04EX-心音~こころね~

04-14-心音~こころね~

 ほらたまにあるよな。幼稚園で先生が、これほしい人、手を挙げてー! みたいなときに遠慮してたんだけど、誰も手を挙げないから、ピュアっピュアな俺が遠慮がちに手を挙げると、ちょうど横の女の子もおずおずと手を挙げてて、


「ふじまがほしいならそんなのいらなーい」


 なんて言われて幼心が傷ついたり、


 コンビニで一個しか陳列されてないチキンを見て、


「「チキンください」」


 隣のレジのOLと注文が被って、コンビニ店員が困るんだよ。俺が「やっぱいいです」なんていうと、隣のOLもチキンをゴミのような目で見て「要らないです」なんて言うんだよ。なにこれ、俺の歴史切なすぎじゃね?


 とまあなんにでも巡り合わせの悪さなんてのは存在するわけで、灯里が断れないなら俺が断ってやろうと思って口にした言葉は、灯里自身が主張した言葉で上塗りされた。


 え……。なら俺のセリフ、意味なくね?

 振り返ると赤面の色を濃くするような文言は黒歴史レベル。


 灯里は結局、俺の力など必要とせず、はっきりとこいつらを拒絶した。


『灯里は俺のだ』

『藤間くんと一緒にいたい』


 ~~~~~~っ!


 こ、これじゃあ……っ。

 ただの、む、睦言むつごとみたいじゃねえか…………!


 高木、鈴原、頼むっ…………!

 イケメンBとCに一喝したみたいに、俺に対しても「もの扱いしてんじゃねーよ!」って言ってくれ…………!


 そうすりゃ俺だって、勢いだったとか、言葉のあやだとかいろいろと言い訳……!


「~~~~~~っ」

「~~~~~~っ」


 ばかやろうガラにもなく顔真っ赤にして両手で顔覆って指の隙間からこっちをちらちら見てんじゃねえよ! いまそんなウブ属性必要ないっての!! 鈴原まで揃って何やってんだよ!?



「な、なあ伶奈、嘘だろ?」


「ごめん、ね。嘘じゃ、ない、よ」


 たどたどしい灯里の語り口はまるで、だからこそ真実を絞り出すように語っていると裏打ちするようで、イケメンBとCの表情を歪めてゆく。


「慎也、直人。……もういいだろ。行こう」


 こんなときに頼りになってこそ、真のイケメンである。エクスカリバー祁答院は呆気にとられるイケメンBとCを引きずって街のほうへ戻っていった。コボたろうが塩の代わりと言わんばかりに足元の砂をイケメンのほうへと投げつけた。


「あ、いや、その、ごめん、あ、あた、あたた、あたしたちも行くからっ」

「あ、あはは、ふたりともお幸せにー」


「あ、いやちょっとまて。お前ら絶対勘違い──」


 俺の静止もまったく聞こえていない様子で、高木と鈴原はどべべべべー! と街のほうへ走っていってしまった。


 砂浜に残される俺、灯里、コボたろう。

 コボたろうは俺たちに一度優しい笑みを浮かべ、すこし離れたところで採取をはじめてしまった。


「あ、いや、ええとだな。さっきのはべつにあれだ。その……」

「う、うん。わかって、る、よ」


 慌てて説明する俺に、灯里も負けじと慌てて首肯する。いや本当に分かっているのだろうか。さっきのあれは本当にそう思っているわけじゃなくて、あいつらを納得させるための──


「わかってる、けど、…………えへへ、ほんとは、わかりたくない、かも。……なんちゃって…………えへへ」


 困ったように笑い、首をかしげる灯里。

 灯里は男を惑わせるにじゅうぶんな可愛らしさといじらしさを持っている。俺はそれを知りつつも、べつにときめいたりしない。


 俺は、期待しないから。

 可愛ければ可愛いほど、いちばん遠い存在の俺は、期待しないから。


 ──なのに。


 どっ。


 あっ、おい、ちょっと。


 どっどっどっどっ…………。


 なんだよこれ。



「だって私には、さっきの言葉に、ひとかけらのいつわりもないから」

「え、あ、う」


 どくん、どくん、どくん、どくん……。


「ねえ藤間くん。先々週、入学して少ししたころの放課後でのことなんだけど…………」


 なんだよ先々週って。灰色の高校生活が始まったころ、なにがあったっていうんだよ。


『灯里伶奈です。藤間透くん、す、好きです。私とつきあってもらえませんか』


 散々痛い目にあってきた俺が『罰ゲーム』だと一蹴した夕焼け。

 灯里が悪いやつじゃないと知っても、もうそんな気持ちは残ってないだろうと切り捨てた黄昏たそがれ

 そうして、宙ぶらりんにしてうだうだと放置しつづけた茜空あかねぞら


 思い当たることなんてこれくらいしかねえよ。

 ……つーかこれだよな。俺どんだけテンパってんだよ。落ち着け俺の心臓。


 どっ、どっ、どっ、どっ……。



「あの日の告白、忘れてください」


「あ、お、あ、………………あ?」


 痛いほどの高鳴りが、止んだ。

 うるさいほどの心音しんおんが、たちまちんだ。


「あの日、本当は……入学前に助けてくれたことのお礼を、ちゃんと言いたいだけだったの」


 そうして再び波音と涼風に気づくと、俺は平静を取り戻してゆく。


「私ね、助けられてから調べたんだ、藤間くんのこと。でもなにもわからなくって……。あの後すぐ事情聴取で離れちゃったから、名前も年齢もなにも。『丸焼きシュークリーム先生』も調べてみたけどわからなくって……」


 いやそりゃ無理でしょ。だって俺、県外から来たから俺のこと知ってるやつなんてほぼゼロだし。あのときは当然私服だったし、学校もわからない。

 ついでに丸焼きシュークリームというのは灯里を助けるときにでっち上げた空想のエロ同人作家だ。探しても見つかるわけがない。


「そうしたら同じ学校の入学生に藤間くんがいて、しかも同じクラス……。私、奇跡だと思って、すごくうれしかったんだ。でも声をかけるタイミングがなくて、藤間くんも私のこと全然覚えてないみたいだったから……」


 俺はたしかに、よくは覚えていなかった。

 恫喝するチンピラの顔は恐怖を伴って覚えていたのに、助けた女子の顔を覚える余裕なんてなかった。


「それであの日の放課後……。藤間くんに残ってもらって、お礼を言うつもりだったんだけど……あはは、ほんとバカだよね……。あんなに感謝の言葉を伝える練習をしたのに、気づいたら告白しちゃってた…………」


 俯いて肩を震わせる灯里。

 ここは何らかのフォローを入れるシチュエーションなのかもしれないが、俺には灯里の言葉の意味がまったくわからず、頭上にクエスチョンマークを浮かべながら首を傾げるしかない。



「どういうことだ? べつに好きでもないけど混乱しすぎて告白しちゃったってことか?」

「違うよ。好きでどうしようもなくなって、我慢できなくなって、口から溢れちゃったの」


「え、あ、う、…………え?」


 俺の疑問を、灯里が即、否定した。

 景色が切り替わる。また風の音も波の音も聞こえなくなって、己の律動と灯里の紡ぐ言葉だけが砂浜を支配した。


「でも、急によく知らない人から告白されても困っちゃうし、信じられない、よね。だから……やり直したい」

「やり、直す」


 それは皮肉にも俺が昨日、自分自身とアッシマーに誓った言葉。


「うん。やり直したい。私、藤間くんのことがもっと知りたい。藤間くんにも私のこと、もっとよく知ってほしい。そうしてから、もう一度──」


 どくん。

 どくん、どくん、どくん。


「ま、まて、まって。待ってくれ」

「ぅ……うん、ごめん、ね? 私ばっかり」


「あ、いや、違うんだ。違うんだよ。その、その、だな」

「ご、ごめん、藤間くん。待つ。待つ、けど……ぁぅ…………もう、もたないかも……」


 もしかして灯里。

 お前は本当に、俺なんかのことが好きなのか…………?



 そして。



 ひどいことをたくさん言った。

 ひどいことをたくさんした。

 追い払って、押し返して、突っぱねた。




「それでも灯里、それでもお前はまだ俺のことが、好──」

「好きだよ、藤間くん。大好き」



 とくん。

 胸の音色が変わった。

 胸を打つ躍動は強烈なものの、今までよりもずっと優しく包み込むような音。


「だから私、がんばる。そしてもう一度告白する。そのときは、ちゃんとお返事、聞かせて欲しい、な」


 高鳴りとは違う、己の心音こころね

 灯里のこれが告白じゃないとすれば、いったいなにが告白だというのか。


 なんだよこれなんだよこれ。


 う…………。


 俺を見上げる潤んだ瞳。


 あ…………?



 あ、あ、灯里って、こ、こんなに可愛かったっけ…………?



「採取、しよ?」


 灯里はくるりと振り返って、情けなく口をぱくぱくさせている俺を解放した。



『好きだよ、藤間くん。大好き』



 ひたひたにふやけた俺の心を、灯里の言葉が何度も優しく包み込む。



 ああ。



 俺が灯里の言葉を信じられるのは。



 濡れたスポンジが洗剤を吸うように、俺の心がこんなにもひたひたにふやけているのは。



 灯里の想いを知り、しかし俺が瞳を閉じて思い浮かべた笑顔は──。



『えへへぇ……。いっしょに食べたいですねぇ…………。おでん』



 しっかりと仕込んだ大根のように、お前のくれた笑顔が、背中が、優しさが────アッシマーのすべてが、俺にみていた。

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