りない手が弾いた。
「────あ?」
睨み合う。向こうのほうが身長は10cmは高いし、なにより強そうだ。
それでも行け、藤間透。
殴りかかるより勇気の要るその言葉を──
「灯里は俺のだ。お前らにゃ死んでも渡さねえ」
「わ、私っ……! 藤間くんと一緒にいたいっ……!」
悪意の
俺を……むしろ灯里を見て唖然とするイケメンBはもう、俺の目には映っていない。
「「………………ぇ?」」
優しくも不安げに見開いた眼差しが、俺の視線と交錯する。
いま、灯里は、なんて言った?
そう自問して、たったいまの記憶を手繰り寄せたところで、灯里も同じように自答したのだろう。
ぼっ、と火がついたような顔を、灯里は自らの両手で覆い隠した。
風が一度、砂浜を撫でるように吹いた。それは涼風のはずなのに、たしかな熱気を帯びていて、しかし一瞬で火照った頬にだけ、やけに冷たく感じた。
(了)
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