05-02-強敵、ロウアーコボルト!

 魔法使いの天敵──それは弓だ。


「光の精霊よ──きゃっ」

「はわああああああああっ!」


 俺がはじめてまともに相対するモンスター、ロウアーコボルト。

 よく出くわすマイナーコボルトの兄貴分みたいな感じで、スライヌとスライヌベスみたいな関係──だと思っていたんだが、


「「ギャウッ!」」


 全然違うじゃねえか。


 マイナー下級コボルトとロウアー低級コボルト。

 能力も若干ロウアーコボルトのほうが上らしいんだが、いちばんの違いは、槍と弓の両方を使いこなす点だ。



「灯里! 一旦木の蔭に隠れろっ! コボたろう、退けっ!」


 奴らはコボたろうも使える【コボルトボックス】を巧みに扱い、まずは弓を持って射撃してくる。そしてコボたろうが近づけば、槍に持ち替えてマイナーコボルトよりも熟達した槍技で応戦してくる難敵だった。

 詠唱中は無防備の灯里が弓の標的になれば、灯里に頼り切っている俺たちを待つのは死である。


「ほわああああああっ!」


 大活躍なのはアッシマーだった。灯里に向けられた矢をすべてコモンシールドで防いでいるのだ。しかしそれも偶然に過ぎず、いつ灯里に命中するかもわからない。



「なんとか隠れられたけど……」

「はわわわわどうします!? すごく走ってきてますよ!?」


 どうしますもこうしますも……!


「こうするっきゃねえだろっ……! コボたろう!」

「がうっ!」


 木の蔭から躍り出る。

 コボたろうは左から。俺は右から。


「うおああああああっ!」

「がるううううううっ!」


 茶色にもやがかった二体のコボルトは、左右の俺たちに狙いを定める。


「「ギャウッ!」」


 放たれた矢は思いのほか速く、素人の俺に避けられるはずなどなく──。


「ぐあっ!? が、があっ……」


 俺の肩に突き立つ一本の矢。

 最初にやってきたのは衝撃。

 次いでやってきたのは灼熱。


「いって……ぇぇぇぇぇ…………!」


 肩が熱い。焼ける。焦げる。

 煮えたぎるような熱さ。しかしここで転んでしまえば、間違いなくあいつは弓を槍に持ち替え、俺にトドメをさすだろう。そうなればコボたろうは消え、アッシマーと灯里は……!


「ひっ……ひぃぃっ…………!」


 自分でも引くほど情けない声をあげながら、よたよたと駆ける。


 よく漫画とかアニメで、肩に矢を受けながらも、脚は無傷だからってピュンピュン走ってる描写があるけど、あれ嘘。こんないってぇ傷を負ったら痛覚で神経が麻痺して手だろうが脚だろうがまともに動かんっての…………!


「ひっ……!」


 第二矢は俺の眼前を左から右へ通り抜けた。

 やっべぇ、マジでもう勘弁してくれ……!



落雷サンダーボルト!」


 世界一待ち焦がれたいかづちが、ついに弓を構えるコボルトを打った。


「「ギャアアァァッ!」」

「がぁぁああぁっ……!」


 俺はサンダーボルトの被害をこうむっていないのに、その場に倒れ伏す。上げた顔に映ったのは、雷に打ち据えられてもんどり打つコボルトにトドメをさすコボたろうの姿と、灯里を忌々しく見つめながら弓を構えるもう一体のコボルトだった。


「やべぇっ! ざけんなおいコラこの野郎っ! 俺にてッ!!」

「グアッ!」


 しかしコボルトは標的に灯里を選び──


「どすこーいっ!」


 灯里の命を穿うがつはずだった一矢は、灯里をかばうように立ったアッシマーのコモンシールドに防がれた。

 アッシマーの後ろでは、すでに灯里が杖による第二の矢を構えていて──


「これで終わりっ……! 火矢ファイアボルトっ!」


 燃え盛る赤い矢は、コボルトの喉元へ吸い込まれてゆく。


「ギャアアアァアッ!」



《戦闘終了》

《2経験値を獲得》



 ──終わった。

 灯里の宣言通り、終わった。


 たおれたコボルトが木箱になると同時、俺に刺った矢が消滅し、栓がなくなったことで俺の肩から血が噴きだした。



「うおっ……や、やべ、マジか」

「「藤間くんっ!」」

「がうっっ!」


 自分の血を見たことで、ますます痛みが増す。高鳴る鼓動に合わせて、いちいち飛び跳ねるほどの痛みがやってくる。


「癒しの精霊よ我が声に応えよ我が力にいて顕現けんげんせよっ!」

「藤間くんっ、藤間くんっ!」


 早口で詠唱する灯里と、泣き叫びながらなぜか俺の額にそっと手を当てるアッシマー。屈み込んで俺の目を覗き込んでくるコボたろう。


「いってぇ……! だ、大丈夫だっつの……お、大げさだなお前ら……いってぇえぇぇ……!」

「わかり易すぎる強がり! もー……いっつも無茶ばっかりして……もー……」


 アッシマーが優しく俺を責めてくる。いやマジで痛いんだって……。でも痛いって言葉にしたのが恥ずかしいから採算を合わせるように強がるしかないんだって。


治癒ヒーリング


 灯里の詠唱が終わり、緑の光を放つ灯里の両手が俺の肩に近づくと、あたたかな光が俺の痛みを消し去ってゆく。



「んあー……すげえなこれ。あったけえ」


 百戦錬磨の諸兄は、幸せとはなにかお分かりだろうか。

 俺は休みに一日中ゲームをすることだと思っていた。


 でも、違った。



 幸せとは、痛くないことだ。



「おー……もう全然痛くねえ。サンキュな灯里、助かった」

「うん。……でも、あんまり心配、させないでほしい、な」

「お、おう。わり」


 軽く頭を下げたはいいが、少なくともあのとき魔法使いの灯里は狙われていた。コボたろうと俺でヘイトを分散するしか方法はなかったように思うんだけどな。


 たぶん、作戦は間違っていなかった。ならば悪いのは闘いかただ。

 敵方にアーチャー二体が現れることなんてざらにあるだろう。



「灯里たちはいままで弓持ちコボルトの対処ってどうしてたんだ?」


「四人のときは祁答院くんが敵の攻撃を防いで、亜沙美ちゃんと香菜ちゃんが弓を射って、怯んだところに私の魔法かなぁ」


「そういや四人のときって前衛は祁答院だけなんだよな。……ひょっとしなくても、祁答院ってめっちゃ強いのか?」


「強いよ。敵をばったばった倒すわけじゃないんだけど、祁答院くんがいるとパーティが安定するの。ひとりで何体も抑えてくれるし、指示がとても上手だから」


 祁答院はタンク寄りの前衛か。エクスカリバーなくせにイージスでもあるのかよ。そりゃ後衛の灯里や高木、鈴原とは相性いいよなぁ……。

 ふたつの木箱の開錠を始めたアッシマーも、タンクの要素を匂わせている。灯里を狙う矢を前に出て盾で防いだときは少し感動したもんね。

 でも「どすこーい!」はさすがにキャラが強すぎると思う。魔法のアプローチが多い灯里に対して、キャラ付けのアプローチが強すぎて渋滞起こしてるもんね。



「はわわわわ……! レア! レアですっ! これはレアの演出ですっ!」


 アッシマーが大きな声を上げて俺たちの耳目を集めた。灯里のおかげで傷が癒えた俺はコボたろうの差し出した毛むくじゃらの手を掴んで立ち上がり、灯里とともにアッシマーのもとへと駆け寄る。


「──これ、レアなのか?」


 大切そうに両手で取り出されたものは、パッと見なんの変哲もない革製の丸盾。


「はい、灯里さんの杖のときと同じ演出だったので、間違いないですっ」

「ってことはもしかしてユニーク盾か」

「多分そうですっ」


 手をかざしてみても、やはり『??????』表示。灯里がちょこんと覗き込むように首を伸ばして、


「私、鑑定しようか?」


「そういやギルドに行かなくても灯里が鑑定できるんだったな。MPとか使わなくても鑑定ってできるのか?」


 問うと、灯里はアッシマーから一旦盾を受け取って、


「ううん、じつはMPもSPも使っちゃうの。この盾だったら……ん、結構使っちゃうかも……」

「そんなら宿に戻ってからのほうが良さそうだな」


 灯里の持つユニーク杖、マジックボルト・アーチャーのおかげで消費MPが緩和されているとはいえ、毎回の戦闘で魔法を使ってもらっている。今のロウアーコボルト二体戦なんて火矢、落雷、治癒と三回も使用させてしまった。


「レアも出たことだし、一旦戻るか。そろそろ俺たちもLV3だし、灯里もLV4だろ」


 オリュンポスを起動してコボたろうの経験値を確認すると、8/6。コボたろうはレベルアップ確定だし、コボたろうの倍の経験値が俺たちに入るのなら、俺たちもレベルアップできるはずだ。


「賛成ですっ! 戦利品も整理したいですし」

「うん、私も。MPが減ってきちゃったから」


 そうして俺たちは帰途につく。

 道中、先ほど受けた肩への痛みを思い返し、いやな汗が頬を伝った。


 マジで戦いかたを考えねえとな……。

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