05-15-藤間透が悪で何が悪い

 パリピってすげえ。

 パリピと陰キャって安直に分けないようにしないと、って思うようにしたけど、さすがに祁答院と俺が同じ地球に住む人間だとは思えない。


「そんな、悪いよ。──でも本当にいいのかい?」


 なんという行動力。

 なんという人あたりの良さ。

 ふたりで飯が食える場所なんてそうそうあるわけがない。……しかし祁答院は次々と特別室のドアをノックし、先客がいると愛想を振りまき、転々と八部屋目。祁答院と俺の姿を認めると、眼鏡を掛けた三人の女子はむしろ自分たちがほかへ移動すると言い出したのだ。


「いーのいーの! じゃあごゆっくりー♪」


 三人は眼鏡の奥を怪しくきらめかせ、教室前にいる俺たちとすれ違う。その際俺たちふたりの顔をまじまじと確認し、


「祁答院くんの強気攻め!」

「後ろの男子は絶対ヘタレ受けよぉ!」

「間違いない、確実にヘタレ受け! もう決定事項なんですけどー!」

「「「きゃーーーーーー!」」」


 とんでもない悲鳴をあげながら駆けてゆく女子三人。

 なんか俺、勝手にヘタレ受けにされたんですけど。しかも絶対に、確実に、間違いなく、決定事項レベルでヘタレ受けなんですけど。そのうえ強気攻めが俺の目の前にいるんですけど。


「……お前、そっちの気、ないだろうな」

「そっちの気? ……? 彼女達が言った、ツヨキゼメとかヘタレウケっていう言葉と関係が?」

「あ、いや、なんでもねえ。俺らからすりゃ知ってもなにひとつ得することのない単語だ」


 無垢な祁答院の反応にすこし安心しつつ、尻が痛くなる思いで空き教室へと足を踏み入れた。

 くっそ、ダンプカーにかれた気分だ。これマジで異世界転生ありえるんじゃね?


 とほほな気分で教室内へ。

 近くに会議でも行なわれていたのか、折りたたみの机がロの字に設置されていて、奥の方の椅子に座る。



「……んで、話ってなんだよ。まさか飯食うためだけに無人の部屋を探したわけじゃないだろ」


 なんだよ、と問いながら、心当たりがないわけじゃない。

 イケメンBCのこと、高木と鈴原のこと。 

 パリピを取り巻く環境に首を突っ込む気なんてさらさらないが、灯里を預かった以上、もう半分突っ込んじまってる。

 面倒とは思いつつも開封済みの袋からスティックパン(コーヒー)を一本手に取り、咥えながら祁答院を振り返ると、


「……んあ? 座んねえの?」


 祁答院は立ったまま、俺の隣で苦渋の表情を浮かべている。


「どうしたんだよ、飯食わねえと昼休み──」

「すまない」


 俺の言葉を打ち消すようにそう言って、深々と頭を下げてきた。


「は、え? はあああああ? お前なにやってんの!?」


 お洒落に先端だけパーマがかった茶髪から、めちゃくちゃ爽やかないい匂いが漂ってきた。こいつ本当に男か? 人間か? ってそうじゃないだろ!


「伶奈も、亜沙美も、香菜も……守れなかった。きみに、迷惑をかけてしまっている。本当にすまない」

「お、おい、祁答院……」


 なんだよこの状況。なんで祁答院が俺に頭を下げてるんだよ。


「ちょい待てそれストップ頭上げろ。そんで座れ飯を食え」


 立ち上がって無理矢理頭を上げさせ、椅子に座らせる。祁答院は苦虫を噛みつぶしたような顔を伏せ、己の弁当袋をにらみつけたまま、手をつけようともしない。


「言っとくが、俺はこんなときどうしたらいいかわからん。そもそもお前が頭を下げる理由が分からんし、気の利いたことも言えねえ。お前が口を開くまで俺は飯を食うからな」


 もきゅもきゅ。

 もきゅもきゅ。


 ひとり分の咀嚼音が、ふたりだけの室内に鳴り響く。


 灯里と高木と鈴原を守れなかった──パンと同時にその意味を咀嚼してゆくと、まああれだよな。イケメンBCに鈴原が酷いことを言われて、パリピグループが霧散したってことだよな。

 そんで図らずも女子軍団は俺とアッシマー、そして灯里がいる宿に集まって、それが迷惑をかけてるってことだよなきっと。



「祁答院」


 折り返しの四本目をかじる前に声をかける。祁答院は力なく顔を上げて、俺の言葉を待つ。


「もしも祁答院が神様なら、お前を責めるやつがいるかもしれんよな。高木はなんで鈴原を守ってやらなかったんだって思うだろうし、鈴原はなんでこんなやつらから自分を守ってくれなかったんだってな。でも違うだろ。お前は人間だろ。実際、高木も鈴原も内心どう思ってるかなんて俺にはわかんねえけど、お前に対してなにひとつ文句なんて言ってなかったぞ」

「……」


「それでも謝るなら、俺じゃなくて鈴原と高木にだろ。言っとくけど、俺はべつにあいつらを保護なんてしてねえからな。あいつらが勝手に同じ宿に来ただけだ。そんでなんの因果か一緒にパーティを組んだだけだ。迷惑だと思ってるなら一緒に組んでねえ」

「……」


「んで結局なんだよ。意味不明な謝罪だけで一緒に飯食おうだなんて言わねえだろ」


 そこまで言って、こんなに一気に喋ったのなんて生まれてはじめてかも、なんて思いつつ、四本目のスティックパンにかじりついたとき、ようやく祁答院は口を開いた。


「自分のいた種だ。俺がどうにかするのが筋だと思う。……それでも、きみに頼みたいことがある」


 そうしてまた、今度は座ったまま身体を俺に向け、頭を下げてくる。

 祁答院は一度大きく息を吸い、力無い眼に強さを宿し、まるで辛酸苦のすべてがまとわりついたような声を出した。



「厚かましい頼みだけど、友達を…………亜沙美と香菜、そして伶奈を守ってほし──」

「ほほふぁる(断る)」



 スティックパンをくわえたまま、祁答院の願いを断ち切るように、ぴしゃりと断った。


 祁答院は俺の答えを予想していたのか。だからこその表情だったのか、ため息をついて苦笑する。


「またフられたな……。俺、きみ以外にはフられたこと、ないんだけどな」


 たはは……と力無く笑い、


「理由を訊いても?」


「俺にはそうする理由がない。ただ、お前の願いの三分の一は頼まれなくてもやる」


「三分の一?」


「アッシマーと灯里はなにがあっても守る。その理由が俺にはある。でも高木と鈴原にはないからだ」


 きっぱりと言い放つ。

 俺は祁答院みたいに優しい人間じゃない。

 みんな友達、みんな仲間、みんな俺が守る、世界は俺が守る! ……なんて人間エクスカリバーじゃない。


「お前には世話になってる。酷いことも言った。だからある程度のことはする。……でも、誰かを守るって簡単なことじゃねえだろ」

「……」


「祁答院。守ってほしいってのは、なにから守れって言ってるんだよ。俺にはお前が矛盾しているように見える」


 祁答院と俺の決定的な違い。


 祁答院は良いやつ。俺は悪いやつ。

 祁答院は爽やかな人気者。俺は根暗な嫌われ者。


 そんなことじゃなく、根本的な違いが、俺たちにはある。


「お前には守るべき対象が多すぎる。高木と鈴原を守りたいっていうんなら、なんでお前はいまだに望月や海野と仲良くやってんだよ。お前は世界中の人間すべてを守るつもりかよ。無理だろそんなの」


 祁答院の端正な顔が悔しげに歪んだ。だからなんだ。俺はもう止まらない。

 祁答院は良いやつだ。俺みたいなやつに声をかけてくれたし、優しくしてくれた。ぶっちゃけ尊敬するところなんて探さなくても見つけられる。


 体育の授業中、俺を守ってくれたことにも感謝してる。オルフェの砂だって一生懸命集めてくれたし、コボたろうと一緒に闘ってくれた。


 しかしやはり、この一点において、俺と祁答院は相容れない。


「お前は自分が良いやつのまま、すべてを守ろうとしてる。守るためには敵を知って、ときには傷つけなきゃいけねえのに、敵も味方も含め、みんな手を取り合って笑いあえる日を夢見てる。もしもそれを成したとして、そこに行きつくまで、いったいどれだけの人間が涙すると思う? そして涙を流すのは、望月と海野か、あるいは灯里と高木と鈴原か。どっちだと思う?」

「それは……」


「答えなんてわかってんだろ。お前はこんなことを俺に頼む時点でまちがってる。お前はとことん良いやつだけど、誰にでも良いやつだ。……でもそれって、誰にでも冷たいやつと変わんねえ」

「藤間くん、きみは……」


「俺には大それた望みも、なにかを変えてやろうって大志もねえ。でもな」



 祁答院のことは嫌いじゃねえ。ぶっちゃけ嫌いじゃないやつにこんなことを言うのは心が痛い。

 胸の痛みをごまかすように胸元のブレザーをぎゅっと掴んで、祁答院の狼狽えたような顔を睨みつけた。



「アッシマーと灯里を守るためなら、俺はどんな悪にでもなる。守るって、そういうことだろ」



 きっと後から思い返すと死にたくなるような恥ずかしいセリフ。

 でも、言わずにはいられなかった。


 自分の信念を口に出したかったわけじゃない。


 なにかを守るためにはなにかを犠牲にしなきゃいけないんだ、という、俺から見ればなにも捨てていない様子の祁答院に対する、最大級のアイロニーだった。


 俺はずっと与えられる人間じゃなかったから、自分を守るためにはなにかを犠牲にしなきゃいけなかった。

 言葉、態度、外面そとづら──そして。

 最後の光景──中学時代、信念の前にうしなった、ただひとつの心の支えを思い出し、しかし首を振って追い出す。


 そうしながらもう一度、祁答院の瞳を見据えて、


「守りたいものはなんだ、祁答院。誰にでもいい顔をするお前に、なにも捨てられないお前に、未だ望月と海野に笑いかけられるお前に、誰かが守れるとは思えねえ」


 自分でも嫌になるくらい嫌なやつ。

 なんだよ、ちょっと味方ができたからってイキがるじゃねえか。


 それがどうした。


 俺は、俺が嫌なやつであることを恐れない。



 藤間透が悪で何が悪い。




「悪いついでにもうひとつだけ言わせてもらう。……灯里を守るのは祁答院、お前じゃない。────俺だッ!!」




 柄にもなく吼えた。


 感情が止められなくて。

 激情が抑えられなくて。


 俺の昂ぶりを一身に浴び、なにかにうたれたように胸に手を当てる祁答院。


 生まれたばかりの感情をありのままに吐露し、肩で息をする。


 そのままどれほど向き合っていただろうか。

 予鈴よれいが鳴り、昼休み終了五分前を告げた。


「戻ろうぜ。……お前、飯食ってないけど。俺、謝る必要ないよな」

「…………ああ」


 半分近く食べ損なったスティックパンの袋を持って立ち上がる。



 ────胸が、痛い。



 祁答院が落ちこんでいるのは、蓋さえ開けられなかった弁当のせいではないことくらい、俺にもわかっていた。



(了)

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