01-21-陰キャが面倒くさくて何が悪い
なにが一番ほしいか、と訊かれたなら、俺は迷うことなく答えられるだろう。
「透、もしよかったら、これ、つかって」
俺の一番欲しいものが、目の前にあった。
「えっ、これコボルトの意思ですか!? ふわぁ……! いいんですかっ!? 藤間くんよかったですねっ。これで召喚魔法が使えますよ!」
まるで自分のことのように、ぴょんぴょんと喜ぶアッシマー。
……え、なに、これ。
誰しもがチートスキルを持ち活躍しているなか、俺はずっと不遇だった。
いつか見てろ、なんてとりたてて思わなかったが、無力なのだから仕方ないと諦観もしていた。
それでもやはり、力がほしかった。
俺がアルカディアに来ている理由は、こづかい稼ぎではない。
憧れた異世界生活を満喫するためだ。
俺の
その景色は、安宿でも採取ぐらしでもない。
俺の率いる軍勢が、モンスターの大群を圧倒的な力、そして圧倒的な数で押し、飲み込んでゆく景色だ。
十や百じゃない。
千を超える召喚モンスターが、世界さえ飲みこんでゆく光景だ。
リディアの差し出すコボルトの意思。
これはその第一歩。
ほしい。
喉から手が出るほどほしい。
ヨダレが出るほどほしい。
え、なに? くれるの? マジ?
超ラッキーじゃん。くれるって言ってるんだぞ?
無料だぞ? 会員登録して一話無料じゃねぇぞ? これを貰ったら、この召喚モンスターずっと使うぞ?
リディアの手を、俺は。
その美しすぎる手に、俺の手が伸びて。
「要らねぇっ…………!」
ふざけんなよ、なんで引っこめるんだよ。
これがあればモンスターとも渡り合えるかもしれねぇし、パリピどもに馬鹿にされなくなるかもしれねぇんだぞ。
「どうして」
「えへへ……よかったですねぇ藤間くん……。ほえほえ……。……? ……ってなに拒否してるんですかぁ!?」
くそっ……! ほしいっ……!
欲しい、ほしいほしいほしいっ……!
「っ……! リディアそれ引っこめろ……! 早くっ……!」
顔を背け、再びベッドへ潜り込む。
「うおぁぁぁぉああああああああああああああああああああああああアアアアッッ!!」
そして枕を口に
アッシマーとリディアには、俺が狂ったように見えるだろう。それもそうだ。
狂おしいほどほしいのだから。
咆哮が終わるのを待ってくれていたのだろう、声がかすれ、枯れた声も出なくなった後、
「どうして」
「違うだろっ……! こんなの、違うっ……!」
「ふ、藤間くん……?」
アルカディアは
毎日食っていくのが精一杯で、昨日今日ようやく採取のコツを掴んだり、スキルを習得したり、……その、アッシマーと出会って、調合とかを駆使して、ようやく利益が出てきて、未来への
この世界には現実世界にはない"与えられる力"というものがある。
アルカディアに初めて降り立つときに貰える【ユニークスキル】のことだ。チートスキルともいう。
俺は召喚に適性のある【オリュンポス】、アッシマーは非戦闘スキルに適性のある【アトリエ・ド・リュミエール】。
召喚士はとくに序盤が不遇だ。ご存じの通り、モンスターの意思を手に入れるまでは一般人なのだから。
その不遇をも、虫みたいだと、ゴミ拾いだと、ホームレスのようだと馬鹿にされた。
なんだよ。お前らのそれだって、与えられた力だろ? 剣を振って魔法を撃って弓を構えて矢を放って、そういうユニークスキルの効果じゃねぇか。
与えられた力のおかげで強くて、どうしてそんなに偉そうなんだよ。
もう一度言う。
ユニークスキルとは、なんの努力も労力もなく"与えられた力"だ。ようするにチートってやつだ。
「だから、要らねぇっ……! これ以上俺に与えないでくれ。これ以上与えられたら、いつか力を振るうとき、それは俺の力じゃなくなっちまう……!」
与えられて振るう力は、果たして自身の力と言えるのだろうか。
自分の努力や汗が
だから、
自分の弱さを捻じ曲げて、自分以外の力だけで強くなることを。
だから、
生活苦に膝をつき、自分を曲げてまで
「でも、透」
再び背中に掛かる声。
「この子は、透の召喚モンスターになりたがってる。……ほら、こんなにも」
目を開けば、視線を背けたままでもわかる。アッシマーには見えない青の煌めきが、陰キャの俺には眩しすぎる蒼の輝きが。
「このモンスターの意思は、さっきやっつけたよんたいのコボルトからドロップした」
「……え?」
「透とたたかっていたコボルト。右目をけがしたコボルトがいた。これはそのコボルトからドロップした」
右目を怪我……ってことは、俺を槍で突き殺し、俺が最期の力で頭突きをかましたコボルトだよな。
『グルァウ……』
死の間際、俺にはその呻きが「見事だ」と言ったような気がしていた。
そのコボルトからドロップした『意思』が、俺の召喚モンスターになりたがっている……?
「透。わたしはふたりにポーションをつくってほしいと依頼した。これはその依頼を安全、安心、そして迅速なものにするための
拒絶する俺の鎖が一本ずつ
与えられてもいい理由を並べられ、ガチャリ、ガチャリと
「リディア、頼みがある」
「ん」
リディアはほっとしたように息をつくと、青色の輝きをずいと前に差しのべる。
……でも。
でも、最後の一本、信念という鎖だけは
「明後日の夜までに貯める。その意思、5シルバーで売ってくれ」
俺が見た限りの最安値。一週間無人市場に通って見つけた、コボルトの意思の底値。
「俺にもわかる。お前が俺と一緒にいてもいいと思ってくれてるんだって」
俺が話しかけるのは、リディアでもアッシマーでもない。
未だ青い輝きを放つ、しかし不思議ともう目が眩まないコボルトの意思だ。
「
「どうして」
「なんでそうなるんですかあぁぁ!?」
リディアの声もアッシマーの声も耳から耳へ通り過ぎてゆく。
──俺はいま、こいつと会話をしているのだ。
現に「貰わない」と言った瞬間、青の輝きがまるで「残念……」とでも言うように
「俺はお前を貰わない。その代わり、手に入れる。
ふたたびぽわっと光るモンスターの意思。光はどんどん強くなり、部屋の窓から青の光線がエシュメルデの夜を照らすまで至る。もう部屋は真っ青だ。
「リディア、頼む。コボルトの意思がほしいんじゃない。
リディアはアイスブルーを見開いて、でもそれは一瞬で、いつものぬぼーっとした目に戻る。そして、
「むー。わかった。透がそれでいいなら」
諦めたように、俺が世界一ほしい眩しさを「収納」とだけ言ってかき消した。
「透は、めんどくさい」
「陰キャは基本、面倒くさいんだよ」
「藤間くんは特別面倒くさいですよねぇ……」
「おいこらアッシマーなんつった。ブーメラン刺さってるの気づいてない?」
つーか俺たちゃ生きてんだよ。生きてりゃなにかしら面倒くさいだろ。
陰キャが面倒くさくて何が悪い。
「わたし、そろそろ調合始めますねっ」
「きょうはもうおそいから、薬草だけうってもらってもいい」
「もちろんですっ。あ、そういえば藤間くんっ。【加工LV1】のスキルブックありがとうございましたっ。無事読めて、いまでは成功率が……」
「ぬあぁそういやそんなこともあったか。ついでだついで」
「うわやっぱり面倒くさっ……」
「んだとこの野郎……ってお前、調合しながら喋ってんじゃねえよ!」
─────
《調合結果》
─────
エペ草
ライフハーブ
─────
調合成功率 68%
アトリエ・ド・リュミエール→×1.1
調合LV2→×1.2
集中低下→×0.4
↓
調合成功率 35%
↓
↓
↓
失敗
素材ロスト
─────
「「「あーーーー…………」」」
「……」
「……」
「……」
「……てへっ☆」
「ざけんなこらヤマシミコ」
「あーっ! ああーっ! 言いました! 言いましたね!? 人は誰しも失敗する生き物じゃないですか! もうちょっとあたたかい目で見てくれてもいいじゃないですかぁ!」
「立派なことを偉そうに言ってんじゃねぇ! なんだこの『集中低下→×0.4』って!」
「ほ、ほら、ヒロインってちょっとドジなほうが可愛いじゃないですかー☆」
「お前、よくリディアの隣でヒロインなんて言えるよな……ガチ尊敬するわ。ところでそろそろゲロ吐きそうだからそのあざといのやめてくれ……」
「急にクールダウンして真面目に言うのやめてもらえませんか!? 言いかたで倍傷つく!」
俺たちが
「……ぷっ……あはっ……あはははっ……」
「「え……?」」
リディアがこらえていた感情を爆発させるように、笑った。
「ごめん。…………ぷっ……ふふっ……」
美しすぎるパーツにぬぼっとした無表情のリディアが笑った。
……失礼だが、ちゃんと笑えるんだな、と思った。
口を開けて笑う姿も、顔を隠して笑いを堪える姿も、ありえないほど可愛い。
「はわわわわ……ヒロインとか言ってごめんなさいぃ……わたしなんてやっぱり、モブが飼育してる家畜の糞でしたぁ……」
「すげぇ、ヒロインから糞ってすげぇ転落だな。いくらなんでもそんなに自虐しなくてもいいだろ」
「ふ、藤間くんっ……」
陰キャは陰キャを知る。
自虐ネタで欲しいものは、同族のみわかるクスりとした笑いか、そんなことないよ、というフォローだ。
「せめてモブの家畜までで止めとけ」
「フォローするならせめてモブくらいまでちゃんとフォローしてくださいよ!!」
「あはっ……あはははっ……」
モブとかヒロインとか、リディアには意味なんてわからないだろうに、アッシマーの勢いだけでリディアは笑っている。どうやらツボに入ったようだ。
ふと窓を見やると、エシュメルデの闇を照らすマナフライたちが、この部屋の窓に集まっている。
窓をコンコンと軽く叩くと、一斉にぽうっとあたたかく灯ってから、ふらふらと飛びたっていった。
悪いことしたかな……と、ごまかすように窓を開けると、涼風とともに、
「おにーちゃんにゃ!」
斜め向かいの店を閉めたらしいココナさんの声が外から入ってきた。
「あんちゃん、どうしたんだい?」
近場であるにも関わらず迎えに行ったのだろう、子煩悩な女将の姿もある。
「どうしたって……べつになんもねえけど」
夜のしじまは、俺の呟きをも向かいのふたりに届けてしまう。
「そうにゃん? ……でも、おにーちゃん、とっても楽しそうにゃ」
楽しそう。
そう言われ、もしかして俺の顔はにやけていたのだろうかと、両手で顔を覆う。
「ほんとにね。いつもこの世の終わりみたいな顔をしてるのにね」
「ほっといてくださいよ……」
この世の終わりってどんな顔だよ。
……まあ、俺の呟きが届いたってことはきっと、いまだにぎゃあぎゃあ言っているアッシマーの声と、アッシマーがなにかを口にするたびに笑うリディアの声が向こうまで届いていて、ふたりは楽しそうと感じただけだろう。
……うん、きっとそう。
飛び立ったマナフライは散り散りになって、月明かりだけでは足りないとでもいうように、エシュメルデを灯して飛び回る。
どいつもこいつも、おせっかいなんだよ。
月を見上げて、空に目をやって、女将とココナに軽く頭を下げて窓を閉める。
振り返ると、ふたりの笑顔が相変わらず、すこし寒くなった部屋内を灯していた。
(了)
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