02-17-信念のハーヴェスト──堂々と向きあえるとき

 ……あれ。天井だ。

 陽の光ではない。……これはランタンの、人工的な灯り。



「藤間くんっ……!」


「んあー………?」


 俺が首を横に傾けると同時に、アッシマーがベッド脇に駆け寄ってきて屈む。


「藤間くんはばかですっ……! もうほんと……ばかですっ……!」


 なんかこいつ、まーた泣いてる……。


「でも、わたしのほうがもっとばかでしたっ……! ごめんなさい、藤間くんごめんなさい……。うううぅぅー……」


「んあー……?」


 なんだかよくわからない。半身を起こすと向こうのベッドではリディアが座っていて、ランタンでだいだいに彩られた美しい顔を俺に向けていた。


「透は、ほんとうにばか」


「……ん……。もしかして俺……また死んだの?」


「死んだ」


 えー……なんで?


 相変わらず、死ぬ前の記憶がない。


 なんとなくシャワーをしたところまでは覚えてるんだけどな……。


「藤間くん、宿の裏で倒れてたんです。泡吹いて」


「宿の裏……ああそうか、たしか俺、コモンシャツとコモンパンツを洗いに行った……んだよな」


「わたし、びっくりして……大きな声で助けを呼んだんですけど、女将さんも不在で、お医者さんとかもわからなくて、とにかくお部屋で休ませなきゃ、って思って、藤間くんを背負ったんです」


「お前が? 俺を?」

 

 胸以外ちっこい身体でよくやるよな……。


「ぐすっ……。そしたらっ……! 階段の途中で緑の光が見えてっ……! 振り返ったら藤間くんが緑に光っててっ……! 背中が軽くなってっ……!」


 そして部屋に戻ると、俺のベッドに、


《復活まで119分》


 というウィンドウ表示があったという。


「藤間くんごめんなさいっ……! わたし、藤間くんがとってもとっても疲れてるのわかってて、ベッドが汚れるからってシャワーに追い出して……!」


 あー……。

 こいつ、そんなことで責任感じて泣いてんのかよ。


「お前が謝ることなんてひとつもねえだろ。……つーか俺、なんで死んだの? まさか過労死?」


「たぶんそう。SPの枯渇こかつによる臓器不全」


 リディアが向こうのベッドから教えてくれる。


「身の丈にあったことをしたほうがいい。透はLV1。SPもたかくない。必ず死ぬとかいて必死。必死ではたらいたら死ぬのはとうぜん」


 なんという言葉の隙を突いた揶揄やゆか。たしかに必死を英語にするとDesperateだけど、漢字をそのまま英語にしちゃうとMust Dieだもんな。


 しかしまあリディアに言わせれば、この『必死に働いたら死ぬ』というのはアルカディアにおいては珍しくないようで、とくに異世界勇者によく見られるという。


 その原因は、現実にはない『ステータス』にあるらしい……と言えば語弊があるだろうか。


 ステータスは現実でも客観的にスポーツ選手などを評価して、打率や勝率を明らかにして、こいつのピッチングはB、ならあいつはAだな、なんて評価の道具に使うこともある。


 しかしこの世界におけるステータスは、誰が見ていて誰が評価しているのかなんてわからないが、まるでゲームのようにHPやSP、MPが存在する。

 RPGロールプレイングゲームに触れたことのある諸兄ならばご存知だろうが、HPが無くなると戦闘不能になったり棺桶に入れられたり『しんでしまうとはなさけない!』と、僅かな金と銅製の剣しか与えてくれなかった王様から理不尽に叱られたりする。運が悪ければ灰になったりもする。


 異世界アルカディアではHPが0になると緑の光に包まれ120分後に拠点で復活するんだが、リディアの話によれば、SPやMPが0になるとゲームで言うところの状態異常になり、ふらふらになったり幻覚が見えたり錯乱したりするらしい。そしてそれを休憩や回復をせずにしておくと、HPに影響を及ぼすようだ。


 俺の場合、採取や移動でSPを使用し続け、限界を超えても採取、移動、シャワーや洗濯という『運動』を続けた結果、HPが0になって死んでしまったのではないかとリディアは言う。

 まあたしかにさっきの俺、ふらっふらだったわ。



「アッシマー、泣かなくていいだろ。お前が責任感じることなんて」


「わたしが責任を感じたせいで泣いてると思っているのなら……藤間くんはもっとばかですっ」


「……」


 「じゃあ目薬でもさしたのか?」とすっとぼけられるほど俺は鈍感じゃないし「心配してくれたんだろ? ごめんな……」なんて言えるほど図々しくもなくて、ラノベ主人公のようにアッシマーの頭にそっと手を乗せられるはずもない。


 だから、


「すまんかった。……気をつける」


 話を終わらせるようにそれだけ言った。アッシマーは俺の意図に気づいたのか、腕で目をぐしぐしとこすり、ため息。


「はぁぁ……過労死っていうんですかね、それとも燃え尽き症候群っていうんですかね。はぁぁ……ともあれ、二回死んでまで曲げなかった信念が実りましたよ」


 信念が、みのった。


 なんだかおかしい日本語な気はするが、それはつまり──


「7シルバー……貯まったのか? 7シルバーっていうことは、24カッパーの薬湯やくとうが三十個以上完成したってことだよな?」


 それが信じられなくて、不安げにアッシマーを見やる。

 

「ふふっ……もうっ。藤間くんがいくつ素材を集めてきたと思ってるんですか」


 アッシマーはようやく表情に柔らかな笑みを灯し、すっくと立ち上がる。

 そして向かうは、己のストレージボックス。そこからカチャカチャと音を立てて、緑の液体が入ったビンを作業台の上に置いてゆく。


 「これで終わりです」とアッシマーが言ったとき、作業台には毒々しい液体の入ったビンがずらりと並んでいた。


「おいお前、これ……」


 えっ、えっ、と目をぱちくりさせる俺に一度横目を流し、ふふっと笑ったあと、


「リディアさん、四十六本あります。藤間くんと取引をお願いします」


「わかった。透、全部かわせてもらう。はい、透」


 なんだこれなんだこれ。

 思わず上向きで差し出した右手の甲にリディアの左手が下から添えられて、すこし汗ばんだ手のひらに、細くしなやかで柔らかいリディアの右手が乗り、離れたときには俺の手に数枚の硬貨が載っていた。


 見慣れた銅貨が四枚、最近見なれた銀貨が一枚、そして見たことのない大きめの銀貨が一枚。


「えっ、えっ、おい、これなんだ」


「大銀貨。一枚10シルバー。薬湯四十六本で11シルバーと4カッパー。お取引、ありがとうございました」


 俺に軽く頭を下げて薬湯の群れに手をかざし、収納の魔法なのかはしらないが、ビンを次々とかき消してゆくリディア。


 11……シルバー?


「藤間くん藤間くん、それだけじゃありませんよぅ? 藤間くんが集めたオルフェの白い砂ですけど、三十単位……革袋いっぱい貯まってますので、これをココナさんに売ればさらに2シルバーと革袋が貰えますっ」


 え、まじか。



 あー……。


 そうか。


 俺、採取が終わって、シャワーして、洗濯して……。

 俺、達成感を感じてたわ。これだけあればさすがに大丈夫だろうって。


 それでやりきって……アッシマーの言うとおり、燃え尽きたんだな。


 13シルバー4カッパーと革袋。


 生活費や革袋を抜いても、ひとり当たり5シルバー以上稼いでいる。



 大丈夫。


 今なら、大丈夫。


 誰かが決めるわけじゃないから、俺が決める。



 いまなら『あいつ』と、堂々と向き合える。


「リディア」


「ん」


 短いやり取り。

 しかしここにいる三人はきっと全員わかっている。いまからなにが行われるのかを。


 リディアの手に、青い煌めき。



 俺の胸を高鳴らせる感情は、今度こそときめきだった。



(了)

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