02EX-底辺が異世界で成り上がり無双するまで

02-18-召喚士・藤間透

 とまり木の翡翠亭ひすいてい、201号室を蒼く染める輝きを手に取ると、宝石はより眩しくきらめいたような気がした。


 『コボルトの意思』。

 これを使えば、俺は召喚モンスターを使役できるようになる。


「待たせて悪かった」


 キィン──

 俺にはこいつが俺の言葉に反応している──そんな気がした。


「お前を、俺のものにする」


 キィン──

 握った指の隙間から、早く、早くと急かすように放たれる光線。握り拳を胸に押しつけると、それはすっと俺の胸に溶けていった。


「あー……なんだろう。凄くわかる。俺、召喚士になったわ」


 目には見えないし、何かが聴こえるわけじゃない。でもわかる。


 もう一度胸に手のひらを合わせ、ひとり呟いた。



「いるんだよな。ここに。……コボたろう」


「うんうん、良かったですねぇ藤間くん……。えへへ、なんだかうれしくって、また涙が……。……? 藤間くんいまなんて言いました!?」


「……んだよ」


「コボたろう! コボたろうって言いました!? なんかもうちょっといい名前なかったんですか!?」


「おうこらヤマシミコ。コボたろうを悪く言ったら許さねえぞ」


「いえいえいえいえ悪いのは藤間くんのネーミングセンスですよぅ! っていうかなんなんですか早くもその愛情!」


「あんちょく。でも透がそれでいいならいいとおもう。召喚モンスターは名前をあたえられると強くなる。どこかでしってたの」


「いや知らねえ。でもずっとコボたろうって名前にしようと思ってた。なんだろう、すげえ嬉しい」


「召喚のやりかたはわかる」


「なんとなく。コボたろうを胸に入れたとき、色々と流れ込んできた」


 召喚士になった実感と一緒に流れ込んできた情報。


《オリュンポスを起動》


 召喚システムの起動方法。


──────────

コボたろう(マイナーコボルト)

消費MP9 状態:待機中

召喚可能時間:110分

──────────

LV1/5 ☆転生数0 EXP0/3

HP15/15 SP10/10 MP2/2

▼─────特性スキル

マイナーコボルトLV1

 全身に武具を装備することができる。

 槍の扱いに適性を得る。

コボルトボックスLV1

 容量5まで収納できるアイテムボックスを持つ。

▼─────パッシブスキル

【スキルスロット数:1】

 無し

▼─────装備

コボルトの槍 ATK1.00

ボロギレ(上)

ボロギレ(下)

▼─────その他補正

★オリュンポスLV1

 召喚モンスターのLVに応じたスキルブックがセットできる。

 全召喚モンスターの全能力、召喚可能時間→×1.1

──────────


 ステータスモノリスがなくてもコボたろうのステータスが閲覧できた。

 俺の目の前、その虚空こくうに現れたウィンドウをアッシマーとリディアが覗きこむ。


「藤間くん、本当に召喚士になったんですねぇ……」


「おめでとう透」


 まだ実際に召喚したわけではないが、胸に灯った熱は、俺が召喚士になったんだと実感させてくれた。



「ありがとうな、アッシマー、リディア。俺、自分の力でこいつを手に入れるって言ってたけど、なんだかんだ、ひとりじゃ無理だったわ」



 生活費を抜いて手に入れた11シルバーは、俺とアッシマーが協力し、リディアが取引してくれたからこそ生まれた金だ。

 ついでに言うなら薬湯に使われたビンの素材はオルフェの砂だ。オルフェの砂には、祁答院や灯里、高木の汗も混ざっている。


 だから、自分の力だけで手に入れたわけではない。



 ……それなのに、それがなぜか誇らしかった。


──


 コボたろうを召喚して街の外へ出掛けたかったが、夜は危険だからダメだとアッシマーとリディアに止められた。くそう。

 やはり一日で二回も死んだからだろうか、めちゃくちゃ過保護だ。むしろめっちゃ警戒されてる。



「透、ステータスをみせて」


「ん、なんだ急に」


「みたい」


 唐突な話で、しかも会話が成立していない気もするが、別に隠しているわけでもないから、ステータスモノリスに触れた。


──────────

藤間透

LV1/5 ☆転生数0 EXP0/7

HP10/10(+1) SP10/10 MP10/10

▼─────ユニークスキル

オリュンポス LV1

召喚魔法に大きな適性を得る。

▼─────パッシブスキル

──LV3──

採取

──LV2──

──LV1──

器用、逃走、草原採取、砂浜採取、砂採取

▼─────装備

コモンステッキ ATK1.00

ボロギレ (上)

ボロギレ (下)

採取用手袋LV1

コモンブーツ DEF0.10 HP1

──────────


 前回確認したときよりもスキルが増えているが、逃走以外すべて採取用のスキルだという事実が泣けてくる。

 ちなみに洗濯したコモンシャツとコモンパンツは、アッシマーの手により仲良く窓際に掛けられている。


「透、MPにはきをつけて」


「ん、MP?」


「そうMP。コボたろうを召喚するのに必要なMPは9。透のMPは10。一度召喚することで透のMPはほとんどなくなってしまう。急にMPがなくなると危険。さっきみたいにふらふらになって、死んでしまうこともあるから」


 さっき俺はSPが無くなって死んだ。それはMPでも同じことが言えるらしい。

 10ある力のうち、9を一瞬で使い果たしたらどうなるか。……まあ、普通に正常で健常ではいられないかもな。


 人間には自然に回復する力がある。風邪が治ったり、傷が塞がってゆくする力。

 この世界にももちろんそういうのがあって、MPが尽きたり不足してくると、健常な力……HPやSPが豊富ならば、MPはじわじわと回復してゆく。


「採取でつかれきって、SPがない状態で召喚すると、SPもMPも枯渇する。そうなると回復するためのリソースがHPしかなくなる。非常に危険」


 HPがなくなると死ぬ、なんていうのは俺でもわかる話だ。


「でも注意するってどうするんだ?」


「たとえば、モンスターがあらわれたときに慌てて召喚するのではなく、あらかじめ召喚して、20分ほど休憩する。あるていどMPが回復してから採取にむかう」


「それってモンスターが現れたって肝心のときにコボたろうが時間経過で消える可能性があるよな」


「それは透しだい。透は【オリュンポスLV1】のおかげで110分召喚可能。20分休憩して、90分のあいだに採取をおわらせて帰ってくればいい」


「あー……なるほどな」


 たしかに90分で帰ってくればいい。一時間半ってだいたい、いつもの一回の採取時間だ。そんなに苦ではない。それに、採取から帰ってくる頃には自動回復でMPが満タンに──


「MPについてもうひとつ。『召喚疲労』といって、召喚モンスターを使役するあいだはモンスターによってすこしずつMPを消費する。休んでいればさすがに回復量のほうがおおいとおもうけど、透の場合、なにもしていなければMP回復量と同じくらい消費するかも。採取とかで頑張ってSPを消費すると、身体がSPを回復しようとして、MPはへるかもしれない」


「えぇ……マジ? ってことは、採取が終わるたびに休憩しなきゃなんないのか?」


「とくに最初のうちはそう。みんなそうしてる。透が働きすぎなだけ」


 働きすぎとまた言われ、なんという現実との違いだろうかと苦笑する。


「でもたぶん、それも最初だけ。一ヶ月もすればレベルがあがって、MPがふえれば消費の割合がへるから楽になる。召喚をつづければスキルも覚えられるようになる。【MP】【MP節約】【召喚MP節約】【召喚疲労軽減】といったスキルを習得すればもっと楽になる」


「気が遠くなるな……」


 一ヶ月って……。


 俺は召喚モンスターさえ手に入れれば、なんとかなると思っていた。


「考えなしにひとりでたたかえると思ってはだめ。マイナーコボルト一体を相手にするとき、コボたろうと透、ふたりがかりなら勝てると思ってはだめ。相手は全力。こぼたろうは後ろでふらふらになった透を守りながらたたかう。つまりそういうこと」


 ああ……。


 そうか。


 そうだよな。


 召喚モンスターは俺が死ぬと召喚解除されちゃうんだったよな。なら、俺が死んだらだめなんだよな。


「……そうだな。召喚士になって、すこし舞い上がってたみたいだわ。とりあえずしばらくは召喚魔法を使ってから休憩して、MPが落ちついてから採取に出るようにするわ。そんで金貯めてスキルを買う。レベル上げとかモンスター倒すのとかはその後だ」


「そう。わかってくれた」

「もう、藤間くん無茶ばっかりするんですから……。コボたろうを連れてモンスターの群れに突っ込んじゃだめですよぅ……?」


 ほっと息をつくリディアとアッシマー。


 千を超す召喚モンスターが世界を掌握する……そんな日はまだまだ遠いようだ。


「透、あわててはダメ。きょうはゆっくり休んで、あしたの朝に召喚するべき」


 ……でも。


 ここまで散々抗ってきた俺だ。


 

「召喚──コボたろう」


「っ……」

「いっつも心配ばっかりさせるんですからもー……。でもわかってくれてよかった……って藤間くんなにやってるんですかぁぁぁぁ!?」


 リディアの息を呑む声。

 アッシマーの悲鳴。


 コボたろうを手に入れた瞬間、召喚方法は頭に入ってきた。


 コモンステッキの先を木の床に軽くつけると、俺の言葉に反応して半径1メートルほどの魔法陣が現れた。



 これが──召喚魔法。



 魔法陣は俺の足元から前へと移動し、俺のつま先から完全に離れたところで停止した。

 魔法陣から溢れる、青い光。


「眩しっ……!?」


 アッシマーが手で目を覆う。

 たしかにまばゆい。


 そうだよな。

 俺がお前に逢いたいと思っていたように、お前も逢いたいと思っていてくれたんだよな。


 こんなに眩しい光を放つほど……!


「ぐるぅ……」


 光が消えたとき、ついにその姿があらわになった。


 俺に向かって水平に横たわる槍。

 上下に着込んだボロギレ。

 俺にひざまずく毛むくじゃらの身体。

 犬の頭。垂れ気味の犬耳がひょこひょこと揺れている。



「コボたろう」


「がうっ!」



 そこには俺と闘ったマイナーコボルトよりもはるかにつぶらな瞳を持ったコボたろうが、うやうやしくひざまずいていた。

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