01-12-言葉の裏の裏
「もー、授業中にRAIN送ってくるとか、どういう神経してるんですかぁ……」
「んあー……」
アルカディアで目覚め一発、耳に入った音はこれである。
「んあー……しょーがねー……だろ……。音、消してあると思ってたんだ……」
自慢じゃないが俺は寝起きが悪い。脳は覚醒していないし、自分でも驚くくらいしょぼしょぼした声でどうにか応える。
……が。
「音消すとか消さないとか、わたしの勝手じゃないですかー! もー!」
「お前すげえわ。十五年背負った罪深い寝起きの悪さも吹き飛んだわ。お前の頭にブーメラン刺さりまくってんの気づいてる?」
怒りは一周すれば喜劇になるという。アッシマーの俺に対する理不尽はもはや理解不能で、俺は大して怒ることもなく、それは呆れに転じた。
ついでに眠気も覚めた。眠気も覚めるほど理不尽だった。
「それで、なにがあったんですか?」
覚醒した俺に向けられたアッシマーの質問は、たったいま思い立ったような問いではないことを俺は知っている。
そりゃそうだ。RAINで問われ、しかし有耶無耶になったまま現実の一日を終えたのだから。
しかしアッシマーの大きな目は、それだけではないと言っている。
……
「……べつに、なんもねえよ」
「そうですか、わかりましたっ」
わかっちゃうのかよ!
いや普通もう少し踏みこんでこない? なにもないって顔してないですよ? とか、そんなことないですよね? とかさ!
「でも話したくなったら、いつでも言ってくださいね?」
……。
言葉の裏を意地悪く見抜いて、
潜む悪意を性格悪く暴いてきた俺だ。
だから藤間透は、アッシマーの言葉の裏を読む。
本当はわたしが知りたいんじゃなくて、あなたが言って楽になりたいんでしょ? という裏側を。
今までずっとそうしてきた。
……だけど。
『……キモくない、です』
昨晩俺に礼を言わせたアッシマーの背中が、さらにその裏を俺に読ませる。
話せないなら仕方ないですけど、どうしてもしんどくなる前に教えてくださいね、と。
俺がそれにどうこう返す前に、アッシマーは自分のベッド脇にある金庫……ストレージボックスから袋を取り出すと、俺に手渡してきた。
「ダメですよ、お金を出しっぱなしで寝ちゃったら。危ないですから」
それは昨日、半分持っていけと俺が放り投げた小銭袋。
「……おい。2シルバー90カッパー入ったままなんだけど。半分持ってけっつったよな」
昨日の稼ぎ2シルバー88カッパーと、それ以前の全財産2カッパー。その全てが退屈そうに入ったまま、鈍色に光っている。
「それなんですけど、わたしたちってどうせ一日じゅう一緒にいることになるじゃないですか。それならとくに分配する必要なんてないんじゃないかって思いましてっ」
「……? 意味がわからん。お前だって欲しいもんとかあるんだろ?」
「? たくさんありますよ?」
「なら持ってけよ。生活費っつーか、食費とかシャワーの金は自分で払えよ。あとは宿代として10カッパーを……」
「藤間くんがそのほうが気楽でしたらそうしますけど……わたし、要らないですよ?」
「要らない? どういうことなんだよ」
「だってすくなくとも一週間はわたし、藤間くんのものですし。お金は藤間くんが管理して、わたしは働いたぶんお給料として衣食住を提供していただけるものと思っていたんですけど」
なにそれ初耳。
たしかに『一週間雇ってやる』とは言ったが、そんなブラックな雇用形式だとは思ってなかった。
これじゃまるで……。
「それに異世界奴隷ファンタジーって最近人気じゃないですかぁ。わたしも憧れてたんですよね………。……はぅ」
「うっわ自分で奴隷っていっちゃったよ。あと世間一般に憧れるのはご主人様の立場で、奴隷のほうじゃないからね?」
「あっ、でもでも、えっちなのはダメですよ? わたしも一応、初めては好きになった人とちゅーしながら、ってハンチャン薄い希望がありますのでっ」
「俺の話を聞いちゃいねえし、いまのセリフも特に聞きたくなかった。……ちなみにハンチャンってなんだ?」
言葉の前後を考え直しても、ラーメンと半チャーハンセットじゃないだろう。
「ワンチャンスの半分ですっ」
「うっわ思ったより哀しかった。やっぱり聞きたくなかったわ」
そんな望みをワンチャンとも言えないアッシマーが哀しかった。
「そもそも、調合はいまいち、採取もいまいちないまのわたしに、半分も貰える権利があるわけないじゃないですかぁ……」
それは昨晩、アッシマーがシャワーへ行っているときの、俺の
「そんなわたしに藤間くんは宿代とご飯代、あとシャワーとタオル、さらには調合のスキルブックまで買ってくれましたし……」
他人に勇気を奮っても、無駄。
他人に優しくしたって、無駄。
アッシマーがこんなことを考えていたのだと知り、心が冷えきったゆえの思考──アッシマーと一緒にいたら損をする──そういうふうに感じた昨日の俺を、なんと悩ませることか。
アッシマーが普通の女子なら、昨日追い出していた。
俺が昨晩灯里伶奈たちと出会い、心が弱ってなければ、或いはどういう風に追い出すかを考えていたかもしれない。
「……まあ、そういうことなら金は預かっておく。宿代、飯代、水代、シャワー代、あとは洗濯とか必要な経費でふたり合わせてだいたい2シルバーだ。なら残りの90カッパーはスキルブックや装備にあてる。自転車操業だが、今は仕方ねぇ。朝飯を食ってから採取だ。……行くぞ」
「はいっ」
生活費を金庫に仕舞って宿を出た。
胸にひとつ、ある誓いをたてて。
カランカラン……。
「はにゃ? にゃはは、おにーちゃん、おねーちゃん、いらっしゃいませにゃーん♪」
「……ども」
「おはようございます、ココナさんっ」
無愛想に返す俺と、早速ココナさんの猫耳を撫でにゆくアッシマー。
「くすぐったいにゃーん♪ でもどうしたのにゃ? ずいぶん早い時間にゃけど」
「採取に行く前に、スキルを買っておこうと思って」
「おっ、毎度ありにゃん♪ ちょっと待っててにゃーん」
奥のほうからパタパタと持ってきたモノリスに手をかざす。
「足柄山、なにやってんだ、お前も来いっつの」
「えっ……でもわたし、昨日も買ってもらっちゃいましたので」
遠慮するアッシマーを「いいから」と手招くと、彼女は渋々と手を伸ばした。
「ココナさん。俺たちはいまからふたりでエペ草とライフハーブを採取して、それを足柄山が薬草に調合して売るつもりなんだ。オススメのスキルブックはあるか?」
ずらりと並ぶスキル群。
【採取LV1】スキルは習得したほうが良さそうだが、ぶっちゃけ俺らはド素人だ。専門家の意見がほしかった。
「じゃあちょっと失礼して、スキルを見せてもらうにゃ。……」
ココナさんの顔はにゃんにゃんと可愛らしい目から一転、真剣なものになる。おお、さすがプロ。
「予算はここに書いてある1シルバー10カッパーだけかにゃ?」
「すまん、そのうちの20カッパーは朝飯に使う。90カッパーだ」
「ふむむ……じゃあおにーちゃんは【器用LV1】と【採取LV1】、おねーちゃんは【採取LV1】だにゃ。次点でおねーちゃんの【調合LV2】だにゃ。採取はSPをたくさん使うから、【SPLV1】も捨てがたいにゃ」
「やっぱりそんなもんか。……ってアッシマー、お前もう【調合LV2】が習得できるようになったのか? 昨日LV1を習得したばっかりだったよな?」
「はいぃ……昨日たくさん調合しましたから、そのせいだと思います……」
喜ばしいことなのに、アッシマーの顔は暗い。……ああなるほど、アッシマーのモノリスを覗くと、そこには、
【調合LV2】 60カッパー
そう書かれていたのだ。
LV1のスキルブックは大抵30カッパーなんだが、その倍額。
「スキルブックはLVが1上がるごとに値段は倍々ゲームが原則だにゃん。だからLV3は1シルバー20カッパー、LV4は2シルバー40カッパーだにゃん。……言っておくけど、ほかのお店はもっと高いにゃよ?」
やっべぇ、金がいくらあっても足りない。
俺の目標は、たまに売りに出されるモンスター……いちばん安価の『コボルトの意思』を購入することだ。
マーケットボックスや現実でギアを操作して検索するかぎり、その相場は6シルバー~8シルバー。昨日奇跡的に5シルバーちょいってのがあったけど、あんなのは
だからふたりぶんの生活費とは別に、6シルバーを貯めなければならない。
「ふたりとも、戦闘は?」
「からっきしだ」
「じゃあ【逃走LV1】もふたりぶん、優先的に買っておいたほうがいいにゃ」
だというのに、6シルバーという大金に至るまで、自傷するように身銭を切らなければならない。困ったものだ。
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