02-16-嫌いな理由

 相対性理論というやつだろうか。昼前から夕方までは一瞬だった。夜までに生活費含め7シルバーを貯めるという目的のため、ひたすら採取をした。


 エペ草とライフハーブを集め、黒パンを購入し宿へ戻り、荷物とアッシマーの黒パンを置き、黒パンを齧りながら砂浜へ。モンスターと出くわして必死に逃げ、また採取に戻って……。


 目まぐるしい一日だった。アッシマーの言う通り、昨日スキルブックを買わずに貯めておけばこんな苦労はしなくてよかったのかもしれない。


 やはりそれでも、ふたりで肩を寄せあって生きているのに、二日ぶんの利益を俺ひとりに使うのは躊躇ためらわれた。



 召喚というのは、与えられた力だ。

 まだ日の目を浴びていない、与えられた力だ。


 だからこそ俺は、召喚に必要な『モンスターの意思』を自らの力で手に入れたかった。



 すべてが与えられた力じゃ、カッコ悪いと思うから。



 てきとーに生きていたおっさんが生まれ変わってチートで無双し「すごい」「さすが」「ご主人様!」っていうあれ。


 主人公が強い理由がチートだけじゃん。

 つまり、


 「すごいチート!」「さすがチート!」「ごチート様!」


 こういうことなんだよ。格好悪いだろ? むしろ悪口じゃねーか。


 それなのに、主人公元おっさんは悪びれもせず、


 「え? これくらい普通だろ? 俺、またなんかした?」なーんてお前ひとりいりゃいいじゃん、って状況に陶酔とうすいしてゆく。


 馬鹿野郎。おまえはの〇"太くんなんだよ。ドラ〇もん(チート)が居ないとなにもできないの〇"太くんなんだよ。お前の横にいる複数のしず〇ちゃんはお前じゃなくてチートに恋してんだよ。「さすがチート素敵!」ってな。

 それなのに主人公(元おっさん)は自分の強さの源がチートであることをとくに打ち明けることもせず、美女たち……甘露かんろを口にしてゆく。


 の〇"太くんはドラ〇もんが動かなくなると『自分の力で』立ち上がり、遠い未来ドラ〇もんを修理する。


 でもお前はチートがなくなったらどうすんの? チートの力で手に入れたヒロインたちに頼って生きてくの?

 『力を失いましたがヒロインたちが強すぎるので平気です~美女たちが俺を好きすぎてむしろ夜が平気じゃない~』みたいな感じになるの? うっわあらすじと一話さえしっかりしてれば人気出そう。



 そんなふうにチートを唾棄だきしてきた俺は、そうなりたいと思わない。


 俺が【オリュンポス】というユニークスキルを使い、召喚魔法で無双するようなことがあっても、俺は俺に誇りを持って立っていたい。


 だから俺は、自分の力で、力を手に入れる。



「藤間くん、頑張りすぎですよぅ……」


「うっせ……こんだけあれば……大丈夫だろ……」


「ああーっ! 藤間くんだめですよぅ、そのままベッドに倒れちゃ! はわわ、びっちょびちょ……。もー、先にシャワーに行ってくださいよぅ……」


「んあー……。そう、だな。行ってくる……」


 ふらふらの身体に鞭打って、窓際にかかったタオル、上下のボロギレ、生活費から10カッパー、そして山のように積まれたエペ草を二枚ほど取り出して宿を出た。


 いつもよりもぬるめのシャワーを浴び、洗浄効果のあるエペ草をこすりあわせ、泡立てて身体、髪の毛と洗ってゆく。


 タオルでいつもより雑に身体を拭き、ボロギレに着替えた。うーん、なぜかコモンパンツより股間が安定する。


 宿の女将に声をかけ、宿屋の裏で汗にまみれたコモンシャツとコモンパンツをエペ草で洗ってゆく。



 うー、寒いなぁ。


 水、冷たいなぁ……。



 ………………。


 …………。


 ……。



 ……あれ。


 なんだこれ。


 なんで俺、横になってんの?



 ここ、どこだっけ。


 宿の裏……?



 んあ……アッシマー……?


 なんであいつ、慌ててこっちに走ってきてるんだよ。



「藤間くん! 藤間くん、藤間くんっ……!」


 やめろ、顔近いんだよ。

 大して美人でもない顔が……。



 ──でも、なぜか、俺を揺さぶるその顔が、近いんだよ。



「なんでっ!? どうして!? 藤間くんっ! 藤間くんっ……! 誰かっ! 誰かいませんか!? 藤間くんが……!」


 俺ならここにいるって。でかい声出すなよ。恥ずかしいだろ。


 ……でもそんな声はなぜか口から出なくて。

 筋肉の動かし方を忘れたように、口は動かなくて。


 喋れないなら、仕方ない。



 ……でも、これだけはしなくちゃ。



 横向きに倒れたまま、身体の下敷きになっていない左腕に力を込める。……すこし、動く。


 頑張れ、俺。


 どうにかして左腕を眼前にあるアッシマーの顔に持ってゆくと、次に手、指、と力を込めてゆく。


 まに、あえ。



「藤間くん、藤間くんっ……! ……藤間、くん?」



 特別綺麗でも好みでもない地味めな顔。大きな瞳だけはチャームポイントと言えなくもない。



 そこまで好みでもない。



 ……でも、いまのかおは、いちばんきらいだ。



 俺の左手親指が、アッシマーの右瞳から溢れる、嫌いな理由をそっと拭った。



「藤間……くん……」



 ぁ……馬鹿。

 左手じゃ、左目は拭えねえじゃねえか。


 いまになって、そんな当然のことに気がついた。

 仕方ねえだろ。

 こちとらいままで人と関わってこなかったエリート陰キャなんだから。



 ……あ、マナフライ。

 夕焼けから夜に切り替わろうとするエシュメルデ。


 アッシマーの顔に、嫌いな理由がまだ半分だけ残っていることを悔いながら、俺はゆっくりと意識を手放した。

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