01-15-男ってたぶん、そういうふうにできているのだろう

 超絶美人を連れて歩く俺は、いまだかつてないくらい注目を浴びていた。


「なんであんな美人があんな冴えないやつと……」

「お、おい、低俗層の路地に入っていくぜ……」

「お嬢さん、もしよろしければ私とパーティを組みませんか? 私はLV37の聖戦士、ヴィルヘルム──」


 なんというか、クソゲロビッチの言った『伶奈ー、そんなやつと話すと格落ちるよ?』という言葉が、今になって身にみた。


 ぶっちゃけリディア氏から言い出したことだから、彼女の格が下がろうとどうでもいいし、格の違いを俺は自覚しているのだから、いまさら俺が心にダメージを被ることはない。


 ただ、


「っ……」

「お、おい……」


 男に声をかけられるたび、俺の身体を掴んでくるのだ。しかも結構ガチ。さっきと違って結構痛い。


 どうにか宿屋に辿りつくころ、俺は疲弊しきっていた。

 これ、キャバクラとかに夢中になるオッサンの気持ちがわかるわ。向こうにその気なんてひとつもないとわかりきってても、美女に身体に触れられれば熱くなる。


 男ってたぶん、そういうふうにできているのだろう。


「あらあんちゃんおかえり……って、ひゃぁ……べっぴんさんだねぇ。……アンタ、なに悪いことしたの」


 ほらこうなる。宿のエントランスに入るなり、予想と微塵もたがわぬ女将の言葉に辟易へきえきしていると、

 

「透は悪いことをしていない。わたしが無理をいった」


 先ほどの様子はどこへやら、リディア氏が俺と女将のあいだに割って入り、庇うように言葉を発すると、女将は少し唖然とした後、けらけらと悪気なさそうに笑う。


「あっはっはっは、冗談だよ。あはは、ごめんね、冗談でもあんまりこういうのは言っちゃダメだね。反省」


 ぺろっと舌を出し、こつんと自分の頭に拳を合わせた女将に軽く頭を下げ、ふたりで階段を上がる。


「リディアさん、ツレに前もって話してくるんで、すこし待っててほしいんですけど」


「わかった」


 部屋の前で断りを入れ、ノックをしてから入室する。


「ふんふんふーん♪ ふんふ……ん?」


 アッシマーはまたしてもモノリスの前で自分のステータスを確認しながら鼻歌を歌っていた。ちなみに流行に疎い俺にはなんの曲かわからない。


「おかえりなさいー?」


「おう。なんで疑問形なんだよ」


「いやだって……くんくん。なんか藤間くんからいい匂いがしますし、ワケありな顔してますもん」


「え、マジ?」


 俺にまでいい匂いが移るとか、あの美女、何スチャン・ディオールだよ。


「まあワケありなのは本当だ。……あー、つっても、俺もよくわかってないんだが……」


 リディア氏を扉のすぐ前に待たせてあるので手早く説明すると、


「なるほど、女を連れこみたいのでわたしはしばらく外にいろってことですか……」


「すげぇ……驚異の伝わらなさ。なにお前遮断シートなの? それとも伝言ゲームの三十人目くらいなの? 俺じゃなくてむしろお前に用事があるんだよ」


「あの……お世話になっている身分でこんなことを言うのは忍びないんですが、できればわたしのベッドと作業台は使わないでほしいです……」


「ねえ聞いてる? お前のベッドとか作業台とか、お前のなかで俺はどんな獣なわけ? だから彼女は取引相手でだな」


「そんなこと言って、美人局つつもたせなんじゃないですか? わたしが見極めてあげますっ」


「あっ、おいっ」


 あれだけ学校でおどおどしているのに、なぜこっちではこれほど強気になれるのだろうか。

 アッシマーはのっしのっしと入口に歩み寄り、勢いよくノブを回し、ドアを開けた。



 バァン。



「はわわわわ」



 バタァン。



「お前コラなに顔見て即ドア閉めてんだ失礼にもほどがあるだろ!」


「はわわわわだって、あんな綺麗な人、絶対ダメですって! 藤間くんなに夢見てるんですか!? 現実見てくださいよ! いくら現実が辛いからって二次元にのめり込みすぎるとダメな大人になっちゃいますよ!?」


「お前がちゃんと見ろ、目を逸らすな。俺が説教受けてる意味もよくわからん」


 アッシマーは混乱した。そしてむしろ場は混沌こんとんとした。


 コン、コン。

 控えめなノックの音。


「ほらお前ちゃんと話せよ」


「ふぇぇぇぇ……」


「あざといの禁止っつっただろコラ」


「いま冷静にそれ言います!? しかもわりとガチめの顔で!」


 「うー」と泣きそうになりながら、おそるおそるすり足でドアへ近づいてゆくアッシマー。


「あ、あ、合言葉を言ってください!」


「……わからない」


「ほ、ほら! わからないって! 藤間くん、彼女わからないって! やっぱり美人局つつもたせですよぅ!」


「すげぇ理不尽をの当たりにしてしまった」


 しょうがないので俺がドアを開け、安宿に似つかわしくない美しさを招き入れた。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 アッシマーすげぇ反応いいな。なんだか逆に楽しくなってきた。


──


「おじゃまします」


 なんだこれ。彼女が入ってきただけで部屋の雰囲気が変わった。なんだろう、安物のベッドも作業台も、くすんだ壁やボロっちいランタンも、古式ゆかしいアンティークに見えないこともない。


「おいこら、ベッドに入るな布団被るなお経唱えるな」


 とりあえず布団をひっぺがして、ガタガタ震えるアッシマーを座らせた。


「えーとだな。このパッとしない芋っぽい女が足柄山沁子あしがらやましみこ。薬草を調合してるやつ」


「みっつも! 一文でみっつも悪口言いましたね!?」


「お前、自分の名前も悪口に含めんなよ……。んで、こちらがリディア・ミリオレイン・シロガネさん。えーと、いつも薬草を買ってくれる人だ」


 すげぇ、俺いま十五年間で一番社交的なことしてるわ。ぼっちで陰キャなくせに人紹介するとか自分の才能が怖い。


「リディア・ミリオレイン・シロガネ。リディアでいい。透も」


 リディア氏……リディアはそう言って、ぬぼっとした顔のまま、ぺこりと頭を下げた。


「あ、あし、あしがら、やま、しみこです」


「お前俺よりよっぽど喋るくせに自己紹介も満足にできないとかどうなってんの?」


 ……まあ、わからんでもないけど。


 俺たち陰キャは、ある程度話せるようになった相手とはちゃんと喋ることができる。

 しかし、初対面の相手や格上にはめっぽう弱い。緊張して喋れない。目を合わせるのも怖いのだ。


 俺はそれを知っていたから、前もってアッシマーに伝えようとしていたんだけど……焼け石に水だったか。


 ……俺?

 俺は陰キャのなかでもエリートなんだよ。

 アッシマーのように、もしかしたらワンチャン……ハンチャンくらいなら、と希望を持ったりしない。それが俺の矜恃きょうじだ。


「アシガラ・ヤマシミコ。ヤマシミコでいい」

 

「待ってください待ってください、ヤマシミコだけはさすがに斜め上のひどさで無理ですぅ……!」


 ぷぷっ。ヤマシミコ。いいじゃねぇか、なんか……ポケ〇ンみたいで。属性はなんとなくノーマルとあくだな。いけっ、ひっさつまえば!


「藤間くんなに笑ってるんですかぁ!? 人の気も知らないで! ……そう言えば藤間くん、こっちではじめて会ったとき、わたしのこと、アッシマーって呼んでくれましたよね? なんであだ名で呼んでくれたのに、いまは苗字なんですか?」


「え」


 あれ聞こえてたのかよ!


 彼女は足柄山沁子という名前から、クラスで"地味子"と呼ばれ、イジメとまではいかないが、冷遇されていた。


 悪口みたいな、しかもセンスのないあだ名を付けるパリピ連中に辟易へきえきしつつ、むしろヤツらへのカウンターとして俺が脳内でつけたあだ名がアッシマーだった。


「まぁ……あれ以降呼んでないのは、人によっちゃ悪口に聴こえなくもないからな」


 すでにご存じの諸兄ならば理解出来るであろうが、どちらかと言えばオタク向けのワードであろう。

 俺はアッシマーというMAモバイルアーマーをカッコイイと思うし、可愛いと思うんだが、そういうワードってだけでオタク認定し、格下に見るヤツらがいることもこの世の真実なのだ。


 ともあれアッシマーという単語を知っている女子高生は1%にも満たないであろうし、足柄山沁子も残99%以上のうちのひとりだったということだろう。


「なんで呼んでくれないんですかぁ……地味子でも金太郎でもない、悪意のないあだ名は初めてだったのに……」


 しかし思いのほか、アッシマーと呼ばれたのは嬉しかったらしい。その背景が悲しすぎるけど。金太郎って……。


「アッシマー。……ならわたしもアッシマーとよぶ」


 捨ておいてしまった客人・リディアがぽつりと呟くと、アッシマーは身体をぴくりと震わせたあと、おずおずとリディアを見やる。


「も、もしかして、いじめない人……? 悪くない人?」


「いじめない。悪くないかはわからないけど、わたしは悪いことをしていきているとはおもわない」


「美人局じゃない? 藤間くんを騙してない?」


「つつもたせというのがなにかはわからない。でも、透をだますつもりはないし、アッシマーにもうそはつかない」


 急に声をかけてきて、急に押しかけてきて、しかもそれが超絶美人となれば、怪しさもオーバーリミットしようというものだ。


 しかしやはり、整いすぎた表情に似つかわしくないぬぼっとした表情と、どこまでも澄んだアイスブルーの瞳が、怪しさを打ち消すのだ。

 完璧のなかにある自然な隙が、ひねくれた性格の俺たちの、やはりひねくれた疑心暗鬼を優しく溶かしてしまうのだ。


「そ、その、ほんのすこしだけでいいんですけど、か、髪の毛、さわってもいいですかっ」


 なに言ってんのこいつ。


「いい。わたしもアッシマーのかみ、なでていい」


「は、はいっ、その麗しい玉手ぎょくしゅに汚れがついてもよろしければっ……!」


 アッシマーはタオルで手をごしごしと拭いたあと、深呼吸してからリディアの髪を撫でる。


「ふぁ……ふわぁぁぁぁ……! さらさら……さらっさらですっ! この世のものとは思えませんっ……!」


「アッシマーはもこもこしてる」


 なんなのこれ。

 急に始まる百合展開。


 つーかさらさらともこもこって格差ありすぎでしょ。


「さらさらー」

「もこもこ」


 ……まあ、打ち解けたみたいだし、べつにいいか。

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