01-16-俺の心をいっぱいに満たした背中を

「リディアさーん、……えへへ、リディアさーん♡」


「アッシマー、かわいい」


 安宿『とまり木の翡翠亭ひすいてい』の201号室がゆりゆり空間に包まれてから、五分ほどが経過した。

 今でもふたりは飽きることなく髪を撫であっている。部屋にはいい匂いが充満し、むしろ俺が外に出たほうがいいんじゃないかという気にさえなってきた。


 陰キャは基本的にコミュニティの輪が狭い。そして狭いぶん深いのだ。

 喧嘩をすればそのぶん深く傷つくし、話が合えば同志を見つけたように鼻息荒く談議する。まあ俺の場合はそこにすら至っていないわけだが。

 アッシマーの場合、自分が懐いても距離を置かれず、むしろ懐いてきてくれる美女──リディアにもうめろめろだった。


「ふにゃー……リディアさんやわらかーい♡」


「アッシマーもやわらかい」


「わたしのはぶよぶよって言うんですよぉ。リディアさんはふよふよー」


「アッシマーはあったかい。なでなで」


「ふわぁぁぁぁ……」


 最初に疑ったように、もしもリディアが悪人だったならば、アッシマーはもう立ち直れないに違いない。


「んで、話ってなんだ?」


 もう手遅れかも、と半ば諦めながらも、これ以上アッシマーが深みにはまる前に、百合空間を断ち切るように声をかけた。

 アッシマーのベッドで絡みつくようにして百合百合していたリディアはベッドに腰掛けて口を開く。


「ポーションの調合をおねがいしにきた」


「ポーション?」


 ポーションというのは、RPGでよく聞く、あのポーションだろう。HPを回復する薬品である。


「わたしはポーションがほしい。それもたくさん、かぞえきれないくらいほしい」


 リディアはぬぼっとした顔を終始崩すことなく、淡々とそう口にした。


「そう言われても、そもそもポーションってどうやれば手に入るんだ? 俺たち、それすら知らないんだけど」


「モンスターからのドロップ。お店や市場で60~70カッパーをしはらってかう。あとは調合」


 リディアの話をかいつまむと、こういうことだ。


 モンスターから得られるポーションの数なんてたかが知れている。店売りのポーションを買えば高くつく。仕方がないから自分で採取と調合をして作成していたが、そうなると時間がいくらあっても足りない。


 一番ランクの低いポーションの調合レシピは『薬草×マンドレイク×空きビン=マイナーライフポーション』らしい。

 薬草の時点で『エペ草×ライフハーブ=薬草』という調合をこなさなければならないのだから、ポーションまで調合するのに大変な労力が必要だということは想像にかたくない。

 だからせめてその過程だけでもスルーしようと、リディアは無人市場で薬草を集めていたのだ。


「でもそれ、薬草じゃなくて、ポーションを直接募集すればいいんじゃないのか?」


「だめ。ポーションは人気商品。みんなとおなじ料金でぼしゅうしても、いりぐちの箱にとられる」


 あーたしかに無人市場の入口にある箱には、


──────────

取引主:xxx・xxxxxx

【求】マイナーライフポーション (残449個)

【出】44カッパー

──────────


 こんな感じのウィンドウが多かったな。同じ値段で募集しても、奥のほうにあるリディアの箱に辿りつく前に取引が成立してしまうのだろう。


 ちなみに箱の位置は『無人市場への貢献ポイント』で決定するらしく、じゃあ貢献ポイントってのはなんなんだっていうと、取引をした際に得た金額の一割を無人市場の管理者が自動的に差っ引いて儲けにしているんだが、要するにこの差っ引いた額の累計が貢献ポイントである。


「わたしはまだ、このまちにきて日があさい。だから箱もおくのほう。いろいろと不利」


「ってことは、俺たちが売ってた薬草、リディアは16カッパーで買ってると思ってたんだが、実際はもっと出してたんだな……」


「そう」


 つまりリディアは薬草一枚あたりを17.6カッパーで購入していたことになり、仲介業者に1.6カッパーずつ流れていたことになる。


「調合がむりなら、これからは市場をとおさず、直接とりひきしたい。一枚17カッパーでかう」


「そりゃwin-winだな。俺に異論はない。アッシマーはどうだ?」


「はいっ、もちろんわたしも問題ないですっ。でも、できればポーションまで調合してお渡ししたいですっ。マンドレイクと空きビンはどうやって手に入れるですか?」


「エシュメルデの南門から1キロほど南下すると、木のかたちがかわってくる。その木の根っこにある採取ポイントからとれる。さらに南にあるサシャ雑木林ぞうきばやしはマンドレイクのぐんせいち」


「うげ……そこってモンスターが結構いるんじゃねぇの?」


「マイナーコボルト、ロウアーコボルト、マイナージェリー、フォレストバットくらいしかいない」


「"くらいしか"って……俺たち戦闘においちゃゴミ以下だぞ?」


「そうなの」


「そうなの」


 オウムのようにリディアへ返事をすると、すこし考えたあと、


「どうして」


「意外と抉ってくるなおい」


 表情から悪意は感じられない。だから、

 『力が全てのこの世界で弱いとか、どうして生きてるの? 草wwwwww』みたいな意味じゃないことはわかるけど。


「よわいひとの顔をしていない。透も。アッシマーも」


 リディアにそう言われ、俺たちの口から情けない声が出る。


「LVがひくいのは見てわかる。でも、よわくない。ぜったい」


 そして思わずアッシマーと顔を見合わせた。


 さして美人ともいえない平凡な顔立ち。流行に沿わないもこもこな髪。強そうと言えば、くっきりとした二重、ダークブラウンの大きな瞳くらいか。しかしリディアと並べて比べるのは可哀想だ。……あ、おっぱいだけは並べてもいい勝負。しかし右だけ陥没しているらしい。いや、きらいじゃないけど。


「藤間くん、目つき悪いからですかね?」


「おいこら人が黙ってやってりゃなんだそれ」


 こっちは脳内で止めてやってたってのにこの野郎。俺にだって気にしてることはあるんだよこの野郎。


「透は信念、アッシマーは勇気が目にやどってる。よわい人の目をしていない」


 信念。

 勇気。


 俺の信念はともかく、やはりリディアはただ者ではないようだ。


 なぜなら、見抜いたから。


 それを勇気と知っているのはこの世で俺だけかもしれない、六人の前に立ちはだかった彼女の力を。


「……ま、そう言ってくれると悪い気はしない。でも戦えないものは戦えない。んで? 空きビンはさすがに採取じゃとれないよな。購入するのか?」


 話を逸らす。

 何度も思い出す、俺のために立ちあがった、小さな……しかし俺の心をいっぱいに満たした背中を、ずっとそれにすがってはいけないと、心に灯ったなにかを追い払うように。

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