03-07-地味子が開錠で成り上がり無双するまで

「がう……」


「コボたろう! コボたろう!」


 すくんだ脚をもたつかせながら近づいて、片膝ついたコボたろうの肩を抱く。肩、脚──なにより、深く突かれた腹部の出血がひどい。


 そ、そうだ、HP。

 オリュンポス、コボたろうのステータスを!

 

──────────

コボたろう(マイナーコボルト)

消費MP9 状態:召喚中

残召喚可能時間:27分

──────────

LV1/5 ☆転生数0 EXP0/3

HP3/15 SP2/10 MP2/2

──────────


「HP3でSP2ってどうなんだよ……! RPGならギリギリセーフだけどこの世界の場合やばいんじゃないのか? コボたろうどうなんだ、一回召喚解除したほうがいいのか? そもそもコボたろうが死んじゃったらどうなるんだ!?」


 俺の問いにコボたろうは首を振る。

 それと同時に脳内へ【オリュンポス】の知識が流れ込んできた。


 ……どうやら、召喚モンスターが戦闘不能になった場合、二時間の復活時間が必要で、そのあいだは再召喚ができなくなるらしい。そう、視界の端に映ったウィンドウが教えてくれた。


 つまり、コボたろうをうしなってしまうことはない。最悪の事態は有り得ないと安堵しながらも、傷だらけで辛そうなコボたろうの状態は看過かんかできるものではない。


「だ、だめですよぅ藤間くん、あまり大きい声を出したら……」


 その声に振り返ると、やはりアッシマーだった。


「なんでお前いんの。帰ってろって言ったろ」


「腰が抜けて逃げられなかったんですよぅ……」


 ううっ、と泣きそうな顔になるアッシマー。脚がすくんだ俺が彼女になにかを言えるはずもなく、それ以前にそれどころではない。


「コボたろう、召喚解除するぞ」


「ぐるぅ……」


 虚ろな目をしたまま、なおも横に首を振る。震える手で指さすのは、コボたろうが倒したモンスターから現れた木箱。


《コボたろうが【器用LV1】をセット》


「スキル変更? これを開ければいいのか?」


「がう……」


 よくわからないが、言われるまま箱に触れると、


──────────

《木箱開錠》

マイナーコボルト

──開錠可能者→開錠成功率──

足柄山沁子→82%

コボたろう【召】→22%

藤間透→2%

──────────


 敵を倒せば木箱が現れ、その木箱を"開錠"して、はじめて報酬が与えられる。

 それは事前知識として知ってはいたし、以前祁答院たち六人がモンスターを倒して鈴原が開錠しているところを遠目で見ていたが、実際木箱に触れるのは初めてだ。


「がう……」


 アッシマーに顔を向け、木箱を指差した腕をだらりと下げるコボたろう。


「あ、わたしですか……?」


 ダントツで開錠率の高かったアッシマーが、おずおずと木箱に近づいてゆく。


「わたしが開けていいんですか……? わたし、後ろのほうで震えてただけなんですけど……」


「そんなの俺も一緒だ。お前が開けることになんの遠慮も要らん。要らんけど……」


「けど?」


 82%。悪くない数字だ。

 だけど、コボたろうがぼろぼろの状態で開錠に失敗したら……?


 箱が消えるだけならまだいい。しかしこの世界の木箱は、開錠に失敗すると罠が発動する場合がある。


 あまり質の良くないWikiで過去に確認した情報によれば、エシュメルデ周辺の草原でドロップする木箱には、ほとんど罠はかかっておらず、開錠に失敗すると中身が消えるか、静電気や石つぶて、タライといった軽微なダメージを受けるような罠しかないという。


「でもやっぱりやめておく」


「はあああああああ!? 開けないんですかぁ!?」


「罠の効果はパーティメンバーのなかからランダムに選ばれるものもあるんだ。コボたろうにダメージが入ったらどうすんだ」


「がう……がうっ!」


 「僕なら大丈夫!」と慌ててフォローするコボたろう。いやお前、マジで死んじまうって。


「さすが石橋を叩いて渡らない藤間くんですねぇ……」


「それやめろや」


「でもだいじょうぶですっ」


「大丈夫? なんでだ?」


 俺が胡乱うろんげな目で問えば、アッシマーは豊かな胸部を突き出して、


「わたし、失敗しないので!」


「すげえ。俺そのセリフを聞いて不安になったの、生まれてはじめてだわ」


「見ててください藤間くん、コボたろう!」


「がうっ」


 見ててください! じゃねえよ、がうっじゃねえよ、なんかコボたろう少し元気になってない? っていやちょっとまてよおい。


「おい開けんなよ絶対開けんなよ」


「致しますっ!」


「致しませんって言えよ馬鹿野郎!?」


「とーーーーーーっ!」


「あっ、ちょ」


─────

《開錠結果》

─────

開錠成功率 71%

アトリエ・ド・リュミエールLV1→×1.1

幸運LV1→×1.05

開錠成功率 82%

成功

─────

《報酬》

─────

アトリエ・ド・リュミエールLV1→×2.0

幸運LV1→×1.1

66カッパー

コボルトの槍

【採取LV1】を獲得

─────


「うおっ……は、はぁぁぁぁぁぁー……」


 せ、成功か……!


「はあああああ……よかったですぅぅぅぅ……」


「おいこらよかったぁじゃねえんだよ。失敗したらどうするつもりだったんだよ」


 安堵した様子でぺたりと座りこむアッシマーへじっとりとした視線を流すと、いけしゃあしゃあと、


「だって多数決で開けるって決まったんですもん……」


「……んあ? 多数決?」


「藤間くんは開けない。コボたろうは開ける。わたしも開ける。……ね?」


「がうっ」


「っ……馬鹿じゃねえの……」


 悪態をついて顔を背ける。そうしながらも、アッシマーがコボたろうのことをちゃんと"ひとり"として数えてくれていることに、あたたかさのようなものを感じてしまった。


「それに……藤間くんとコボたろうの初勝利じゃないですか。これ以上コボたろうを傷つけたくない気持ちもわかりますが、コボたろうの傷をひとつでも無駄にしたくないじゃないですかぁ……」


「……そうだな」


 この報酬は、コボたろうの覚悟、決意、傷──そんな『熱血』の結晶だ。それを無視するなんて、できねえよな。


「そうだな。コボたろう、アッシマー。俺が悪かっ──」

「それ以前にわたし、近くにいたからですかね? どういう仕組みかわからないんですけど、パーティの一員だと判定されたみたいで、経験値1もらっちゃったんですよねぇ……えへへ……尻もちついてただけなのに…………えへへぇ……だからその、開錠くらいしないと申しわけないなって……」


 ……。


 まあ、いいか。アッシマーがいないとこの木箱は開けられなかったわけだし。つーかいまさらだけど、なんで俺の開錠成功率2%だったの?

 それに、自然回復だろうか、コボたろうも顔色が戻ってきている。

 だから、いい。


 ともあれ時間が経つと箱に表示されたウィンドウとともに木箱は消え失せ、草の上に66カッパー、槍、本が無造作に散らばった。


「つーか報酬すごいな。さっきのウィンドウを見たかぎりじゃ、アッシマーのスキルのおかげか」


「単純計算2.2倍ですねぇ。マイナーコボルトさんは30カッパーをドロップするってことですかね?」


「たぶんそうだろうな。金とモンスター素材の槍、そんでスキルブック……アイテムの量も増えてるんじゃねえの?」


「どうでしょうか。わたしもはじめてですし、ほかのかたに訊いてみませんと」


「まあ増えてるぶんにはいいか。コボルトの槍、結構かさばるな……。どうやって持つかな……これ穂先が出ていても街中まちなかとか大丈夫なのか?」


 俺の持つ1mほどのコモンステッキよりも50cmほど長いコボルトの槍。

 柄の部分は木製、穂の部分は白く、たぶんなにかの骨でできている。


──────────

コボルトの槍

ATK1.00

───

モンスター素材。

コボルトが用いる簡素な槍。

──────────


 ちょっと邪魔だなと思っていると、すこし元気になったコボたろうが槍に手をかざし、


「がうっ」


 コボルトの槍をかき消した。


「え、おいちょっと、いまなにを──あ」


 そういえば、コボたろうの特性スキルにあった──


「【コボルトボックスLV1】か?」

「がうっ!」


 五個までアイテムを収納できるらしい、目に見えぬ箱。

 コボたろうは持て余した荷物──コボルトの槍を、己の判断で自分のボックスに仕舞ってくれたのだ。


「ありがとなコボたろう。お前めちゃくちゃ賢くていいヤツだな」

「が、がう」


 照れたように顔を伏せるコボたろうが可愛い。というか、傷が塞がって、真っ赤だった服もどういうわけか元の茶色を取り戻してきた。

  

──────────

コボたろう(マイナーコボルト)

消費MP9 状態:召喚中

残召喚可能時間:16分

──────────

LV1/5 ☆転生数0 EXP0/3

HP7/15 SP5/10 MP2/2

──────────


 すげぇ。いまの10分のあいだで羨ましいくらいの回復力。


 なにはともあれ、コボたろうは死地を脱したようで、俺はほっと胸をなで下ろした。


 ……ん? でも、あれ?

 コボたろうに経験値、入ってなくないか?

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