05-03-砂上の楼閣

 あーあ、またはじまったよー。


「だからあんたらのせいで迷惑すんのこっちなんだってば!」


「なにマジになってんだって亜沙美。こんなん遊びだろ?」


「バイト代わりにやってんのは亜沙美も同じだべ? こっちは一人暮らしで生活かかってんだって」


「そんなんあたしも同じだし! こっちで強くなったらもっと稼げるようになるじゃん! なんでそんなこともわかんないわけ?」


 ウチらが泊まっている宿の一室。

 かたくなにアルカディアでお金を使おうとしない慎也くんと直人くん。それを咎める亜沙美。

 そしていつもの通り、我関せずを貫くウチ──鈴原香菜すずはらかな


「三人とも落ちつけよ。じゃあこうしたらどうだい? 稼いだお金の半分は必ずこちらの装備やスキルに使う。残りは自由。これなら両方──」


 悠真くんが間に入って諌めてくれるけど、


「いや半分って! なんであたしらが未来のために全額こっちに投資してんのに、ふたりだけ半額っておかしくね?」


「いや俺ら半分も投資したくねーし」

「だいたい、宿代とメシ代だけでも結構投資してるべ。これより投資するってありえなくね? 装備もスキルもドロップ品で十分だろ」


 ──これだ。

 伶奈が藤間くんのところへ行ってから、ずっとこれだ。


 慎也くんと直人くんのふたりは、どう考えても伶奈に気があった。

 伶奈がいると、このふたりは格好をつけて、まだ理解力のあるフリや戦闘でガンガン前に出てくれることもあった。

 でも、昨日──


『灯里は俺のだ。お前らにゃ死んでも渡さねえ』

『わ、私っ……! 藤間くんと一緒にいたいっ……!』


 あれからこのふたりはずっとこれだ。


 取り繕っても顔以外は微妙だったふたり。取り繕うことすらしなくなれば、もはや面倒が服を着ているようなものだった。


『なんでお前ら友達やってんの?』


 先日、偶然街中まちなかで出会った藤間くんの、そうとでも言いたげな眼が頭から離れない。


 友達。

 そんなの、なれるなら、誰とでもなるに決まってる。


 ウチは中学時代を孤独に過ごした。

 高校こそは、と張り切って臨んだ。

 運良く悠真くんと亜沙美の席に挟まれ、ウチには友達ができた。そこに入ってきたのが慎也くんと直人くんだった。

 みんなイケメンで、亜沙美も、二日目からグループに入った伶奈も可愛くて、ウチの居るグループはトップカースト。ずっと憧れた、クラスの頂点。


 それが──



「俺ら友達だろ? 俺らは亜沙美の言うこと結構きいてるべ。亜沙美だって俺らの要望っつーの? すこしくらい聞いてくれてもいいと思わん?」

「聞いてんでしょ? でももう我慢の限界だって言ってんの! 割に合わないって!」


 それが、これ。

 あれだけ憧れて手を伸ばした山のいただきは、砂上の楼閣ろうかく


 ほんと、友達ってなんなのかなー……。たはは……。


 そんなときに思い出す、藤間くんの言葉。



「それぞれ別々の道に進んでも、お互いを応援するのが友達、かー…………」



 それならば、砂浜での一コマに居合わせて、伶奈を心から応援しているウチはきっと、胸を張って伶奈は友達だと言えるだろう。


 ──でも、このふたりは。

 べつに興味もない窓の外の景色を眺めながら、そんなことを思っていると、


「香菜……?」


 亜沙美の声に振り返る。

 四人全員が驚いた顔をしてウチを見ていた。


「ん? え、あ、あれー? もしかして、声に出してたー?」


 あ、ヤバいかも。


「香菜、それって俺らと別行動するってことなん?」

「友達だべ? 離れる意味ってあるん?」


 怖い。

 この眼は。

 ふたりのこの眼は──


『鈴原ってなんかズれてね?』

『あーね。会話噛み合わないし』

『次の遊び、誘わなくてもいいんじゃね?』


 ウチを、ハブにする眼──


「もうやめろよそういうの。俺たち友達だろ?」


 ウチを寒からしめる四つの瞳から、悠真くんがその身を乗り出して庇ってくれる。


「でも今の言葉、友達らしくなくね?」


 でも、言葉までは塞げない。


 言葉は刃だ。

 斬りつけられる者しか凶器と認識できない刃だ。


 だから、


 きっと彼らは意図せず、考慮せず、斟酌せず──


「そこまで言うなら、べつに香菜には無理して一緒にいてもらわなくていいしよー」


 自分が正しいと思ったまま、ウチの身体を斬り刻む。


「慎也、直人……!」

「もういいよ、悠真くん」


 斬り刻まれたウチが、ここに居る権利も、ここに居たいと思う気持ちもなかった。


「ごめん……!」


 もう馬鹿らしくなった。

 ウチはなにに手を伸ばしていたのか。

 ウチはなにが欲しかったのか。


 金色に煌めくそれは黄金。しかし重厚なインゴットではなく、砂金だったのではないか。掴んだらサラサラと、まるで砂のように手のひらから零れ落ちてしまったのではないか。


 あとに残ったのは、つけられたばかりの刀傷だけだった。


「香菜! ちょ、まって!」

「亜沙美、ごめんね。悠真くんも」


 自分の革袋を手にとって、宿を飛び出した。



 ──行くあてなんて、あるはずもなかった。

 

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