01-11-アッシマーがああっ!

 あいつらはある意味すごいと思う。

 俺があいつらなら、まず俺に話しかけない。


 いやわかってるよ? 俺ごときがえ狂ったところで、あいつらパリピには蚊の鳴くようにしか響かないって。それってモスキート音? 聞こえてないってことはあいつら老化してんのかよ。


 朝の邂逅かいこうでの言葉はゲロクソビッチと灯里伶奈には響いてたみたいだったんだよ。少なくとも俺の目には。パリピが陰キャに説教なんざされて、怒髪天どはつてんいてるはずなんだ。性格上、灯里はともかくとして、クソゲロビッチなんてあの金髪をスーパーサイ〇人みたいに逆立てて、そりゃもう激おこぷんぷんで「これはヤ〇チャのぶん!」とか言ってるはずなんだよ。なにそれ弱そう。逆にやられそう。


 でだ。


 男子のうち、イケメンAこと祁答院悠真けどういんゆうまってキラキラしたやつは、


「昨日は本当にごめん。でも本当に伶奈に悪気はないんだ。それだけは信じて欲しい」


 そう言って頭を下げてきた。


 イケメンBとCは俺への怒りが抑えられないのか、睨んできた。やだこわーい。


 ……なんて反応返すと思ったか。


「祁答院、お前に謝る気があるなら後ろのふたりはなんだよ。どうせお前ら、三人がかりで威圧かけてマウント取るつもりだったんだろ? 数の暴力っての? ほんと好きだよな、お前らそういうの」


 俺の言葉にイケメンBとCは猿のように顔を赤くする。彼らよりも前に出た祁答院はそんな彼らの顔も知らず、振り返る。


「あ……ごめん。慎也、直人。ちょっと落ちつけよ。悪いのは俺たちだっただろ?」


「……でもよ悠真、悪いのってホントに俺らなん?」

「なんで俺らが謝らなきゃなんねーの?」


 ほんと、なんのために声をかけてきたんだよおまえら。コンセンサスくらい得てから来いっつの。


「反省ひとり、喧嘩腰ふたり。喧嘩腰ひとりが残る簡単な引き算だな、祁答院。それなのにわざわざ三人で来たってことは、やっぱり数でマウント取るつもりじゃねぇか。俺は迷惑かけないっつってんだから、絡んでくんなよ。言っとくが俺、金持ってないぞ?」


「てめぇっ……!」


「よせよ。なんで直人が怒るんだ。……はは、藤間くんごめん、出直すよ」


 祁答院はふたりをなだめながら、トップカーストの指定席……クラスの後ろへと戻っていった。いや、出直さなくてもいいのでもう絡んでこないでください。


 そして彼らはいつもの六人で群れ、クラス後方を陣取って休み時間を過ごす。彼らはそういう生き物だ。


 ……ちなみにいまのやり取り、教室内のことである。衆目のなか、堂々と喧嘩売ってくるパリピこえぇ。


──


 キーンコーン。


 それが授業終了を知らせるチャイムの音だったなら、どれだけよかったことだろう。


 この音は一日の授業でだいたい一回ほどなる"RAIN"という会話ツールの着信音だ。

 この音が鳴ると、どの教師も決まってこう言う。


「授業中はマナーモードにしておけー」


 そりゃそうだ。こんなのは授業の邪魔でしかない。パリピ連中はそんなこともわからない──


 キーンコーン。


 また鳴った。近いぞ。


 教師の視線がこちらを向き、周りの生徒がキョロキョロし、自分の端末を確認する。


 ……俺? あほ。陰キャにRAIN通知なんて来るわけが……


 キーンコーン。


 ……。

 自分のポケットに入っていた携帯端末"ギア"を確認する。


──────────

RAIN通知:3件

──────────


 え、お、俺?

 こそこそと内容を見てみると……。


──────────

足柄山沁子:

藤間くん、なにかあったんですかっ?٩( 'ω' )و

昨晩から顔暗いし、祁答院くんに声をかけられていましたけど……。

──────────

足柄山沁子:

藤間くん、なんで音消してないんですかぁぁ!?

──────────

足柄山沁子:

はわわわわ

──────────


 アッシマーがああっ!!



 アッシマーが俺の連絡先を知っているのには理由がある。


 まず、RAIN通知の来たこのどうみてもスマホにしか見えない端末は"ギア"という。

 ギアとはアルカディアに参加する人間に国から支給される魔導具である。

 魔導具とはなんぞや? ってのは今は置いといて、俺たちはこのギアを学校から受け取った、ってことが言いたかったんだ。


 学校からの連絡も、このギアを介して配信、あるいは送信される。

 それに伴い、連絡が取りやすいよう、クラス全員のギアにはそれぞれの連絡先が予め入力されている。だからアッシマーが俺の連絡先を知っているというのは当然なのだ。

 ……当然なのだが、授業中に連絡を入れてくるなんてのは当然じゃない。


 そもそも俺のギアに連絡が入ったことなんて一度もない。だから音なんて消したことがない。俺のギアから音が鳴るときは、ゲームをしているときか、音楽を聴いているときだけなのだから。


 わたわたと設定をタップし、音量を全てゼロにして窓際の席を見やると、恐る恐るこちらを窺っていたアッシマーが、不自然なくらい勢いよく窓に顔を逃がした。


 あんにゃろう……。


 一通目はまだいい。

 可愛い顔文字が多少しゃくに障るし、授業中にRAINを送るというその神経を疑うが、パリピが陰キャに頭を下げ、結局揉めるという光景に興味が湧いたのは頷ける。


 二通目。

 なんで音消してないんですか。

 バカなの? そう送ることで、もう一度音が鳴ることに気がつかなかったの?


 三通目。

 はわわわわ。

 気がつかなかったんだな、アッシマー。はわわわわ。バカだな、アッシマー。ははははは。ははははは。


 最小化していたRAINアプリを開く。


──────────

藤間透:

授業中にRAIN送ってくるとかバカなの? しぬの?

音消すとか消さないとかこっちの勝手だろあほ。

──────────


 怒りを込めた右手親指で送信。



 キーンコーン。


「はわわわわ」


 お前も音消してねぇじゃねえかアホンダラ! 嘘だろ!? しかも「はわわわわ」っつった!? このタイミングで声あげちゃったら、クラスの誰から見ても俺とアッシマーがRAINのやり取りしたってバレちゃうだろ!?


 先生が苦笑する。クラスから笑い声が聞こえた。

 「藤間と地味子? やばくね?」みたいな声も聞こえた。俺は恥ずかしさで真っ赤だ。


 窓際、睨むように見たアッシマーの前の席にいた灯里伶奈が振り返り、俺とアッシマーを交互に見やり、口を開けていた。

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