05EX-あかり
05-16-起──運命
胸が、苦しい。
彼が私を助けてくれたあの日から、一日ごとに、一時間ごとに、一分ごとに一秒ごとにどんどん好きになってゆく。
───
「俺、丸焼きシュークリームさんのファンなんすよ!」
入学前に助けてくれたとき、意味不明な因縁をつけてくるチンピラの仲間かと思うほど意味不明だった。
「サインください! サインの横におっぱいもください!」
……もう駄目だと思った。
でも彼は、意味不明なことを言いながら、私だけに見えるよう、後ろ手に「行け」とサインを出してくれた。
「伶奈は本当に可愛いね。困ったことがあったら、すぐに言うんだよ」
駆けながら、いつもそう言ってくれるお父様の連絡先に電話するも、出ない。このロスで私の代わりに彼の顔に傷がひとつ増えたのだと思うと、どうしようもなく胸が痛んだ。
「警察だ! お前らなにしてる!」
「データはクラウドに保存してあるんで……」
「「テメェ!」」
私はチンピラふたりの顔を撮影し、彼と同じようにクラウドでバックアップをとった。逆恨みで、彼がこれ以上の被害を被らないように。
「きみ、大丈夫かい? 歩ける?」
「あ、その、あ、う、だ、だいじょぶっす。俺より彼女を。彼女のほうがヤバいと思うんで」
とくん。
えっ、なに、これ。
とくん、とくん、とくん……。
生まれてはじめて聞こえた
小説やドラマで感動したときとは違う、走ったあとの息切れとも違う、優しくて切ない胸の音。
「あ、あのっ、私っ……!」
「余程怖かったんだろう、胸を押さえてる。もう大丈夫だからね。きみも一応病院へ──」
違う、ちがう……!
これは苦しいんじゃなくて、ううん、苦しいけどそうじゃなくて……!
「じゃあきみはこっちの車。きみはあっちの車に──」
「あ、あのっ、お名前を……!」
しかし無情にもパトカーのドアは閉まり、それ以降、彼と顔を合わせることはなかった。
──
胸が、苦しい。
「お父様、お母様、丸焼きシュークリーム先生ってご存じですか?」
「奇妙な名前だね……パティシエの先生かね? 以前フランスから招待したムッシュ・カレーム氏の間違いではないかね?」
「違います…………」
彼はなんと言っていたのか。
何度思い返しても、蘇るのは恐怖などではなく、少年の勇気だった。
丸焼きシュークリーム先生で間違いないと思うんだけどな……。
「その先生がどうかなさったの?」
「いえ、なんでも……おやすみなさい」
リビングを抜けるとき、
「あなた、伶奈はやっぱりあのときのことを思い出して……」
「チンピラ風情め。二度と娑婆を歩けないようにしてやった」
そんな恐ろしい言葉を背に浴びて、それでもあのチンピラたちを哀れに思う気持ちにはなれなかった。
ただ、私の代わりに傷ついた少年の痛みを思うと、これ以上なく胸が痛んだ。
いま、なにをしているのかな。
私よりもすこし歳上かな。
どんな食べ物が好きなのかな。
─────
はんだごて
─────
いま、なにをしているの。
どうして、あえないの。
胸が熱いのは、どうして。
焼けそうなほど、溶けそうなほど、熱いのはどうして。
どうせ溶けるのなら
いっそのこと
はんだごてで
私とあなたをひとつにしてください。
あなたに、あいたい。
─────
「はぁ…………」
また渾身のポエムが出来上がってしまった。
ウェブサイトに35番目の作品として登録する。
35作品目。
あなたに出逢ってから、もう35作品目。
評価が低いのは、だれも私の想いを理解していないから。
あなたに、あいたい。
──
鳳学園高校入学。
運命だった。
眠そうな顔。気だるげな瞳。少し猫背気味の身体。
「藤間透」
「……はい」
彼の姿しか目に入らなかった入学式が終わり、ホームルーム。
最初の点呼で、ようやく彼の名前を知る。
はい、という二文字の言葉を聞いて、他人の空似ではないと確信した。
ふじま、とおるくん。
どんな漢字なのかな……?
──
胸が苦しい。
藤間くんは私のことを全然覚えていなかった。……と、思う。
藤間くんの視界に入ってアピールしようと頑張るけど、彼はいつも机に伏せて寝ている。自分が認識されていないのか、それとも私のことを認識したうえであの日のことを忘れているのか。
いっそのこと、私から声をかければいいのに。
無理無理無理無理無理無理無理無理…………。
私はかなりの緊張家で、きっと汗をいっぱいかいちゃうし、スムーズに話せる気がしない。
「うっせーぞ男子。んで香菜、どうしたってー?」
「あ、えっとねー?」
お友達になってくれた亜沙美ちゃんは、私にはとても優しいけど、とても怖い。他者の悪意に…………あの日から、特に男の人の悪意に怯える私からすれば、とても凄いと思う。
「あいつマジなんなわけ?」
そんな亜沙美ちゃんは、敵にすると、とても怖い。
──
「ふ、藤間くんっ……!」
「……? え、な、なに、俺?」
もうだめ、抑えきれない。
胸が苦しい。
もしもこころが器なら、
手から零れそうな想いをも飲み干して、私の身体すら破裂しそうだった。
お礼が言いたい。
あの日助けてくれてありがとうございましたって。
お友達になってください、って言わなきゃ、私は溺れ死ぬか破裂してしまう。
だから、声をかけた。
「ほ、放課後、ちょっと残ってもらってもいいかにゃっ……ぁぁぅ、いい、かな?」
噛んだ。しにたい。
──
泣いた。
散々泣いた。
わんわん泣いた。
「罰ゲームってなに……? うぇっ、うええええええぇぇぇ……」
ふられた。
「お嬢様、それも致し方ないことかと」
「ぅぅぅ…………三船さん……どういう、こと……?」
三船さんは五年前から住み込みで働いている灯里家の家令だ。年齢は三十手前で、両親よりも年齢が近いぶん、話し相手になってもらっていた。
「そもそも告白するタイミングではありません。お嬢様がよく知らない男子から付き合ってくれと言われても、困るでしょう?」
「う…………」
確かにそうだ。私はただ、お礼が言いたかっただけだった。
それなのにいざ彼を目の前にすると、気持ちがどうしようもなくなって、つい、溢れてしまったのだった。
「お嬢様はどうされたいのですか?」
「やり直したい……」
もう一度、やりなおしたい。
さっきの告白をなかったことにして、今度はちゃんとありがとうって言いたい。
止まらない。
想いが溢れて。
これは涙の形をしているが、行きどころを失った藤間くんへの想いだった。
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