03-08-また、俺の乗る天秤が

 コボたろうはマイナーコボルトと死闘を繰り広げた後、十分じゅっぷんほど俺たちの採取を見守り、時間満了で白い光に包まれ消えていった。


「アッシマー、お前も戻って調合しててくれ。そろそろ始めないと、昼に来る予定のリディアを待たせちまう」


「はいっ! ……藤間くんは戻らないんですか?」


「俺はもうすこしだけやってく。革袋をふたつも持たせて悪いけど」


「砂と違って草は軽いので大丈夫ですっ。……藤間くん、あまり無理しないでくださいね?」


 アッシマーは何度もこちらを振り向き、手を振りながら去っていった。


 ……これでひとり、落ち着いて採取ができる。


 そうひとつ。



 しかしなぜだろうか、そっと頬を撫でた涼風がやけに寂しく感じた。


──────

《採取結果》

──────

 44回

 採取LV3→×1.3

 草原採取LV1→1.1

 ↓

 62ポイント

──────

 判定→A

 エペ草×3

 ホモモ草

 薬草を獲得

──────


 よし、やっぱり【器用LV2】と【技力LV1】の効果はちゃんと出てる。エペ草じゃ初めてのA判定。

 やはりさっきまでの不調は召喚の負荷によるものだったのだ。よかった。俺、下手になってなかった。


 というか喜びのあまり見逃しそうになっていたが、A判定だと薬草が採れるのかよ。


 今更説明するのもあれだが、普段、


 『エペ草×ライフハーブ=薬草』


 というレシピを用いてアッシマーに薬草を調合してもらっている。つまりこれはエペ草とライフハーブを同時に手に入れただけでなく、アッシマーの作業をひとつ減らせたことになる。


「よし……! この調子で……!」


──────

《採取結果》

──────

 43回

 採取LV3→×1.3

 草原採取LV1→1.1

 ↓

 61ポイント

──────

 判定→A

 エペ草×4

 薬草を獲得

──────


 今日、明日、明後日で一週間。


『はわわわわ、藤間くん、だめですよぅ……』


 アッシマーを雇って一週間。

 あれだけうっとうしいと毒づいたアッシマーが、俺の前から消えるかもしれない。


──────

《採取結果》

──────

 44回

 採取LV3→×1.3

 草原採取LV1→1.1

 ↓

 62ポイント

──────

 判定→A

 エペ草×4

 薬草を獲得

──────


 あざといのをやめろとか、うるさいとか、たくさん言った。


 それなのに。


──────

《採取結果》

──────

 28回

 採取LV3→×1.3

 草原採取LV1→1.1

 ↓

 40ポイント

──────

 判定→C

 エペ草×3を獲得

──────


 ……それなのに、なんでこんなに苦しいんだよ。


 アッシマーのつくったものではなく、あれだけほっした"自分の力"で手に入れた薬草は、ただただ冷たい。


「坊主!」


 仄暗い気持ちを、いかつく大きな声がつんざいた。


「あー、オッサン」


 中肉中背、禿げた頭にふっさりとした白い髭。ホビット──ダンベンジリのオッサンだ。

 彼はライフハーブの採取スポットへ移動した俺に頭を下げてくる。


「昨日は本当にすまんかった!」


 昨日ダンベンジリのオッサンと採取中、二体のコボルトが現れた。そしてまあ色々あって、オッサンが死ぬところを俺が代わりに死んだのだ。


「べつに。どう考えたって俺が死んだほうがいいんだから」


 異世界勇者は死んでも二時間後に復活するが、こっちの人間はそうはいかんだろ。


「ワシだって坊主みたいな若いもんに痛い思いをさせちまったのは申しわけねぇと思ってるんだ。それに本来なら、ワシが死ぬか財産の半分を失うところだったんだからな」


「……は?」


 財産の半分? なに言ってんだ?


「坊主、ソウルケージを知らんのか?」


「なんだそれ」


 異世界勇者ではないアルカディアの住人は、死ねば終わり。──そう思っていたんだが、どうやらそうじゃないみたいだ。


 アイテム、ソウルケージ。

 『魂の籠』と銘打たれたそれを所持していれば、戦闘で命を落としても、魂は『ケージ』に封印され、近くにドロップするらしい。


 オッサンが取り出したのは、モンスターの意思のような菱形の石だが、いまは微塵の輝きもない。所有者が命を落とすとこの中に魂が入り、淡く輝くそうだ。


「モンスターはなぜかこのソウルケージが落ちていることに気づかん。モンスターに認識されることはない。だからモンスターに壊されることはないが、気付かず誰かに踏み潰されたり、雨風で見えないところに隠れてしまうことがなければ復活できる」


「オッサンが死んだら、そのケージ? に封印されるってことか? 復活はどうやるんだ?」


「親切なもんがギルドへ届けてくれれば、ギルド直属のプリーストが復活させてくれる。ステータスや財産を調べられて、復活後高額な復活料をふっかけられるがな」


 そう、なのか。

 死んだら終わりじゃなかったのかよ。


 どうやらこのソウルケージは安いものだとギルドにて2シルバーから3シルバーで販売しているらしく、現地住民が街の外へ出るときの必需品だという。


「んだよ。俺、無駄死にかよ」


「ガハハハハ! そんなことはないぞ! ワシらが死ぬと、法外な復活料に加え、ケージをギルドまで持っていってくれた親切なもんに礼をするのが一般的だ。……だから坊主、これをやろう」


 そう言ってダンベンジリのおっさんは何もない空間から輪っかのようなものを取り出した。この技、リディアも使ってる【☆アイテムボックス】のスキルじゃねえか。いいよなぁアイテムボックス。


「で、なんだこれ」


 差し出された輪っかに反応して思わず手を差し出すと、


──────────

☆ワンポイント (レザーブレスレット)

 装備中、任意のパッシブスキルひとつのレベルが1上昇する。

 上昇させるスキルは選択から12時間後に変更可能。

 複数装備しても、効果はひとつだけ。

──────────


「え、なにこれ」


 ものすごく強い気がするんだけど。なにこれ。『☆』ってことはレア?


「レザーブレスレットのユニーク装備だ。等級はレアだな。鑑定してあるんだから情報は全部見られるだろ?」


「なんだこれ、どうすりゃいいの」


「腕にめるか"装備"って念じりゃいいんだよ」


「いやそんなことじゃなくて」


 焦げ茶の革製ブレスレット。ほんの小さな宝石が一点だけはまっていて、注意しなければ気付かないほどわずかに白く煌めいている。


 いやこれめっちゃいいものだよね? 俺にくれるって言った? ユニーク装備? レア? 俺に? 嘘だろ?

 困ってダンベンジリのオッサンに顔を戻すと、いつもの飄々ひょうひょうとした面構えはどこへやら、真剣な面差おもざしになっていて、


「ホビットは受けた恩を必ず返す。坊主──いや、藤間透。本当にありがとう」


「え」


 その変貌にぎょっとする。

 しかしそのおかげか、そういうつもりで助けたわけじゃない──そんな言葉は失礼にあたる気がすると理解できた。


「装備」


 そう呟くと白い光がブレスレット──『☆ワンポイント』に集まって、その光は俺の左手首に纏(まと)わりつく。白い光が消えたとき、俺には大きすぎるように見えた輪っかは俺の手首にフィットする長さで嵌っていた。


「え、なにこれ。装備って言うだけで装備出来るの? 服とかも?」


「そうだ。知らんかったのか? ガハハハハ!」


 ……いや知らねえよ。だってあの質の悪いwikiにはそんなこと書いてなかったからね!


 俺が腕輪を嵌めたことで、ダンベンジリのオッサンはいつもの陽気な感じに戻った。……その左手首には。


「おい、それ……いま貰ったのと同じやつ」


「そうだ。ダブっていてワシにはもう必要なかったからな! ガハハハハ!」


 ざけんな。なんかすげぇ大切なものを貰っちまったんじゃないかってひやひやしちゃっただろ。


「──透」


「あ、え、なに」


 また急に名前で呼ばれてひやりとする。ダンベンジリの表情はまたもや真剣。


「ワシは異世界勇者ってのが好きじゃねぇ」


「……んだよ急に」


 睨みつけるような目。俺を測ろうとするような眼光。


「お前らは基本的にワシらよりも強い。だからワシらにできんことをいとも簡単にやってみせる。そしてやがてワシらホビットを格下と馬鹿にする」


「……」


 そんなの、異世界アルカディアじゃなくてもよくある話だ。


 食うか食われるか。

 強いやつは食うんだ。

 食い物にされ続けた俺は、だからこそ強いやつが嫌いなんだ。


「でも、透だけは違ったな」


「……ぇ」


 陽気でも飄々ひょうひょうでも、ましてや俺を睨みつけるでもない。

 孫の心配事がひとつ減った好々爺こうこうやのような穏やかな笑みをふっと浮かべ、



「透はワシを助けてくれた。ワシを立たせてくれた手の温もりを、ワシの代わりに死地に立ってくれたあの背中を、ワシは忘れんよ」



 どっ。


 あ、え、あ?


 どっ、どっ、どっ、どっ。



 これは……。

 この胸の高鳴りは。



「ワシは透を応援する。透みたいな男にこそ強くなってほしい。──心からそう思う」



 どっどっどっどっ……。



 天秤──俺が乗る受け皿の下にある、胸を高鳴らせるスイッチが、また押された。


 

「ガハハハハ! 坊主、いいもん手に入れたな! ガハハハハ!」



 顔まで赤くなる俺に微塵の斟酌しんしゃくも見せず、俺の肩をばしばしと叩くと、ダンベンジリのオッサンはいつもの様子に戻って、エシュメルデの南門へと楽しそうにのっしのっしと歩いていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る