01-13-スキルとは偉大である

 スキルとは偉大である。

 ノースキルだった俺はふたつのパッシブスキルを習得し、それを実感した。


─────

《採取結果》

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29回

採取LV1→×1.1

31ポイント

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判定→D

エペ草×2を獲得

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「おお……」


 採取で得られる素材は、地面をタッチできた回数にかかるスキル補正で算出されるポイントで決定する。


 20回未満ならX判定……報酬ゼロ。

 20回~29回ならE判定……エペ草1枚。

 30回~おそらく39回ならD判定……エペ草2枚だ。


 見ての通り、いまの採取結果はタッチ回数が29回だったから、E判定でエペ草一枚の報酬だったはずなのに、スキル【採取LV1】のおかげでD判定に繰り上がって、エペ草を二枚獲得できた。


 また【器用LV1】のおかげで、採取作業が楽になった気がする。

 昨日までは一分間の採取をがむしゃらに行なっていたため、たった一分の採取が終われば肩で息をする有様で、それだけで草原の上に大の字になることもあった。


 しかし、昨日ほど作業が終わっても疲れていない。昨日以上の成果があるのに、ヘトヘトになっていない。もちろん一週間ずっと採取ぐらしをしてきた経験も関係しているだろうが、効果を体感できるほどスキルとは偉大なものだと実感した。


 だから毎回インターバルを置く必要がなく、採取回数も飛躍的に増えていた。


「藤間くーん、はぁ、はぁ……すこし休まなくて大丈夫なんですかぁー?」


「もう一回やってからな。お前は無理すんな。自分のペースでいいからな」


 幾分いくぶんか心にも余裕ができ、声をかけてからもう一度白い煌めきに視線を落とす。


─────

《採取結果》

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36回

採取LV1→×1.1

39ポイント

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判定→D

エペ草×2を獲得

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「あっ、くそっ……! はぁ、はぁ……!」


 休憩前だからと、余力を使い切るつもりで全力を出した。しかし結果は変わらずD判定。


「くっそ、繰り上げでも四捨五入でもなく、切り捨てかよ……! はぁ、はぁ……!」


 36回を1.1倍したら39.6。40ポイントになってくれてもいいだろ?


「くそっ、無駄に疲れた……」


「お疲れさまですぅ……。藤間くん凄い汗……。わ、もう革袋いっぱいになっちゃったんですかぁ……?」


 アッシマーが手を団扇うちわのようにしてあおいでくれるが、どう考えても焼け石に水である。


「がぁ……いいって、そんなんしなくて。……恥ずいだろ」


「でも、汗凄いですし……」


「あとでシャワーするからいいっつの……」


 いやもう本当に恥ずかしいからやめて?

 ホビットのオッサンとか「おやおや」って感じでこっちに笑みを浮かべてるから。


 ガチでいやがる俺にアッシマーは諦めたのか、立ち上がって握りこぶしをつくる。


「藤間くん、見ててくださいっ。藤間くんが休憩しているあいだ、わたしがライフハーブで袋をいっぱいにしてみせますからっ」


 どべべべべー! と、どんくさく、そして胸部を盛大に揺らしながらライフハーブの採取スポットに駆けてゆくアッシマー。オッサンたちの目が釘付けになり、俺はなんとも言えない気持ちになった。


 そこへ。


「うわやべ、藤間いる」

「あいつ女に働かせて休憩してねぇ?」


 ……不意に耳を打つその声に、振り返る気すら起きなかった。

 俺の苛立ちは、振り返ることもなく声の主を特定する。


 トップカースト、イケメンBとC。


 声が俺の耳に入っているなんて、つゆほども思っていないのだろう。ああいうやつらは大概、俺たちのことを肉袋かなにかだと勘違いしている。いわく、何も聞こえない、何も感じない、人の形をした袋だと。


「つーかあれ、地味子じゃね?」

「あ、地味子か。ならいいわー。ほかの女子だったら藤間殴ってたわー」


 ぎゃははと笑いながら遠ざかってゆく声。


 怒りは一周すると喜劇になるという。



「……ククッ……ハハハハハッ……」


 自らの喉の奥底から、煮えたぎるような笑い声。


 俺にはまだわからなかった。

 俺以外の他人を貶められて、どうして笑いに変わるほどの怒りを覚えたのかを。


──


─────

《調合結果》

─────

エペ草

ライフハーブ

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調合成功率 67%

アトリエ・ド・リュミエール→×1.1

調合LV1→×1.1

調合成功率 81%

薬草を獲得

─────


「よーし、よくやった足柄山」


 少し慣れてきたのか、昨日よりスキル補正込みで調合成功率がさらに2%上昇していた。開始から四連続成功を決めたアッシマーは俺の言葉にはにかみながら頭を掻いて、


「えへへぇ……。よーし、この調子で残り全部もやるですよーっ」


「やるですよーっ、じゃあねえよ。やんねぇの」


 革袋から素材を取り出すアッシマーの手を遮ると、大きな目が「どうして?」と俺に問うていた。


「この四つを売りゃ64カッパーだろ。その金でお前に【調合LV2】を買ってから続きをやったほうが効率いいだろうが」


「ほぇ……藤間くんは頭が良いですねぇ……。……ってだめ! だめですよぅ! わたし藤間くんに買ってもらってばっかりじゃないですかぁ!」


「あほ。そのほうが効率良いからそうしてるだけだっつの」


 金庫から小銭袋を取り出して、生活費から大銅貨六枚……60カッパーを抜いて「行くぞ」と声をかける。


「えっ、その、いま完成した薬草は置いていくんですか? どうせ生活費から出すのなら、調合前にスキルブックを買ったほうが良かったんじゃないんですか?」


「あのなぁ。これはあくまで生活費だろ。もしスキルブックを買ったはいいけどこの先全部失敗したらどうすんだよ。万が一、門付近にモンスターがいたら採取もできないんだぞ」


 だから薬草四つが完成した時点で、これらは64カッパーという生活費に変わった。それならば四つを売るためだけにわざわざ市場へ足を向けなくとも良い。64カッパーが生活費に加わったぶん、それを担保にして、生活費から60カッパーを引き出せば良いだけなのだ。


「藤間くんって……なんだか、しっかりしてるんですねぇ……」


「してねえよ。いちいち市場に行くのが面倒くさいだけだっつの」


 嘘はついていない。

 ただまぁ、中央通り付近を何回もぶらぶらして、クラスの連中に出くわすのを避けたいっていうのがいちばん大きな理由なんだが。


──


「こんにちにゃー♪」

「こんにちにゃんにゃん☆」


 宿屋の向かいにあるドアを潜ると、本の匂いと小気味良い鈴の音が迎え入れてくれた。しかしまだココナの挨拶には慣れないし、アッシマーの照れがありつつもノリノリな声には馴染めそうにもない。


「お前あざといのやめろ」


「い、いいじゃないですかべつにっ。誰にも迷惑をかけていないわけですしっ」


 俺が多少いらっとくるわけだが、それは迷惑には入らないのだろうか。

 ……まぁいいか。


「【調合LV2】を買いにきた」


「ほいほいにゃん♪ どーぞだにゃん♪」


「ありがとうだにゃんにゃん☆」


「いやお前やっぱりマジでやめろ」


「がびーん!」


──


─────

《調合結果》

─────

エペ草

ライフハーブ

─────

調合成功率 68%

アトリエ・ド・リュミエール→×1.1

調合LV2→×1.2

調合成功率 89%

薬草を獲得

─────


「ふぇぇー……終わりましたぁー……」


「おつかれさん。ほい水」


「ありがとうございますぅぅ……」


 最初の四つを含め、十五回中十四回成功。

 昨日に引き続き、期待値よりもいい結果だ。


「んじゃ売ってくるから」


「ぁ……わたしも……」


「……来られるなら来ればいいけど、休んでなくていいのか?」


 採取と同じく、調合にもSPを消費する。

 それどころかMPも使うらしく、アッシマーは立ちくらみのようにふらふらと、それでいて目まで回っているような感じだった。


「無理すんな。お前のペースでいいんだぞ」


「はにゃ……」


「だがあざといのはやめろ」



 ──というわけでソロ活動。


 ちょうど昼どきだからか、中央通りに人は居ても、無人市場はガラガラだった。


「えーと……」


 昨日と箱の位置が変わっていなければ、薬草を買ってくれる箱は右列の奥のほうのはずなんだけど……。


「……」


 その前には、人がいた。

 身長は俺より同じか少し高い170cmくらいの、膝裏まで届くほどの長い髪。

 息を呑んだ。その長い髪は白銀で、とても美しかったから。


 多分女だが、この世界では男の長髪も多いせいで、背中も見えないほどの髪量のせいで後ろ姿では男女の区別がつかない。

 だが、間違いない。女なら美女。男なら美男子だ。

 彼、あるいは彼女が振り返ったことで、その真偽は明らかになる。


 ……しかし、俺の予想は裏切られた。


 振り返ったのは間違いなく女。細い腰、しかし勢いよく突き出した胸がそう言っている。

 しかしなによりも、俺の視界、その全てを奪うほどの美しさは、俺の美女像を裏切るほどだったのだ。

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