03-09-踵-かかと-
戸惑いを隠せぬままライフハーブを採取して、安宿──とまり木の
「おつかれさま」
「おう、来てたのか」
錦糸のような長い銀髪。洗練された顔のパーツ。白磁のように白やかな肌。足腰は細いのに、胸だけは勢いよく突き出ている。というのに、ぬぼーっとした目と雰囲気が嫌味を与えない。
2.5次元の美貌──リディア・ミリオレイン・シロガネが安宿のベッドに腰掛けていた。
「アッシマーからきいた。戦闘してかったって。おめでとう」
「コボたろうが頑張ってくれてな。俺らはマジで震えてるだけだったわ」
よっこいしょ、とベッドに革袋を下ろす。そうしながら戦闘後に覚えた疑問を口にした。
「そういえば、コボたろうに経験値が入ってないみたいなんだけど……」
俺の質問に、リディアはぬぼっとしたまま答えてくれる。
マイナーコボルトの経験値は2。
この2の経験値をまずパーティメンバーで分けあうそうで、俺とアッシマーには1ずつの経験値が入った。
ここからなんだが、なんでも召喚モンスターは、召喚者の獲得した経験値の半分を獲得し、それを経験値入手時に召喚されていたモンスター同士で分けあうらしい、
つまり、俺が獲得した経験値は1。召喚モンスターであるコボたろうには0.5の経験値が入る。しかしこの世界は基本的に小数点以下は表示されないか切り捨てだ。
今回の場合は切り捨てられず、コボたろうにはちゃんと0.5の経験値が入っているから、次に俺が1の経験値を獲得した際には、コボたろうの経験値表示はちゃんと1になるそうだ。よかった。
しかしあれだな。コボたろうのレベルアップに必要な経験値が3だから、簡単そうに思っていたんだが、そうか、俺の半分か……。必要経験値が7の俺たちとあまり変わんなくて残念だな。
─────
《調合結果》
─────
エペ草
ライフハーブ
─────
調合成功率 74%
アトリエ・ド・リュミエール→×1.1
調合LV3→×1.3
幸運LV1→×1.05
↓
調合成功率 100%
連鎖成功率 5%
↓
↓
↓
薬草×2獲得
─────
「やった……!」
「え、なに連鎖成功率って」
ウィンドウを後ろから眺めていた俺が声を掛けると、
「はあああああああああああああ!?」
「うおあびっくりした。なんだおい」
アッシマーに絶叫され、跳び跳ねるようにして驚く。そんな俺に対し、リディアは表情を崩さず、瞬きをするのみだった。
「ふ、藤間くん、いつからいました?」
「え。結構前。普通にリディアと会話もしてたけど」
「してたけど」
「ぜんっぜん気づきませんでしたぁ……」
胸に手をあてて深呼吸するアッシマー。……相変わらず凄い集中力だな。
「なあ、連鎖成功率ってなに?」
「調合成功率が100%になると、超過分が少し連鎖成功率に変換されるらしいんですけど……成功すると、同じアイテムがふたつ手に入るみたいなんですよぅ」
「そういやいま、たしかに薬草二枚を獲得してたよな。……それってまさか、エペ草一枚とライフハーブ一枚ずつで薬草を二枚獲得したってことなのか?」
「そうみたいですっ」
「マジかよ」
リディアを振り返ると、こくりと頷いてみせた。どうやらマジらしい。
「すげぇじゃねえか。それってめっちゃおいしいよな」
「そうなんですけど、連鎖成功率は5%ですし、あまり期待はできないです」
「まあ成功すりゃラッキーって感じだな。……それにしても」
薬草の調合成功率、100%を超えたのか。
数日前は、スキル補正を合わせても70%しかなくてぎゃあぎゃあ言ってたのに。
頑張ったんだな、アッシマー。
もちろんそれはスキルの補正による功績が大きい。しかしスキルを習得可能になるまで、そして素の調合成功率の上昇はアッシマーが頑張ったからにほかならない。
「いっておくけど、調合の連鎖はだれにでもできるわけではない」
リディアが息を吸ってから、補足するように口を開く。
「ほんらい、連鎖は調合をくりかえして経験をつんだ人が【☆調合連鎖】のスキルを習得してはじめてできるようになる。それでも超過ぶんが連鎖率に変換される割合はこんなにたかくない」
アッシマーのベッドから立ち上がったリディアは、連鎖でできた薬草を美しい指先で軽く摘み、満足そうに元の位置に戻す。そうしてもう一度息を吸い込んで、
「調合成功率111%のアッシマーは、超過分11%のうち、はんぶんの5%も連鎖率に変換されている。ふしぎ」
コボたろうの自我に気づいたときのように、リディアは可愛らしく首を傾げてみせる。しかし今回は、たくさん喋ることに慣れていないのだろうか、やや顔には疲れが見えた。
でも凄いよな。
エペ草の売値が5カッパー。
ライフハーブの売値が7カッパー。
両方売れば売値は12カッパーだが、ふたつを調合して完成する薬草の売値は17カッパー。
それだけで5カッパーの儲けを生み出すのに、ふたつの薬草が一度の調合で完成すれば儲けは22カッパー。それをオルフェのビンと調合すれば、さらにボロ儲けだ。
俺が直接薬草を採取できるようになったように、アッシマーも確実に成長している。
それはもちろん喜ばしいことだし、生活が楽になることもあって嬉しい。
しかしそれを手放しで喜べるほど俺はできた人間じゃないと、もやもやした胸の痛みが俺自身に訴える。
曰く──このままじゃ、置いていかれると。
「エペ草はこっち、ライフハーブはこっちに置いとくぞ。ホモモ草と直接採取した薬草はこっちな」
「わっ、薬草を直接……? 凄いですっ」
「凄くねえよ。お前のほうがよっぽどだ」
部屋にある革袋のひとつには少量の『オルフェの白い砂』が入っていた。それと
「えっ、ちょ、藤間くん、どこ行くんですか?」
「砂の採取に行ってくる」
「透、まって」
部屋を出かけた俺をリディアの声がつなぎ止めた。
「行くまえにステータスをみせて。どうしてコボたろうといっしょに行かないの」
「そうですよぅ……。そんなに焦らなくてもいいじゃないですか」
…………。
駄目なんだよ。
ここで甘えて、
上げた踵をアッシマーに下ろされて、気づけば今度は上げられている。
だって。
ふくらはぎに力を入れて、
踵を上げて、
背伸びして少しでも追いつかなきゃ、俺の心のなかでどこまでも大きくなってゆくアッシマーに、俺はきっと捨てられてしまうから。
「透」
「藤間くんっ……」
「大丈夫だ。行ってくる」
リディアの静止とアッシマーの不安そうな顔を振り切って背を向ける。
見てろ。
次──宿に帰ってくるころには、俺はもっと大きくなっているから。
だから。
だから────どうか。
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