02-15-きっと、喧嘩なのだと
もうなにも抗えなかった。
信じてしまった。こいつらを。
多分、裏切られたら立ち直れないくらいまで。
「灯里。謝って済むようなことじゃねぇ。でも、すまねえ。許してくれなんて図々しいことは言わねえ。俺が……最低だった」
灯里は手の甲でぐしぐしと涙を拭いて、俺になにかを伝えようとするが、
「どうして藤間くんが謝るの……? ぐすっ……ひっく……! 藤間くんは、最低なんかじゃないよ……。ぐすっ」
俺のベッドに乗せた自らの両腕に顔を埋めてしまう。
この衆目のなかで、あの日の告白のこともだ、と告げることなどできず、ならばいまは、と祁答院に顔を向ける。
「祁答院、お前にもひどいことを言っちまった。お前が悪いわけじゃないのに、お前をパリピだと……俺を虐めてきたパリピだと一括りにして、勝手に敵だと思って牙を剥いた。お前は俺に……ずっと優しくしてくれていたのにな。本当にすまん」
「パリ……? 俺は藤間くんからひどいことを言われたなんて思っていないよ」
そう言って、ほがらかに笑う祁答院。
あーくそ、主人公だわ。こういうやつが異世界で無双してハーレムをつくるんだわ。
「ついでに高木と鈴原もすまん。もしかしたら言い過ぎたこともあるかもしれん」
「軽っ! ついでってなに!」
「あははー。むしろ謝るのはウチらだよー。ごめんね? その……藤間くんがすこし怖くって、ひどいこと言っちゃったかもー……」
いや鈴原はともかくとして、高木お前、俺のこと虫とかキモイとか散々言ってただろうが。
「でもさ、やっぱあたしも悪かった。……あたし中学までちょっとアレで。高校ではナメられないように、無意識にいやなやつになっちゃってたかも……ごめん」
ぶっちゃけそれもどうかと思うが、俺は高木亜沙美がただムカつくビッチだけではないことを、すでに知っている。
底抜けにいいやつの祁答院か、友人の灯里に引っ張られてのことだと思うが、それでも一生懸命に砂を集めてくれて……こんな俺に、歩み寄ってくれたのだ。
「あんたってなんか暗いし根暗っぽいし陰キャみたいだしさー」
「なんだよこらちょっと見直したらフルボッコかよ。ついでにそれ意味ほぼ被ってんじゃねえか」
俺がジト目を向けるも、高木は意に介した素振りを微塵も見せず、人差し指をあごに当て「んー」と視線を上に向ける。
「でも伶奈から話聞いたり、こっちでのあんた見てるとさ……なんてゆーの? ……えーと……案外話せるっつーか」
「やっと引っ張り出したいいところが『案外話せる』かよ」
「あんたと喋って、ビッチとか言われてマジでムカついたこともあったけど、あたしもあんたに結構言ったし、これでチャラね」
「お、おう」
突き出される高木の拳。右手の甲を布団でゴシゴシ拭い、グーを作ってそれにコツンと合わせた。
「ぷっ……。藤木超テンパってんじゃん。キモっ」
「んだとこらクソビッチ。こちとらお前と違って人肌に触れ慣れてねえんだよ」
売り言葉に買い言葉。今にも俺に掴みかかりそうな高木を祁答院が止めた。
「いやだっておかしいっしょ! あたしキモいとしか言ってないのに、こいつクソビッチって二個も悪口言った!」
「待てやコラ。キモいの前にお前また俺の名前間違えてるからな。これも悪口に含むだろ」
「しょうがなくね? これもうあたしじゃなくて覚えにくい名前のあんたが悪くね?」
「ざけんな、前から思ってたけど藤間より高木のほうが覚えにくいだろうが」
「それはない。現にあたしが覚えらんなくてあんたがあたしの名前を覚えてるのがその証拠。はいあたしの勝ち」
「違う。俺の方が頭いいから。はい論破」
「は?」
「あん?」
「亜沙美、藤間くんも。せっかく仲良くなったのに、喧嘩はよくないだろ」
「「仲良くなってねーし!」」
高木と唾を飛ばす勢いで向かいあいながら、それでもこのムカつく女の印象は変わっていた。
これから高木にどんなムカつくことを言われても、それはきっとイジメなんかではなく、喧嘩なのだと。
──
祁答院悠真と灯里伶奈、そして
宿の前にいた女将に、この宿のシステムや料金設定を訊いている灯里の姿が二階の窓から見え、いやな予感を感じながらもう一度ベッドに腰かけた。
「……」
向こうの壁……ベッドには美しくもぬぼっとしたリディアと、
「……」
ありえないくらい頬をふくらませた涙目のアッシマーがいた。
「えーと……わかった。トノサマガエル」
「モノマネなんてしてませんよ! しかもなんなんですかそのかわいくないモチーフ!」
違った。そっくりだったんだけどなぁ……。
「わたしは怒ってるんですよ! いっつも無理して、毎日のように死んで! おじさん助けて死ぬとかなに考えてるんですか!? なんのフラグ立てようとしてるんですか!? 男! 男って! イケメンなら需要ありますけどおじさんとか一般受けしませんよ!?」
「やっべぇ、もはやお前が何に怒っているのかわからねえ」
「なんで毎日死んじゃうんですかぁ……。なんでわたしは部屋でぬくぬくとしてるのに、なんでいっつも藤間くんだけ死んでるんですかぁ……しかもひどい死にかたして……」
「んなこと言われてもな……。今はこうして無事なんだし、もういいじゃねえか」
「よくないですよぅ……。わたし、藤間くんに雇われてるんですよ? どうしてわたしより藤間くんのほうがいつもひどい目にあってるんですかぁ……」
「馬鹿、うちはブラックじゃねえんだよ。社長ってのは
「キレわるっ……」
「うっせえよ」
アッシマーの気持ちはわかる。立場が逆なら俺だってそう思うだろう。
でも、俺にだって意地はある。
いざ自分が最低だったと改めて知り、灯里にはまだちゃんと謝れていないけど、女の陰に隠れたくないっていう意地は残ってる。
「……透。5シルバーたまった」
「まだだ。夜までには貯める。アッシマー、ライフハーブ二十五……あれ、二十四枚しかねぇ。あー、死んで一枚ロストしたな。これとエペ草九枚を置いていくから。調合頼んだわ」
「……また行くんですか?」
「まって。いくのならさきにコボルトの意思をわたす。おかねはあとでいい」
アッシマーが心配そうに立ち上がり、リディアは青い光を放つクリスタルを差し出してきた。俺はそのどれをも拒否し、
「いらねえ。……悪い、これは何回死んでも譲れない」
マジックバッグを担いで部屋を出た。階段を降りる際、アッシマーの、俺を引き留めようとする声を背中に浴びながら。
それがなるべく早く聞こえなくなるように宿を出て、街の雑踏へと身を紛れこませてゆく。
──当たり前だ。
信念って、死んでも譲れないもんのことをいうんだ。
ましてや死んでも死なない世界。
槍で突かれても、矢でハリネズミになっても、絶対に折りはしない。
だって、俺を貫く矢よりも槍よりも、俺の貫く信念のほうがずっと太いから。
待ってろよ。
俺はチートに頼りきらず、他人に頼りきることなく、召喚士になってみせるから。
街が混んでいる。
時間はすでに昼前になっていて、そういえば朝からなにも食べていないことを思い出し、急に覚えた空腹に思わず腹を押さえた。
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