02-19-爆誕、コボたろう

 俺に向かって水平に横たわる槍。

 上下に着込んだボロギレ。

 毛むくじゃらの身体。

 犬の頭。垂れ気味の犬耳がひょこひょこと揺れている。


 そこには俺と闘ったマイナーコボルトより遥かにつぶらな瞳を持ったコボたろうが、うやうやしく俺にひざまずいていた。


「コボたろう」

「がうっ」


「ついに、逢えたな」

「がうっ!」


 外見はもろコボルトだ。つぶらな瞳とぺたんと従順そうな耳以外はモンスターのコボルトだ。獰猛そうな牙が白く煌めいている。


 しかしなんだ、この胸の奥底からこみ上げてくるいとしさは。



「はわわわわ……藤間くん、本当にモンスターを召喚しちゃいましたぁ……」


「透、どうして」


「一日でも早く、強い召喚士になりたいからな。今日のうちにMPを消費する経験をしておいたほうがいいだろ」


 そのほうが【MP】とか【召喚】のスキルブックが早く読めるようになる気がした。


「コボたろう」

「がうっ」


「得意なことはあるか?」

「がうがうっ!」


 コボたろうは自らと俺のあいだに水平に置かれた槍を手にとって掲げた。


「よしじゅうぶんだ。コボたろう、俺は誰よりも凄い召喚士になる。これから先、何体、何十体、何百体、何千体とモンスターを使役するが。最初のひとりがお前だ、コボたろう」

「がうっ!」


「一緒に天下を獲るぞ。頑張ろうな、コボたろう」

「がうっ!」


 そこまで言って、足元がふらついた。アッシマーが慌てて俺に駆け寄るが、


「ぐるぅ……」


「は……はは……。偉そうなこと言ったが、今はこんなんだ。こっから成り上がっていくんだ、コボたろう」


「がうっ!」


 アッシマーよりも早く立ち上がって俺を抱きとめてくれたコボたろうは、俺がバランスを立て直したことを確認すると、再び俺の前に跪いた。


「あー、なるほどな。MPが急になくなると…………たしかにこれ、きっついな」


「だから言った」


 立ちくらみというか、もう目が回る。すこし気持ち悪い。たまらずベッドに座りこんだ。


 コボたろうは立ち上がり俺をベッドに寝かせると、ベッドを背に片膝を立てて座った。左手は槍を抱えるように持っている……。


「はわわわわ……」


 ……アッシマーとリディアに滅茶苦茶圧をかけている。もはや威嚇だ。


「コボたろう、このふたりは…………あー、なんというかその、協力者だ。ふたりに敵意を向ける必要はないし警戒もいらない」

「ぐるぅ」


 俺の言葉にコボたろうは立ち上がると、ふたりに向かって「失礼致しました」と言わんばかりに頭を下げ、俺の枕の横に、こちら向きで正座した。


 顔近っ……。


「悪いコボたろう。じつは、今日は呼んだだけなんだ。召喚ってのがどんなのか試してみたかったし、早く強くなりたかった。それにお前と顔合わせしたかったんだよ」

「がうっ」


 訊くまでもない。

 コボたろうは俺の言っていることがわかっている。ただ人間の言葉で喋れないだけ。


「二十分だけ休憩させてくれ。そしたらすこしだけ外に出よう」

「がうっ!」


 すげぇ、超素直。

 ああ、癒されるなぁ……。


「透、すごい」


「んあ? なにが」


 リディアが横たわる俺と正座するコボたろうを見比べている。


「コボたろうには、自我がある。心もある。普通召喚モンスターには心がない。あっても、一ヶ月、一年と長いときをかけてはぐくむ。ふつう召喚モンスターは召喚士の忠実なしもべ。なんでも言うことを聞いて、なんでも忠実に実行する」


 まあたしかに召喚ってそういうイメージだよな。


「コボたろうは透の指示でわたしとアッシマーに背をむけた。でも、警戒は完全にといていない。ふつうは召喚士の言葉どおりに警戒を完全にとく。なのに、わたしたちに背をむけながらも、わたしたちから透を守ろうとしてる。ふしぎ」


 心と自我、か。


「いいじゃねえか。悪いことさえしなけりゃ、イエスマンとか人形よりそっちのほうがよっぽどいい。それに自我なんて『意思』のなかに居るときからずっとあっただろ」 


 俺の言葉に反応して明暗する青い煌めきは、間違いなくコボたろうの自我だったと俺は思ってる。だからこそ、俺はコボたろうがどうしても欲しくなったんだ。


「やっぱりふしぎ」


「何がだよ」


「透のこと。召喚モンスターに自我があって喜んでるようにみえる」


「見えるんじゃなくて、喜んでるんだよ」


「どうして」


「どうしてって…………そっちのほうが愛着湧くだろ」


 言いながらも既に愛着が湧いている。つぶらな瞳やひょこひょこ動く垂れた耳とか、素直なところとか。


──


 カランカラン。


 相変わらずコーヒーでも出てきそうな音と、すこし古い本の匂い。


「こんばんにゃー♪」


 そしてこのあざとい店主がいるスキルブックショップにはラッキーなことに、他に客はいなかった。


「にゃにゃ? はじめましてにゃ?」


「おじゃま、します」


 初対面のココナさんとリディアが自己紹介をして、視線はコボたろうに注がれる。


「おにーちゃん、ついに?」


「ああ。コボたろうっていうんだ。ほら、挨拶」

「がうっ」


「ココニャちゃんにゃー♪ よろしくにゃ、コボたろー♪」

「がうっ!」


 ……ここ、エシュメルデでは召喚モンスターを引き連れて街を歩いていてもとくに問題はないらしい。


 俺はコボたろうを仲間だと認識しているが、街の人はモンスターがいるぞ! と驚かないのだろうか。そんな不安もあったが、


『へーきへーき! 召喚モンスターには殺意も敵意もないからね。街の人は召喚モンスターだと思っても、モンスターだ! って危険を感じたりしないよ。現に召喚モンスターを引き連れて街にいる召喚士、結構いるから』


 まあ召喚士自体がすくないんだけどね、と女将が説明してくれた。


 大量に召喚して通行の妨げになったり、ともかく迷惑をかけないかぎりは大丈夫らしい。


「ん? ……んー? もしかしてコボたろー、スキルブックをセットできるにゃ?」


「そういえばステータスにひとつまでスキルブックをセットできるって書いてあったな」


「おー! すごいにゃ。とりあえずスキルモノリスを持ってくるからちょっとまっててにゃー♪」


 ココナさん──そういや呼び捨てでいいって言ってたな──ココナは嬉しそうに店の奥へ駆けていった。


「いやおい、奥に行くなら白い砂を持っていってほしいんだけど。……おーい」


 コボたろうが背に担いでいるのは、最近砂浜で採れるようになった『オルフェの白い砂』の入った革袋だ。


 昨日ココナと、”オルフェの白い砂三十単位と革袋一枚”を”2シルバー+革袋二枚”と交換する契約を交わしたばかりなんだが……。というかここに来た理由がまさにそれなんだが。


「お待たせにゃーん♪」


 にっこにこの顔で四枚のスキルモノリスを両手で持ってくるココナ。くっそ、買わせる気まんまんじゃねえか。


「なあココナ。俺、今日は金を持ってきてないぞ」


「心配ご無用にゃ」


 俺たちにスキルモノリスを手渡すと、なにもない空間から革袋二枚と銀貨二枚を取り出すココナ。


「お金ならここにあるにゃん♪ オルフェの白い砂三十単位、まいどありにゃーん♪」


 怖っ! 白い砂の取引額を全部スキルブックに使わせるつもりじゃねえか!


「このお店、すごい。見たことのないスキルがたくさんある」


「にゃふーん、リディにゃんはお目が高いにゃ。LVの高いものは置いてにゃいけど、種類の豊富さならどこにも負けないにゃ」


 たしか【リンボーダンス】とかも置いてあるんだよな。習得可能になったらどうしよう。つーかリディにゃんってなんだよ。


「がう?」


 コボたろうが「どうしたらいい?」と首を傾げてくる。


 俺はため息をつき、仕方なくスキルモノリスを操作した。

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