02-14-藤間透が最低で何が悪い
雨、雨が降ってる。
あ、やべ、朝に使ったタオルが干しっぱなしじゃん。
仕舞わないと。
……。
目が覚めると、よくわからない状況だった。
たいして美人ともいえない顔と、美少女と言って遜色ない顔と、筆舌に尽くしがたい美女が俺を覗きこんでいた。
アッシマー。
灯里伶奈。
そしてリディアの三人が俺を見下ろしている。
雨雲は、アッシマーと灯里の瞳だった。
「んあー……」
なんだこれ、どんな状況だよ。
「うくっ……ひっく……!」
「藤間くん……藤間くん……」
「透のばか」
アルカディアでの俺の部屋。
とまり木の翡翠亭201号室。
アッシマーとリディアはともかく、なんで灯里までここにいるんだよ。
「藤間くん……」
部屋の真ん中には祁答院、高木、そしてトップカーストのビッチBまでいる。
「藤間くん、本当にごめん、守りきれなくて……。俺たちもリディアさんが来てくれなかったら、間違いなく全滅だった」
なぜ祁答院たちがここにいて、俺に頭を下げているのか。そしてなぜ、祁答院がリディアのことを知っているのか。
「んあー……」
とにかく、二度寝していいかな。
「あんた、覚えてないの?」
「大変だったんだよー? ……っていっても、藤間くんほどじゃないけどー……」
高木とビッチB……アッシマーの話だとたしか
「んあー……」
「いやあんたいい加減起きろし」
高木が視界の端でため息をついた。いやしょうがないだろ、寝起きは弱いんだって。
つーかアッシマーと灯里のふたりは、なんで泣いてんだよ……。
「藤間くん、コボルトに追われながら砂浜を走っていたことは覚えているかい?」
コボルトに? 俺が?
……。
…………。
あ。
そうだわ。
死んだわ、俺。
そうだ。
たしか、オッサンが南門まで逃げたことを確認して、俺はコボルト二体を連れて、街の東──砂浜に向かったんだ。
──
「「ギャアアウッ!」」
身の毛もよだつ咆哮を背に浴びながら、足場の悪い砂の上を駆ける。
俺がわざわざ逃げ場所に砂浜を選んだのは──
「はあっ、はあっ……! どうだっ……! 裸足のお前らにゃ……! 砂浜はキツいだろっ……!」
まだ午前中だから砂はさして熱くない。しかし、その辺はガラスが落ちてて足の裏に刺さるだろっ!
「「グァウッ!!」」
しかし、くそっ……!
エシュメルデ東門まであと五分ってところか……? そこまで持つのか? 俺の足……!
「藤間くんっ!」
なんでこんなところにこいつらが……! やべぇ、このままじゃモンスターを
「藤なんとかぁ! 左右どっちかに跳べっ!」
「──っ!」
藤間だっつってんだろ!?
遠くに見える高木にそんな言葉を吐く余裕なんてあるはずもなく、俺は思いっきり左へと、ハンターもびっくりのダイブをかます。俺の顔面が砂に埋まる直前、
「るあぁっ!」
「えいっ!」
洋弓から矢を放つ高木と鈴原の姿が目に入り──
「がああああっ……!」
それをかわすように、俺は砂に顔面から勢いよく突っ込んだ。鼻頭にキーンとした痛みがまずやって来て、それに気づいた頃には顔全体に焼けるような痛みが広がっていた。
「藤間くん、立って!」
慌てて走ってきた祁答院が俺を起こし、自らの背に
痛ってぇ……! 鼻が詰まったような感覚。次いでぬるりと温かいものが口元を濡らした。……鼻血だ。
「「グァウ……!」」
コボルトは二体とも胸を押さえて
「
赤い高速の矢が目の前を通り過ぎてゆき、片方のコボルトを焼き焦がして緑の光に変えた。
「いくぞっ……!」
祁答院が手でここにいろと俺を制し、残ったコボルトへ果敢に突っこんでゆく。
祁答院はコボルトの繰り出す槍を左手の盾で防ぐ。横に払った剣は後ろにかわされ、しかし勇敢に詰め寄って至近距離をキープし、コボルトに槍を繰り出させない。リーチという槍のアドバンテージを完全に殺している。
ミドルレンジでは槍が有利になる。だから祁答院は接近するが、超インファイトになってしまえばコボルトの鋭い牙にやられてしまうだろう。
祁答院はそのあたりの妙を理解していた。俺が採取に打ち込んでいた一週間、祁答院はこうやって闘っていたのだろう。
斬りかかる。苛ついたように振られた槍を盾で受け止める。
一度逆袈裟に斬りつけるが、コボルトはすこし怯んだだけで、ふたたび瞳に
激しい攻防。
どちらかといえば祁答院が押している。くそっ、せめてコボルトの足だけでも封じたい……!
そう思いコボルトの背後に回り込もうとすると……。
見えた。
見えてしまった。
遠くにある木々。波打ち際とは逆側の木々。
そこで、銀色の何かが煌めいた。
視線の奥の木陰に潜む、犬顔の群れ。
あろうことか、やつらは弓を構えていた。
どっちだ。
どっちを狙っているんだ。
……こっちか!?
祁答院と女子三人。
きっと俺の中の"男子"が"女子"を守ろうと、跳んだ。
飛んできたのは、矢。
それも、一本ではない。
顔面に衝撃。
「「きゃああああああああ⁉」」
「藤間くんっ? 藤間くんっ!」
そのあたりで俺の意識は途切れた。
いろんなところが燃え盛るように熱くて、もうどこに矢が刺さったのかもわからなかった。
──
「うっわそうだわ。俺死んだわ。なに、矢で死んだの? あの矢はどこに刺さったんだ?」
「聞きたい? 痛ってぇけど」
高木が両手で自分の肩を抱く。
「いちおう知っておきたい」
「あんた、両手広げて……その、あたしたちのこと
庇ったという認識は俺にはない。戦闘力のないやつが盾になるべきだと思い、そうしただけだ。
「その……たぶん十箇所くらいなんだけど……両手両足に一本ずつ、胸に二本、喉に二本、右目に三本くらい刺さってて……か、貫通してるのもあって──」
「あ、すまん、もういいわ。痛くなってきた」
なんだよそれ、どんなグロ画像なんだよ……。目に三本って……うわぁ想像だけで目が痛ぇ……。逆に即死できてよかったんじゃねえのかそれ。
半身を起こした俺のそばで、灯里は泣きながら震えている。あー……近くでそんなグロいの見ちまったら、女子ってこうなっちまうのかもな。よく知らんけど。
「ウチらは無傷だったしー。どんな奇跡かわかんないけどー。あの矢、全部藤間くんが受け止めてくれたんだよねー」
「あーね。結局、藤…………間? に全部の矢が刺さって、あたしらのところに一本も来なかったし」
その言葉にほっとする。
こいつらがここにいるってことは、誰も死ななかったったことだ。これで誰かが死んでたら、モンスターを
「でも大量の矢が飛んできたってことは、めっちゃモンスターがいたんだろ? 上手く逃げられたのか?」
「あの数はさすがに無理そうでね。どうしようかと思っていたら、リディアさんが来てくれたんだ」
「透をまた、すくえなかった」
リディア?
……リディアがどうして……?
「ひとりのホビットが、まちなかでさけんでいた。『陰気臭い勇者の坊主が、ワシの代わりに死んじまう。あの坊主、戦えねえんだ。誰か助けてくれよ』と。わたしはすぐに透のことだとおもって、南門へむかった。でも透はいなかった」
抑揚のないリディアの声だが、ダンベンジリのオッサンのことだとわかる。ああ、助けを呼んでくれていたのか……。
「わたしはすぐ南門を出てからぐるりと東門へむかった。街からとおい南は危険。それを知っている透がそっちににげるはずがない」
「同じころ、俺たちも彼の悲鳴を聞いていたんだ。南門へ向かう何人かの冒険者を見て、伶奈が『私達は東門から』って走っていってしまって、それが功を奏したんだけど…………」
「藤間くん、ごめんなさいっ……! 助けたかったのに、私、また……また、助けられて……私っ……!」
あー……。
こいつらがあそこにいたのって、偶然じゃなかったのか……。
俺を、助けようとしてくれていたんだな……。
こんな、俺を。
誰も信じられなくて、遠ざけて、傷つけて。
自分を信じるためには、他人を疑うしかなくて。
もう、なにがなんだかわからない。
信じて、いいのか。
この涙を、信じていいのか。
この涙を信じるということは。
「灯里」
「灯里……悪い。俺、最低だったな。ごめんな」
最底辺の俺が、やはり最低だったのだと。
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