01-18-生まれてはじめて、自分自身に嘘をついてまで

「いらっしゃいにゃせー♪」


 元気のいいクォーター猫娘のココナさんが迎え入れてくれる宿の向かいのスキルブックショップ。

 本日二度目の訪問。相変わらず客はいなかった。


「うにゃ? おにーちゃんだけにゃん?」


「アッシマーなら部屋で必死こいて錬金してる。スキルブックを見せてくれ」


「はいはいにゃーん♪」


──────────

藤間透

96カッパー

──────────

▼─────ステータス

SPLV1 30カッパー

体力LV1(New) 50カッパー

技力LV1 50カッパー

▼─────戦闘

逃走LV1 30カッパー

▼─────魔法

召喚LV1 30カッパー

▼─────生産

採取LV2(UP) 60カッパー

砂浜採取LV1(New) 50カッパー

調合LV1(New) 30カッパー

▼─────行動

歩行LV1 30カッパー

走行LV1 30カッパー

疾駆LV1 30カッパー

運搬LV1(New) 50カッパー

▼─────その他

冷静LV1 30カッパー

我慢LV1 30カッパー

──────────


「うお、なんか色々生えた」


「それだけおにーちゃんが頑張ってる証拠だにゃーん♪」


 そうなのか?

 ……そうなのか。


 いまさら、なに言ってるんだって感じなんだけど。

 俺、ちゃんと頑張れているんだなぁ……。まあ食っていくためには頑張らなきゃいけないから仕方ないって感じなんだけど。


 ……さて、ほしいスキルは山積みだが、いつものことながら金がない。かなり絞って買わなきゃな。


「【採取LV1】を【採取LV2】にすると、結構変わるもんなのか?」


「採取補正の1.1倍が1.2倍になるにゃん♪」


「ぬぐ……強いな」


 習得すれば、

 『オルフェの砂』はB判定、

 『エペ草』はC判定、

 『ライフハーブ』はD判定と、ひとつずつ上を狙えるかもしれない。


「新しく生えた【砂浜採取LV1】ってなんだ?」


「名前の通りだにゃ、砂浜で採取すると1.1倍の採取補正が付くにゃん」


「【採取】スキルと重複ちょうふくするのか?」


「するにゃん♪ おにーちゃんの場合、1.1×1.1で1.21倍になるにゃん」


 マジか。これを習得すればきっと『オルフェの砂』のB判定が確実なものとなり、慣れてくればA判定すら見えてくる。

 しかしそれは後回しだ。今から俺は、薬草のために草原で採取をしなければならない。


「【平原採取】とか【草原採取】みたいなスキルはないのか? 今からエペ草とライフハーブをとりに行くんだけど」


「あるにゃん。ついでに言えば【植物採取】もあるにゃ。でもおにーちゃんは経験不足で読めないにゃん」


「嘘だろ? 俺、一週間くらい南の平原でエペ草ばっかり採取してたんだけど。そっちが経験不足なのに、なんでさっきはじめて採取した砂浜が習得可能なんだ?」


「適性もあると思うにゃ。けどたぶん、エペ草よりもオルフェの砂を採取するほうがおにーちゃんの身の丈にあってる、ってことだにゃん。がむしゃらに数をこなすより、適正な場所で適正な行動をしたほうがスキルは覚えやすいにゃん」


 さっきリディアに言われたことをココナさんにも言われ、納得する。


 ……なるほど、さすがに認めなきゃならない。

 パリピが馬鹿にした採取。エペ草やライフハーブの採取ですら、俺には早かったんだと。


「まあ【採取】とか【戦闘】みたいなコモンスキルよりも【草原採取】とか【リンボーダンス】みたいな細かいマイナースキルのほうが習得しにくいにゃん」


 なんだよその【リンボーダンス】って。きっと高レベルのリンボーダンスはさぞかし低い姿勢でずんどこずんどこやるのだろう。


「わかった。じゃあ【採取LV2】のスキルブックをくれ。あとは──」


 そうして生活費を除いた全財産……96カッパーのうちのほとんどを使い果たし、一度部屋へ戻った。


「……」


 アッシマーは鼻歌を歌っていなかった。

 真剣な顔で、砂の入った革袋が載せられた作業台と睨めっこしている。


─────

《錬金結果》

─────

オルフェの砂×2

─────

錬金成功率 59%

アトリエ・ド・リュミエール→×1.1

錬金成功率 64%

オルフェのガラスを獲得

─────


「よしっ……!」


 両手でガッツポーズをし、喜びを表現するアッシマーの背中が見えた。


「えへへぇ……うにゃー、わたしって天才かもですぅ……」


「お前、独り言すらあざといのな」


「はあああああああああああああ!?」


 入室した俺に気づきもしなかったらしい。まあそうだよな、あれだけ真剣だったんだもんな。


「ふ、藤間くんどうしたんですか? エペ草とライフハーブをとりに行ったんじゃ……」


「スキルブックを買ったら6カッパー余ったんでな。ストレージに入れにきた」


「せこっ……」


 アッシマーの顔はドン引きだ。

 彼氏と初デートでマックドナルドに入って『クーポンのポテトと110円のハンバーガーふたつ。あと水ください。ポテトはもちろんLで』と言い放ち、一円玉と五円玉がたくさん混ざった370円を出しながら、自分に『お前も注文しなよ』と恥ずかしげもなく振り返る彼氏を見るような顔をしている。


「うるせぇ。俺からしたらセットはもったいないんだよ。コーラの原価知ってる?」

「いったいなんの話なんですか!?」


 アッシマーの悲鳴を背で浴びながら6カッパーをストレージへ保管すると、背負った革袋から一冊の本を取り出した。


「こ、これ。6カッパーを預けにきたついでに、やる」


「ふぇ……? あ……【加工LV1】のスキルブック……」


 60カッパーで【採取LV2】、

 30カッパーで【加工LV1】を購入した。


 【錬金LV1】も30カッパーで売っていたが、ぐーすか寝ていた俺が部屋を出たとき、すでに錬金の作業は折り返し地点を過ぎていたため、いまのところは『オルフェのガラス』を『オルフェのビン』へ変化させる【加工LV1】のほうが役に立つと思ったのだ。


「じゃ、じゃあ。採取行ってくるわ。そのスキルブックは読めるようになったら読んでくれ。あんまり無理するなよ」


 そう、これは効率。

 効率よく金を稼ぐための投資。


 そう言い聞かせて部屋に背を向けた俺の手首を、なにか柔らかいものが包んだ。


「待ってくださいっ……」


 既視感デジャヴ……ではない。

 それはさっき、無人市場を立ち去ろうとしたとき、リディアにされたことと、まったく同じ。


 しかし相手が違う。

 かたや美しすぎるほどの美女。

 かたや地味な顔をしたアッシマー。


 それなのに。


『身の丈にあったことをしたほうがいい』


 いや、だからこそ、なのか。


 どっ、どっ、どっ、どっ…………。


 なんだよ。

 なんなんだよ、これ。


「うれしい、です。お芝居までしてくれて」


 どっ、どっ、どっ、どっ…………。


「だってわたしですらわかりますもん。藤間くんがわからないわけないじゃないですか」


 どっ、どっ、どっ、どっ…………。


「わざとですよね? 96カッパーっていう半端なお金を持っていったの。わざと端数が余るようにして、自然にこの部屋へ、一度帰ってこられるように」


「そんなわけ、ねえだろ」


 馬鹿野郎。

 もしもそうなら、アレじゃねえか。

 プレゼントなんて恥ずかしいことできねえから、あくまで「ついで」だからやるよと俺が一芝居打ったみたいじゃねぇか。


 この俺が、そんなこと、するわけ、ねぇだろ。


 他人にめられても、自分を嘗めることはしなかった。

 孤独じゃない。孤高だと。


 他人におとしめられても、心は折らなかった。

 膝は折っても、藤間透は俺だけだと。


 他人にだまされても、自分に嘘はつかなかった。

 手を地についても、お前らのいいようにはさせないと。


 アッシマーは、ダメだ。

 俺を、弱くする。


 緊張しきった筋肉をほぐされる。

 ひとりでも生きてゆけると背伸びしたかかとを着地させようとする。

 冷えた心を溶かし、閉じこもった殻を破ろうとする。


 はじめて話して、まだ二日なのに。


「そんなわけ、ねえ」


 もう一度そう言って、俺を弱くする温もりを振りほどき、部屋を出た。


「藤間くんっ、ありがとうございますっ、わたし、必ず藤間くんのお役に立ってみせますっ……!」


 宿を出て、俺を弱くする声が二階の窓から降り注ぐ。


「お前のペースでいいっつの」


 それだけ返し、こんどこそ宿に背を向けた。


 俺がアッシマーのために? 芝居までして?

 ……そんなことあるはずないだろ。

 ありえない。ありえない。


 もしかすると、俺はもう、すでに弱いのかもしれない。


 弱くなったぶんだけ、生まれてはじめて自分自身に嘘をついてまで、それを誤魔化したのだから。

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