05-07-殺戮の歯車

 レベルアップにおける上昇値が少ない……そう嘆いたことが俺にもあった。


 いやもう実際、マジで少ない。能力値が1.1倍になる仕組みだからと理解していても、LV2からLV3になって、HPSPMPが全部1ずつしか上昇してないとか本当どうなってんだよって感じだよな。馬小屋システムならリセット案件だろこれ。


 でもステータスってのは、あくまでも目に見える能力であって。


《コボたろうが【槍LV2】【攻撃LV1】をセット》


 スキルスロットが増えたこともあり、コボたろうは目に見えて強くなっていた。


「ぐるああああっ!」

「ギャアアアアッ!」


 コボたろうが両手に持った槍で、マイナーコボルトを一体討ち取った。そこに襲いかかる一本の槍──


「コボたろう、危ねえっ!」


《コボたろうが【回避LV1】【俊敏LV1】【警戒LV1】をセット》


「がうっ……!」

「ギャッ?」


 瞬時にスキルをセットして回避。そして──


《コボたろうが【槍LV2】【戦闘LV1】をセット》


「がうっ、がうっ! ぎゃあうっ!」

「グッ、ガッ、ググッ……!」


 応戦し、エシュメルデ平原に火花を散らせてゆく。


「こっち終わった! コボたろうは?」

「援護するよー!」


 四体のマイナーコボルトから挟み撃ちにあった俺たち。

 高木、鈴原、灯里、アッシマーの四人は二体のコボルトを片づけて、こちらに駆け寄ってくる。


「えーいっ」


 鈴原の持つ洋弓から放たれた一筋の矢はマイナーコボルトの脚を貫いて、潰れたような悲鳴を響かせる。


「がうっっ!」

「ギャアアアアアッ!」


 その隙にコボたろうは槍の穂先をコボルトの喉へ沈め、四つ目の木箱を出現させた。



《戦闘終了》

《2経験値を獲得》



 剣を振るったりするわけではない俺とは違い、コボたろうはレベルアップの恩恵を受け、明らかに強くなっていた。



「いっちょあがりぃー」


 闘い慣れているのか、高木がなんでもないように、取り出した矢を背に担いだ箙に仕舞う。


「やったねコボたろうー」

「が、がうっ」


 トドメへのアシストをした鈴原が抱きついて、コボたろうの毛むくじゃらの身体をほんのり赤くした。


「箱明けますっ」

「あ、しーちゃん待ってー。ウチも手伝うよー」

「はわわわわ、は、はいっ」


 むしろ開放されたコボたろうよりも赤くなったのはアッシマーのほうかもしれない。


 しーちゃん。

 沁子のしーちゃんだ。


 稼ぎに行こうと宿を出る前、鈴原が「足柄山さんはちょっと呼びにくいかもー」と言い出したのが発端である。


『で、では、もしよろしければ皆さんもアッシマーと……』

『んー、前から思ってたんだけど、アッシマーって名前もなんか呼びにくいんだよね。センスゼロ』


 思わぬところからの爆撃を受け、俺が密かに傷ついているうちに女子どもは相談を始める。


 やれ『しみちゃん』もなんだかなー。

 やれ『沁子ちゃん』はちょっと嫌ですぅぅ……。

 やれ『アッシー』も悪くないけど、移動用のオトコっぽいよねーみたいな感じで。


 それで結局、灯里が提唱した『しーちゃん』に決定したわけだ。


「しー子、香菜、なんかいいもん出た?」

「レアは無いみたいですぅ……」

「こっちもいまいちだよー」


 ちなみに高木は『ちゃん』付けには抵抗があるらしく、いまのように『しー子』やら『しー』と呼び捨てで呼んでいる。

 無論これは女子のあいだだけで、俺がそんなこっ恥ずかしい名前で呼べるわけがない。


「アッシマー、かさばるもんがあったらアイテムボックスに仕舞うぞ」

「はいっ、ならコボルトの槍を四本と、この弓をお願いしますっ」

「あいよ」


 アイテムボックスの半分が一瞬で埋まる。持ちにくいものを収納できるのはありがたいけど、容量10だと足りないよなあ……。


 ダンベンジリのオッサンから貰ったユニークブレスレットである『☆ワンポイント』のスキルレベル上昇をアイテムボックスに割り振れば容量は20になるらしいけど、スキル【☆召喚MP節約】に割り振ってるし、これはさすがに外せない。


 ある程度の槍や武器防具は担ぐことになるだろうと半ば諦めつつ、次の採取場へと向かうことにした。



 俺とアッシマー、コボたろうのLVが3。

 灯里、高木、鈴原のLVが4。


 こう言うと俺たちのレベル差は1のように聞こえるが、実際にはもうすこし大きい。


 灯里たちはLV3からLV4にレベルアップする際にホモモ草で足止めを食っていたから、そのぶんの経験値が蓄積している。だから俺たちがLV4になるよりも先に彼女たちのほうがLV5に到達するだろう。



「んで、LV4からLV5へ上昇させるのに必要な素材が『ジェリーの粘液』って素材か」

「うん。これが厄介でさー。伶奈がいないとどーにもなんないんだって」


 俺がまだコボルト以外に出会っていないだけで、この世界には当然、たくさんのモンスターがいる。


 槍を使うマイナーコボルトは『コボルトの槍』をドロップする。

 槍と弓を扱うロウアーコボルトは『コボルトの槍』か『コボルトの弓』をドロップする。


 で、高木の言う『ジェリーの粘液』というのは、スライムのようなモンスター……ジェリーの最下級『マイナージェリー』からドロップするそうだ。


 このジェリーっていうのが厄介で、低ランクモンスターのくせに『斬撃耐性』と『刺突耐性』を持っていて、高木や鈴原の矢や祁答院の剣の通りが悪く、魔法使いの灯里がいなければ苦戦必死──どころか、五対一でも倒すのがやっとらしい。


「ウチらいままで五回くらい倒して、ジェリーの粘液を三つ手に入れてるんだけどー。全部男子が持ってるんだよねー」

「そーそー。だから見かけたら優先的に倒したいんだって。……あたしら、あいつに対してはなんにもできないけどさ」


 倒す手段としては、前衛が防いでいるあいだに灯里が詠唱し、魔法で倒すしかないっぽいな。

 つーか序盤から物理耐性持ちか……。やはりこの異世界はマゾゲーらしい。


「ジェリーって俺見たことないんだけど。多分アッシマーもだよな」

「はいですっ」

「んー、あたしら結構見かけるんだけど……。ダンジョンとかのほうが多いかも」


 そういやリディアが、サシャ雑木林に出てくるモンスターはマイナーコボルト、ロウアーコボルト、マイナージェリー、フォレストバット程度しかいないって言ってたな。ってことは、サシャ雑木林には出現するってことになるが……。


「藤間くん藤間くん、サシャ雑木林でしたら、まだリディアさんがいらっしゃるかもですねっ」

「んあー……そうだな…………」


 いつの間にかダンジョンアタックをしようかという流れになっている。


 俺たちは五人+コボたろうのパーティだ。人数が多い状態で金を稼ぐなら、それぞれに分配される戦闘よりも、各自で採取を行なったほうが稼げるに決まっている。


 しかし今日の目標はレベルアップ。高木と鈴原の加入で戦力は大きく拡張されたが、経験値が五人で分配されるぶん、たくさんのモンスターを倒さなきゃいけない。

 これはプラマイゼロのように見えるが、大きなプラスである。


 というのも──



《コボたろうが【槍LV2】【戦闘LV1】をセット》

 

「モンスターだっ!」


 南からやってくるモンスター御一行。

 槍を構えたマイナーコボルト二体、弓を構えたロウアーコボルト二体だ。

 高木と鈴原がいなければ、弓持ち二体を含む団体様なんて倒せるわけがない。



「がうっ!」

「コボたろう、むやみに出るんじゃねえ! 高木、鈴原、灯里!」


 槍持ちと弓持ちが同時に現れた場合、行動なんて知れている。


損害増幅アンプリファイ・ダメージ……!」

「あいよ。……おらぁッ!」

「いくよー。えーいっ」

「炎の精霊よ、我が声に応えよ……!」


 まずは弓コボルトが前にでて、矢を射てから槍持ちが突っ込んでくるんだ。

 だから、そこを討つ…………!


「「ギャアアアッ!」」


 呪いの効果で、高木と鈴原の放った矢のダメージが増幅する。弓コボルト二体は衝撃で吹き飛び、緑の上で痛みにのたうちまわる。


「ぐるる……」

「コボたろう、まだ我慢しろっ!」

火矢ファイアボルトっ……!」


 詠唱の終わりと同時に、ピンク色の盾を構えていたアッシマーが灯里の正面を退き、射線をあける。


 轟ッ!

 ☆マジックボルト・アーチャーから放たれる炎の矢は、槍コボルトの片方を瞬時に光へと変えた。


「頼んだ、コボたろう!」

「がうっっっっ!」


 敵との距離が10メートルに縮まったとき、四体いたモンスターで十全に動けるのはマイナーコボルト一体のみになっていた。


「ギャウッ! ガ、ガッ!」

「ぐるぁっ! ぎゃあぅ!」


 コボたろうは敵の繰り出す槍を己の槍で弾いて応戦する。

 ガツガツと命のやり取りが行なわれ、六合目──


「ギャアアアッ!」


 コボたろうの頬を掠める長い槍。コボたろうは頬に傷を、しかし相手のコボルトの喉にはコボたろうの槍が突き刺さっていた。


 モンスターが緑の光に変わると、コボたろうは緑の上でぴくぴくと痙攣するロウアーコボルト二体のもとへ。


「すまん。悪く思うなよ」


 お前らは俺を殺す。

 俺はお前らを殺す。

 その歯車を俺は否定しない。

 お前らが俺を殺しても、俺はそれを否定しない。


 だから、すまねえ。


 俺がぽつりと呟いた贖罪の言葉と同時に、コボたろうのほうからふたつの緑の光がたちのぼった。


「…………あはは、安心したよー」

「ふーん。……あ、いや、香菜。これがふつーなんだってば」


 鈴原と高木はなぜか俺のほうを見ていた。鈴原の言う安心ってのは、モンスターに勝利できて安心した、ということではなく、


「……んだよ」

「ごめんねー? その、悠真くん以外の男子……慎也くんと直人くんなんだけど、その…………あはは……」

「慎也と直人が特殊なんだって。いやさ、あいつらモンスターを倒すとき、その……趣味悪く倒すから、香菜と伶奈が怖がるんだって」


 あー……。

 たしかにあいつら、モンスターを殺すことそのものを愉しんでいたもんな……。


「そんなこと、藤間くんがするわけないよ」


 俺のかわりに灯里が応えた。それにふと、続こうとして──


「まあ俺だしな。そう思われてもしょうがねえけど、日頃のストレスを関係ない誰かで晴らそうなんて──」


 そんなことはしない。

 そう続こうとして、止まった。


 日頃のストレスを関係ない誰かで晴らすなんて──


 だったら。


『罰ゲームなら他所でやれ』

『人の名前間違えてマウント獲ってんじゃねえよゲロクソビッチ』

『二度と話しかけんなパリピ。バーーーーカ』


 だったら、関係ないこいつらに、俺の過去からくる『パリピ』への思いのたけをぶちまけた俺は、なんなのだろうか。


 勝手に『陰キャ』と『陽キャ』という大雑把な区切りに分けて、なんら関係のないこいつらを敵と見てしまい、過去のストレスを発散した俺はいったいなんなのか。


 一度、謝った。

 ひどいことを言って、すまなかったと。


 それでも、ちゃんと謝ることができていない。

 なぜ俺があんなことを言ったのか、俺がどれだけ最低だったのか、こいつらに話していない。


 そんなんじゃ、謝ったことになんて──


「藤間くんはそんな人じゃないよ、藤間くんは優しくて、弱いものイジメなんて──」

「わかったわかった、あたしらが悪かったから」

「伶奈ごめんねー? 藤間くんも…………おーい、藤間くーん?」

「んあ……わ、悪ぃ」


 俺の目の前でぶんぶんと手を振る鈴原。それで我にかえった俺は、仄暗い思考の海から現実へと引き戻される。



「箱あけますぅー」

「あ、しーちゃん、ウチも手伝うよー」



 アッシマーと鈴原が木箱へ駆けてゆくと、なんとなく灯里もそれに続き、俺は高木とふたりでその場に残された。

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