01EX-陰キャが面倒くさくて何が悪い

01-20-この宝石が石ころに見えるのかよ

 今日ベッドで目が覚めるのは、これで三回目である。


「んあー……」


 一度目は起床時。

 二度目はさっき、アッシマーにマッサージされ、不覚にも一時間近く昼寝をしてしまい、その目覚め。


 そして三度目は、


「……なにこの状況」


 大して美人でもない顔と、筆舌に尽くしがたいほど美しく整った顔が俺を見下ろしていた。


「ごめん。間に合わなかった」


 最初に口を開いたのはリディア。


「んあー……。ごめんってなんだ急に」


「ちょうど近くにいた。わたしがきづいたとき、もう透は血の海にたおれていて、緑の光があふれてた」


 血の海?

 緑の光?

 リディアは何を言ってるんだ?



 ……あー、そうか。



 俺、死んだわ。


 コボルトにあっさりやられたわ。


 つまりこれは目覚めというより、リスポーンだ。デスルーラってやつだ。


 仰向けになったまま、貫かれた胸に手の平を重ねる。もうなんの痛みもないし、穴も空いてない。ついでに言えばボロギレも無事だった。


「んあー……金持ってねぇからよかったけど。どのアイテムをロストしたんだ……?」


 コモンブーツを履いている感覚はあるし、下半身がスースーしているわけでもない。ごろんと転がればコモンステッキも見える。ってことは、装備をロストしたわけではない。


 ほっと息をついて半身を起こし、杖と同じく枕元にある革袋に手をやると、その手をそっと掴まれた。


「わたしが見ますから、藤間くんはもうすこし横になっていてください」


 アッシマーに半ば無理矢理横にされると、再び布団をかけられた。


「ええと……なんなんですかこのホモモ草って名前の草……」


「おいこらセクハラした上司を見るような視線を送ってくんな。俺もわからん。エペ草の採取スポットで二本だけ出たんだよ」


 アッシマーは作業台にホモモ草二本を並べ、淫靡いんびなフォルムから顔を背けたあと、そそり立つ柱頭ちゅうとうの長さをちらちら比べ始めた。こいつは俺なんかよりも遥かにムッツリスケベだと思った。眠気も覚めるわ。


「ホモモ草。調合につかう。効果はおもに男性の精力増強」


「恥ずかしいくらい名前に恥じない効果だな」


 名は体を表すどころか効果まで表しちゃってるよ。ホモモ草ェ……。


「あまりつかわれることはないけど、ライフハーブと調合してSPの回復もできる」


「それってすげぇ優秀じゃねえの? なんであまり使われないんだ?」


 それって採取で疲れたときに使えば、また採取できるってことだよな。すげぇ便利なように感じる。


「ライフハーブが薬草の調合に優先されるから」


 あー、なるほどな。SP回復薬に使うぶんのライフハーブが残らないのか。


「藤間くん、ホモモ草二本、ライフハーブ十枚、エペ草十枚でしたよ」


「そんならロストしたのはエペ草一枚だけか。不幸中の幸いだな。……っていま思ったんだが、リディアはあそこの近くを通りがかったんだよな? 大丈夫だったのか? コボルトが四体もいたろ」


「へいき。すべてけちらしたから」


「蹴散らしたって、倒したのか? 四体もいたんだぞ? ひとりで? 怪我はなかったのか?」


 リディアの外見に変わったところはない。


「ポーションが必要だって言うから、戦えるんだろうなっていうのはわかっていたんだけど……リディアってもしかして、滅茶苦茶強いんじゃないのか?」


「わたしはわたしをとくべつつよいとは思わない。……でも、このあたりのモンスターにはまけない」


 この辺りのモンスターに負けないって、それめっちゃ強いことになるんだけど。


 ……それにしても、この胸以外ほっそい、二次元のような身体のどこにモンスターと戦う力があるというのか。


「わたし、魔法使いだから」


 俺の失礼な視線を感じ取ったのか、しかしべつにいやでもないようにリディアがそう呟いた。


「ま、そうだろうな。まさかその細腕で斧を振り回してたら二次元もさすがに回れ右だ」


「魔法使い! いいですねっ。どんな魔法が使えるんですかぁ?」


「炎、氷、光、闇、星。召喚もすこしだけ」


「ふぇぇ……リディアさんって外見通りすごい人なんですね、藤間くん。……? 藤間くん?」



 アッシマーが「ふぇ?」と首をかしげる。俺はそれに苦言をていすることもせず、リディアの言葉を反芻はんすうしていた。


 ……召喚。

 召喚したくてもできない俺からすれば、それはとても羨ましいことで「召喚もすこしだけ」という言葉通りなら、おそらくリディアは召喚士ではない。それでも召喚を使えているというのに……俺は。


「透は、魔法使いなの」


「俺は……」


 言うか。言わないか。

 言うのは恥ずかしい。しかし目の前のアイスブルーは、さして好奇心のなさそうなぬぼっとした表情と相反あいはんするように「知りたい」と言っている。



「俺は召喚士なんだ。まだ召喚はできないけどな」



 結局言った。

 身を守るための嘘は、このふたりには必要ないとでも思ったのだろうか。


「そう。どうして」


「召喚にはモンスターの意思が必要だろ。手に入れるまで使えないんだよ」


 剣を持たぬ剣士。

 魔法を知らぬ魔法使い。

 モンスターの意思を持たない召喚士は、それと同じだった。


「そういう意味では召喚士とは名乗れないか。召喚士志望の、ただの陰キャだ」


 自虐じみた俺の言い方にリディアは首を傾げて、


「いんきゃ、ってなに。すごいの」


「そこからかよ」


 陰キャとはなにか。それを自ら説明しなきゃなんないって、どんな拷問だよ。「俺みたいなやつ」って言えば自虐を重ねることになるので、一応説明してやる。


「陰キャってのはだな。人見知りで内向的でオドオドしてて、性格とか雰囲気が暗い感じのやつの事だ。因みに対義語として、パリピ、陽キャ、あとはウェイ系なんてのもある」


 おいなんだよこの自己紹介乙感。言ってて虚しくなってきたわ。

 しかしリディアは可愛らしく、今度は逆側に首を傾げてみせる。


「なら透は陰キャではない」


「は? ……は?」


 なに言ってんのこいつ、と思わず二度見してしまった。


「さっきはじめて話したとき、人見知りだったけど。すこし内向的で、オドオドしてたけど。くらい人だとおもったけど」


「おいこらフォローが始まるのかと期待しちゃっただろうが。なにこの俺フルボッコ」


 まさかの全面肯定でさすがに泣きそうになった。


「でもいまは、陰キャじゃなくなった。だからわたしからしてみれば、もう透は陰キャではない」


「……あー、そういうことか。陰キャは身内には平気なやつがわりと多いんだよ」


 しばらく話していれば、向こうから声をかけてくるぶんには大丈夫だったりする。


「藤間くん、こっちだとそれほど陰キャな感じしませんし。……学校だと負のオーラ全開ですけど」


「褒めてんのかけなしてんのか片方にしてくれよ」


「学校だと存在が暗黒ですよねぇ」


「貶すほうを残すのかよ! しかもパワーアップして帰ってこないでいいから!」


 なんなんだよ存在が暗黒って。

 ……あれ、ちょっとカッコよくね?


「陰キャトークはもういいだろ? ……はあ」

 

 いい加減いやになってきた。無理矢理話を打ち切ってそっぽを向く。



「透、もしもよかったら、これ、つかって」



 その声に顔を戻すと、リディアの手には青い水晶のようなものが載っている。ゲーマーの俺には『クリスタル』という名前がすぐ脳裏に浮かんだ。

 水晶はキラキラと青く輝いていて眩しいくらいだ。科学の力でなければ、俺が見たことのないような……たとえば、魔力のようなものが宿っていることは間違いない。


「え、なにこれ」


 怪訝けげんな顔をする俺に、リディアはそのクリスタルよりも美しい手のひらをずいっと差し出してくる。

 アッシマーが顔を近づけてきて、


「リディアさん、なんですかこれ?」


「馬鹿お前、目を悪くするぞ」


 とっさにリディアの手とアッシマーの目、その中央に手をかざした。


「やっぱり、透にはみえるの。この光が」


「見えるの? もクソもめっちゃ眩しく光ってるだろうが」


「……藤間くん、なに言ってるんですか?」


 ……はぁ? いやだってめっちゃ光ってるじゃん。めっちゃ青く光ってて、部屋まで青くなってどことなく妖しい雰囲気をかもし出してるじゃん。


「……? リディアさん、この菱形ひしがたの石ころ、なんなんですか?」


「はああ? 石ころ? この宝石が石ころに見えるのかよ」


 恐ろしいことにアッシマーは俺の手をどけて、青い宝石に顔を近付けた。馬鹿お前双眼鏡で太陽を見てはいけませんって習わなかったのかよ! 俺も特別習ってないけど!


「アッシマーには光ってみえない。透には光ってみえる。……それも、まぶしいほどに。スキルブックといっしょ」


 採取のスキルブックは光って見えたのに、さっき買った加工のスキルブックはたしかに俺には光って見えなかった。


 つまりこれは?


 アイテムの情報を知るために、青い宝石に手をかざす。


──────────

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──────────


「いやわかんないから」


「わたしも見えないです」


「そう」


 首をかしげる俺たちにリディアは無感情な声を出して、



「これはコボルトの意思。透、もしよかったらこれ、つかって」



 眩しく光る石。それは俺が欲しくてたまらない、召喚魔法を覚えるアイテム──モンスターの意思だった。

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