01-14-美女だから緊張するという一般概念は俺には通用しない

 それは、息を呑むほどだった。


 歳は二十歳前後といったところだろうか。絹糸のような長く白い髪、高い鼻、みずみずしい唇。大きなアイスブルーの瞳は、俺のありとあらゆる美女像を裏切るほど美しかった。


「なに」


 俺にかけられた、透き通るような声。

 裏切るほど、澄み切った綺麗な声。


「その箱、俺も用事があるんすけど」


 しかし、こんなことで俺はキョドらない。

 なぜならば、これまでことごとくモテなかった俺は、期待しないからだ。


 相手が美しければ美しいほど、自分とは程遠い存在。俺から見てどうかというよりも、相手の価値観から見て、さぞかし綺麗なものを愛でてきたであろうアイスブルー越しに見える俺は路傍ろぼうの石ころに過ぎないに決まってる。


 ようするに、相手が綺麗であればあるほどお近づきのチャンスなどあるわけがない。よって興奮から来るアドレナリンの分泌など起こりようがなく、俺がキョドることもないのだ。いやまあ、普段からキョドってるって言われればそれだけなんだけど、美女だから緊張するという一般概念は俺には通用しない、ってことだ。


「ここ」

「そう、そこ」


 アルビノ美女は、俺が用事のある箱を指差し、美しいだけでは物足りないのか、可愛く首を傾げて見せた。


 すっと一歩下がったことを確認し、俺は箱の前に立つ。くっそ、どんだけ物足りないんだよ、めっちゃくちゃ甘くて爽やかでいい匂いがするじゃねぇか。


──────────

取引主:リディア・ミリオレイン・シロガネ

【求】薬草 (あと70枚)

【出】16カッパー

──────────


「おっ、ラッキー。俺しか取引してない」


 14と数字を入力すると、


《薬草14枚を渡しました》

《2シルバー24カッパーを獲得》

《リディア・ミリオレイン・シロガネより

 「お取引ありがとうございました」》

《取引が完了しました》


 小銭袋がすこし重くなる。小ぶりな硬貨ゆえ、あまり重力は感じないが、しかし金を獲得したことによる安心感を大いに得ることができた。


「お取引ありがとうございました」


「え」


 後ろからじーーーっと俺を見ていた銀髪美女が、メッセージウィンドウと同じセリフを口にした。


「もしかして、藤間透くん」


「そうっすけど……」


 きっと目の前にいる美女が薬草の取引相手、リディア・ミリオレイン・シロガネ氏なのだろうということはわかっても、彼女が俺の名前を知っている、その理由がわからない。


「取引主は、取引したあいてのなまえがみられるから」


「あ、そうなんすか」


 ついでに言えば、俺の表情から俺の疑問を読み取って答えられるほど頭もいいようだ。


「……そんじゃ、またよろしく」


 美女との邂逅かいこうに心など震えるはずもなく、俺はあっさりときびすを返し、無人市場を出た──


「まって」


 ──ところで、背中から呼び止められた。


 いや違う。呼び止められただけならば、俺の顔はこんなに熱くならない。


 手首を掴まれていた。と言っていいのか。

 細くしなやかな、それでいて柔らかな指先によって、俺の右手首は後ろから優しく包まれていた。右手首、右肘、右腕、右肩を経由して顔が熱くなる。


 重ねて言うが、俺は美女に胸をときめかせたりはしない。しかしボディタッチは反則だと思う。


「な、な、なんすか」


「うってくれる薬草は、どこで手にいれてるの」


 振り向けば顔が近くて、思わず飛び退いて心を落ちつかせる。口臭まで爽やかとかどうなってんのマジで。


「ごめん、いたかった」


 リディア氏の言葉尻は上がってこそいないが、彼女の表情が「私が痛かった」という報告ではなく「ごめんね? 痛かった?」と俺に謝罪している。


 人間らしからぬ美貌と色香を持つ女性が見せる"人間アピール"のように、彼女の話し口はややつたない。人の悪いところを探してしまう色眼鏡越しにようやく見つけた彼女の弱点は、むしろ柔らかな隙に見え、俺に嫌味を抱かせない。


「いや、すません、女性に触れられるとか慣れてないんで」


「わたしも」


 いや私もとか意味不明だ。あなたなら男性どころか女性もよりどりみどりな気がするんですが。


「それで薬草はどうやって手にいれたの」


 なんだろう、かなりグイグイくる。

 パチモノだと疑われてでもいるのだろうか。


 しかし彼女の極めて端正な表情はそれを俺に悟らせない。無表情というか、ぬぼーっとした表情。いっそ眠たそうと言ってもいい。興味があるようにも見えないし、いったいなんなのか。

 しかし隠す理由もとくに思いつかなかった。


「南門付近でエペ草とライフハーブを採取して、調合したっす」


「調合。……できるの」


 これだ。このぬぼーっとした目だ。

 端正な顔の、美しいアイスブルーに相応しくないほどのどんくさい瞳が、むしろ誤魔化しは通用しない、と俺に訴えかけてくる。


 あなた、調合できるの? という意味でなく、

 どうしてできないくせにそんなこというの? ……そう問われているようで、寒気がした。


「厳密に言えば、宿屋にツレがいるんだ。調合はそいつに任せてる」


「プロの人」


「いや違う。俺もそいつも、こっちに来て一週間のペーペーだ」


「お話がしたい」


「……は?」


「お話がしたい。その人と、とおると」


 正直、お断りしたかった。


 恐ろしいくらいの美女は、恐ろしいくらい俺のあれこれを暴いてきそうで怖かったから。ついでにいうと当然のように下の名前で呼んできて、そんな不自然を不自然と思わせない雰囲気が怖かった。


「おねがい。おうちはどこ」


 アイスブルーが言っている。

 教えてくれないなら、ついてゆく、と。


 あ、これ、詰んだわ。

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