04-15-隣にならぶ太陽
44個あったマンドレイクはアッシマーが苦戦の末、20個のマイナーヒーリングポーションに調合され、20個×45カッパーの9シルバーでリディアに売却した。
そのほかにはリディアが調合するぶんの薬湯を20個売却し、その収入が4シルバー80カッパー。ココナに売りつけた白い砂の収入が2シルバー。
合計15シルバー80カッパーが本日売却分の利益である。
モンスターからドロップした金と不要素材やスキルブックの売却収入も合わせれば23シルバーとなり、これを俺、アッシマー、灯里の三人で分配した。
灯里はユニーク杖を獲得したこともあり、金は遠慮していたが、アッシマーとふたりがかりで6シルバーだけ無理矢理渡した。
これで俺たちの全財産は前日からのあまりから今日の生活費、そして明日の生活費+宿での食費を差し引きして23シルバーになった。明日も買い物から始められそうだな。
「じゃ、じゃあ藤間くん。今日は本当にありがとう」
「あ、いや、こちらこそ。いろいろと助かった」
午後8時55分。
真っ白な壁。
目が合うと、あの砂浜の一件から何度目だろうか、えへへ……と恥ずかしそうにはにかんでくる。
くっ……。か、可愛いじゃねえか。
……と、ここで宿の二階、嫌味なく装飾された窓が開き、そこから覗く顔ふたつ。
「あ、伶奈じゃん。おかえりー」
「あー、藤間くんに送ってもらってるー。いいなー。藤間くんやさしー」
「香菜、なに言ってんだって。オトコならオンナ送るくらいフツーっしょフツー」
窓から覗く金髪の『オトコ』と『オンナ』の言いかたが、特別な関係の男女を指しているようで、慌てて灯里に顔を向けた。
「……なあ、ちゃんと誤解は解いておけよ」
「えへへ……うんっ。おやすみ、藤間くん」
「おう」
灯里が宿に入ったことを確認し、一応高木と鈴原に手を振って、高木や鈴原の声にイケメンBCが気づいたら厄介だと早足で帰途についた。
──
「ふぇぇ……ごめんなさいぃぃ……」
リディアも隣の自室に戻り、あとは寝るだけの時間。
アッシマーは44個のマンドレイクから20個のポーションしか調合できなかったことに責任を感じて、涙目になっている。
「いいって言ってんだろ。薬草とか薬湯だって最初から成功率が高かったわけじゃないんだし。俺たちは今日明日のためだけに頑張ってんじゃねえ。今日20個しか成功しなかったって思うんなら、来週は21個成功させるぞ、って思えばいいだろ」
「ううっ……でも……ふにゃー…………ふがふふ」
枕に顔を
今夜の201号室はやや狭く感じる。というのも、アッシマーがポーションの調合でSPやMPを使い果たし、砂をガラスやビンに加工することも、エペ草とライフハーブを薬湯へ調合することもあまりできず、在庫が貯まってしまったのである。
「ゆっくりでいいんだぞ、アッシマー」
「ぁぅ…………はぃ…………」
「あざといのもべつにやめていいんだぞ、アッシマー」
「あざとくないですよ! 素ですよ素!」
素で「ふにゃー」とか「はうぅー」とかいうJKがどこにいるというのだろうか。俺はモニターの中でしかお目にかかったことがない。
アッシマーは俺への抗議の色が強い悲鳴をあげたあと、余程疲れていたのだろう、驚くほどあっさりと、すぅすぅと寝息をたてはじめた。
──
今日も朝食を摂る前に歯を磨いてしまった。しかもすこし時間が押しているため、スティックパン (黒糖) をまくまくしながらの登校である。
なんとか全部腹に詰め込み、空の袋を鞄に押し込んだところで、灯里伶奈に出くわした。
「あっ、藤間くんっ! ……えへへ、おはようっ」
「うお、お、おはようさん」
なんだろう、この笑顔。
『好きだよ、藤間くん。大好き』
………………!?
寝ぼけた頭が一瞬で覚醒し、いまさら昨日の砂浜を思い出す。どんだけ俺寝起き弱いんだよ。時差かよ。
いつもはおどおどしながら俺の後ろについて、しばらくしてから「よいしょ」って感じで一歩前に出て俺の隣に並ぶ灯里が、今日は最初から隣に並ぶ。
戸惑う俺と目が合うと、やはり照れくさそうにはにかむ。えーなにこの気持ち。照れくさいし恥ずかしい。
灯里の告白が俺に与えたもの。それはいろいろとあるが、やはりいちばん大きいのは『とまどい』だ。
俺は別にもう灯里を疑っているわけじゃない。俺が信じられないのは俺自身のことだ。
ぶっちゃけ灯里は可愛い部類の女子だ。きっともてる。多分イケメンBCも灯里が気になっていたからこそ昨日の反応だったのだろう。
そんな可愛い女子が、なんで俺みたいなのを……? というのが、いまいち現実感の無いところなのだ。
チンピラから守った。めちゃくちゃ格好の悪い方法で。
同人作家の丸焼きシュークリーム先生ってマジで誰だよ。
それだけで惚れるものだろうか? そんなの二次元だけだろ?
ありがとうございました、この御恩は忘れません、それではお元気で。
──こんな感じで終わりじゃないのか? 名前や住所を告げれば菓子折りひとつくらいのやり取りはあるかもしれないが、俺は面倒くさがってそれすらしなかった。
「それでね、それでね」
「馬鹿お前ガチャで出たレア度の高いキャラばっかり育ててるからそうなるんだよ。最近のスマホゲーは☆1や☆2にもじっくり育てりゃスポットライトがあたるようになってんだよ。おおなめくじでも頑張れば強くなるんだよ」
灯里は俺とつきあおうとか、そういう話はしなかった。
そういうのは、灯里がもっと俺を知って、俺がもっと灯里を知ってから──そう言った。
恋愛経験値ゼロの俺からすれば、灯里の想いが本物なら、最近の恋愛って結構自由自在なのな、と思う。
恋愛の始まりって、告白があって、成功すればハッピーエンド。失敗すればバッドエンド──天国と地獄のどちらかしかないものだと思っていた。
しかし灯里は俺に想いを伝えておきながら、天地分かつ
──わからないが、俺は、灯里の想いに応えることができるのだろうか。
可愛いと思う。一生懸命で優しくて、いいやつだと思う。
でも俺は、たぶん、灯里に惚れているわけじゃない。
たぶん、
だから、手をつないで歩きたいかと問われれば、べつにそういったことは思わないと答えるだろう。
「でもね、でもね、亜沙美ちゃんがね?」
恋に落ちるとはどういうことなのだろうか。
昨日聞こえた己の
それなら──もしそうなら──
俺はきっと、昨日よりも前に、灯里じゃない女子に、恋に落ちていたということになる。
……ないない。それはない。
付き合ってから始まる恋もある──そんな簡単な妥協で、俺は灯里に応えていいのだろうか。
アッシマーと灯里──ふたりへの感情が横並びになっていて、おそらくそのどちらにも恋心を抱いていないであろう俺が、どう変われるというのだろうか。
いつもの曲がり角を折れて灯里に歩道側を譲ると、灯里は胸に手をあてて、
「藤間くん、いつもありがとう。……えへへ、私ね、じつはこの瞬間、大好きなの」
「べつに意識してねえよ。普通のことだろ」
「ぁぅ……ぅん……だ、だから、かっこいい、んだよ?」
また目があった。
それが眩しくて、思わず大空に目をやった。
手を
(了)
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