01-19-涼風、血に染まって──全身全霊、ありったけの

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《採取結果》

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 34回

 採取LV2→×1.2

 ↓

 40ポイント

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 判定→C

 エペ草×2

 ホモモ草を獲得

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「うお、マジか……!」


 新たに習得した【採取LV2】のおかげで、ついにエペ草の採取でC判定を獲得した。


「それにしても……」


 なんだよ『ホモモ草』って。もうマジでいやな予感しかしない。


 何がやばいって、草と言いながら花に見えるそのフォルムだ。もじゃもじゃと生い茂った黒緑の草の上に天高く突き上げるような雄々しい柱頭ちゅうとう。その根元は左右の二箇所が丸く盛り上がっていて、なんというか、あまり革袋に仕舞いたくない。


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《採取結果》

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 34回

 採取LV2→×1.2

 ↓

 40ポイント

─────

 判定→C

 エペ草×3を獲得

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 よしよし、またC判定だ。

 今度はエペ草三枚か。もしかして判定Cは3つ目のアイテムがある程度ランダムなのか?

 ホモモ草の用途がわからない以上、エペ草のほうがうれしいんだけどな……。


「はあっ……! はあっ……!」


 連続六回の採取を終え、結果は全部C判定。エペ草十六枚とホモモ草二本を入手した。

 準備やインターバルを含めて十五分ほど。さすがに限界と仰向けに転がった。


 あたりはすでに黄昏時たそがれどき。あと三十秒だけ休んだらライフハーブの採取に切り替えよう。エペ草とライフハーブの両方が揃わないと、アッシマーが薬草に調合できないからだ。


 そんなとき、神経を逆なでするような声が聞こえた。


「うっわあいつ仰向けでなにやってんだ」

「通りがかった女のスカートの中身覗いてんじゃねぇの」


 誰かなんて見なくてもわかる。またあいつらだ。


「いいよなー、人が必死こいてモンスター倒してるときに、あいつはのんびりゴミ拾いかよ」


「慎也、そんな言いかたないだろ。どうしていつも喧嘩腰なんだ」


 思ったよりも彼らは近くにいるようだ。立ち上がり、そちらは見ないようにして、ライフハーブの採取スポットに移動する。


「うわ、無視だわ。感じ悪っ」

「なあ悠真、お前なんであんなやつに低姿勢なわけ?」


 感じ悪い? 人の悪口を言いながら近づいてくるお前らがそれを言うのかよ。

 こっちは無視してやってんだよ。俺に構うんじゃねぇよカス。


「あんなやつなんて言いかたはないだろ? 同じクラスの仲間じゃないか」


「仲間ねぇ……仲間ならもうちょっとなんかあるだろ?」

「仲良くしようってのが微塵も感じねぇしな」


 そりゃそうだよな。そんな気、俺にはさらさらないからな。

 だけど最初から喧嘩腰のお前らにだって、そんなことを言う資格はないだろ。


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《採取結果》

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 27回

 採取LV2→×1.2

 ↓

 32ポイント


 判定→D

 ライフハーブ×2を獲得

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 よしよし、いい感じだ。あと七回ほど採取をこなせば、とりあえずはじゅうぶんだろう。


 反応のない俺に飽きたのか、ちらと振り返ったとき、あいつらの姿はもうなかった。ある種モンスターと同じくらい迷惑だわ。

 ともかく、これで落ち着いて採取ができる。


 採取。

 採取採取採取。


 ライフハーブ×2。

 ライフハーブ×2。

 ライフハーブ×2。

 ライフハーブ×2。


「ぐあ……。やっぱりC判定は無理か……! くそっ、無駄に体力つかっちまった……」


 これでライフハーブは十枚。エペ草は十六枚あるから、調合ぶんの数を合わせるなら、あと三回は採取しねえと……。


 疲れた身体に鞭を打ち、もうひと頑張りと気合を入れ直したとき、


「グルゥ……」


 それは目の前からやってきた。


 二足歩行の毛むくじゃらな身体、両手に構えた槍、そして犬の頭。


 モンスター、コボルトだ。


「うおやべぇ……!」


 弾かれたように立ち上がり、素材でぱんぱんになった革袋を背負って一目散。


「ガルゥ……!」


 しかし撤退方向にもコボルト。やばい、囲まれた。


 俺はこのアルカディアで二回ほど死んだことがある。そのどちらもコボルトに逃げ道を塞がれ、槍の餌食となったのだ。

 死んだって、金半分と一部のアイテム、そして二時間をロストするだけだ。終わりじゃねぇ。それにいまは文無し。失うものなんてあんまりない。


 ただ俺を恐怖させるものは、槍が身体に食い込む、言葉に表せないほどの痛みだった。


 成長しねぇな俺も。

 せめてココナさんの言う通り【逃走LV1】のスキルブックでも買っておけば、なにかが違ったのかもしれない。


 前にコボルト。

 後ろにコボルト。

 右にコボルト。

 一縷いちるを賭けてのぞんだ左にもコボルト。

 計四体のコボルト。


 包囲の輪を縮めてくるコボルト。徐々に小さくなってゆく輪はきっと、俺が死ぬまでの時間と比例している。


 なんだよお前ら、めっちゃ囲んでくるじゃねえか。パリピかよ。


 ……いや、そんなこと言ったら、さすがに失礼だな。


 お前らモンスターは俺にとって、あいつらよりよっぽど上等だ。

 これだけ殺意をみなぎらせて囲んでくるコボルトたちが、俺にとっちゃ余っ程上等だ。

 だって、こいつらがまとう殺気には、あいつらと違って『これだけのことをしておいてなお、自分がいい人間だと思いたい』という悪意がないから。


『俺悪くねーよな? 藤間が悪いんだからな? なあみんなそうだろ?』


 モンスターは俺を殺す。

 でも、俺をおとしめない。


 モンスターとはそういう生きものだから。

 仕事だから。そういう生きかただから。

 だから、俺を殺す。


 大した理由もなく他人を貶めるやつらより、そっちの方が、余っ程上等じゃねぇか。


 拳を握る。

 


 背に担いだコモンステッキを両手に持ち、


「うおおおおおおっ!」


 それを振り回しながら、正面のコボルトに突っ込んだ。

 俺が振り下ろした骨製の杖をコボルトが槍の中腹で受け止めると、戦闘とは思えないほどつまらない音が、だだっ広い草原のしじまに消えてゆく。


「まだまだぁっ!」


 俺の杖がコボルトの身体に触れることはない。すべて杖よりも少し長い槍に弾かれてしまう。


「ガウッ!」

「うわぁぁああっ!」


 繰り出される槍を紙一重でかわした。


 一対一タイマンでも平気だと踏んだのか、残る三体は手を出してこない。


 たった一人を六人で囲むあいつらとは別。

 このタイマンは、マウントを取った上の舐めプとも取れないこともないが、すくなくとも俺からすれば、そんな気はしなかった。


 しかし、まるで児戯じぎ

 俺のスイングは目の前のコボルトに余裕を持って受け止められている。


 ……でも、駄目だろ。

 人間とモンスターは殺しあってるんだ。

 どうせ勝てないから好きにしろ、ってのは……カッコ悪いだろ。


 抗っても勝てるとは思わない。

 ……でも、モンスターは勝てなくても立ち向かってくるだろ。

 

 祁答院たち六人に、たったひとりで立ち向かったあのコボルトの勇敢さ。そしてそれに応えることなく、笑いながら惨殺したイケメンふたりの顔。


 ああ、上等だ。


 杖を真横に振る。防がれる。

 杖を引き、突く。退がられる。




 ……ぁ…………。



 ついに槍の穂先が俺の胸を捉えた。



 灼熱が俺の胸を焦がす。

 草原に吹く優しさは血風に変わり、緑は紅に塗り替えられた。


「ぐ……ぅ……」


 痛っ……てぇ…………。

 死んだな、これ…………。


 あー…………。

 やっぱり、弱い、な、俺。


 殴られるとか、虐められるとか、そんな生ぬるいものじゃない。

 胸を槍で突かれたんだ。どれがいちばん酷いかなんて、比べるまでもないだろう。


 ……でも。


「ぐ……ふっ……!」


 口から溢れるものが、俺の身体を紅く染めてゆく。そうしながら身体を貫いた槍を、俺は両手で掴んで離さない。


 殴られても、殴り返してやろうと思わなかった。

 虐められても、虐め返してやろうと思わなかった。

 ただ、ゴミを掃き棄てるように、毒を吐き捨てるように、破棄、捨てた。


 ……でも。


「グルァ!?」


 貫かれた槍を全力で掴んだまま、俺は歩み寄る。胸に槍をより深く、ズブズブと受け入れながら。


 自分の吐いた血で真っ赤になった手が、槍を持つコボルトの手を掴んだ。



 俺を貫いた槍が全身全霊だったのなら、俺もそれに応えるべき。そう思った。



 これが藤間透の、全身全霊、ありったけだ。



「ギャアアッ!?」


 渾身の頭突きがコボルトの右目に命中した。

 コボルトは痛みからか、それとも驚きからか、槍を手放してたたらを踏む。


 同時に俺から放たれる、緑の光。


 人間が、あるいはモンスターが死ぬとき、緑の光が溢れる。


 つまり、俺は、死ぬのだ。



「ごぼがぼごぼっ……!!」

 ──次は俺が殺してやる番だッ!!


 そんな叫びは俺の口から出てくるはずもなく、代わりに口からは血反吐がまろびでた。

 コボルトは犬顔の右目を毛むくじゃらの手で押さえながら左目で俺を見て、


「グルァウ……」


 そう応えた。

 俺を包む緑の光のなか、俺にはコボルトが、



「見事だ」



 そう言ってくれたような気がした。



(了)

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