05-08-空漠たる天秤

 開錠タイム。残されたのは俺と高木という、変な組み合わせ。


「迷惑……じゃない? あたしら」


 先に口を開いたのは高木だったが、声は思いのほか、か細い。


「なんでだよ」

「いやさ。あたしと香菜がいなくてもモンスターって倒せるわけじゃん。なのに、経験値とかお金とかアイテムとか分けるわけじゃん? 迷惑じゃないかなって」


 上目でちらちらと窺ってくる金髪。

 最初に出会った頃の高圧的な高木は、そこにはいなかった。


「迷惑とは思ってねえ。気にかかることはあるけど、少なくとも戦力が増強されたのには間違いねえし、現にさっきのモンスターだってお前らがいねえと倒せなかったしな」


 灯里の魔法は強力だが、詠唱に時間がかかり、そのうえ無防備だ。どうしても弓による先制攻撃を許してしまう。

 その点、高木と鈴原ならばそんなことはない。コボたろうさえ相手に気づくことができれば、向こうは攻める側。こちらは守る側。滅多なことがない限りこちらが先手を取れるのだ。

 さらに言えば、火力不足の洋弓のダメージを俺の呪いで増幅させることができる。コボルトにとっては致命打だ。


「ふーん。そ、そっか。……んで、気にかかることってなに?」

「ん……まあそのなんだ、祁答院のことだ。あいつ、あのふたりと一緒にいるんだろ。……大丈夫なのかよ。べつに俺には関係ないけどよ」


 ちらと高木を見やると唖然とした顔をしていたが、やがてぷっと噴き出した。


「ぷっ……くくっ……。なに、気になんの? 悠真のこと」

「べ、べつに気になんてならねえけどよ。その……あれだ。どうしてんのかなと思って」


 笑いをこらえていた高木は我慢ができなくなったのか「あっははは! それ、完全に気になってるやつじゃん! 関係ないとか言っといて!」と屈託なく笑いだす。なんだよ少しくらい我慢しろよ。ケ■ッグコーンかよ。

 ひとしきり笑ったあと、高木は糸が切れたように俯くと、


「あの、さ」


 緑草に視線を落としたまま、力なく呟いた。


「もしも、さ。悠真がこっちに来るってなったらさ。やっぱりいや?」

「は? ……言ったろ。べつにいやとかそんなことは思わない。ただ、もしもあのふたりもついてくるんだったら、俺はアッシマーを連れて宿を出る」


 これだけは譲れない。絶対に。


「……さっきから思ってたんだけど。随分しー子のこと、かばうじゃん」


 暗く落ちた顔が上がったとき、高木の顔には、俺に対する抗議が含まれていた。


「かばうとかそんなんじゃねえよ。でも、俺は……」

「でも、なに」


 高木がぐいと身を乗り出し、切れ長の目で俺を睨んでくる。いつもの高木にたちまち戻ってくる。


「どの口で言ってんだって思う。自分にブーメランが刺さってるのもわかってる。それでも俺は、あいつのことをなにも知らないくせに、あいつを馬鹿にして、傷つけるやつを許せない」


 本当にどの口で言ってんだ。

 灯里のことを、高木を、祁答院を、鈴原を、なにも知ろうともせず、罵詈雑言を吐いた俺がなに言ってんだって思う。


「この異世界は戦場だ。人間とモンスターは殺しあってる。だから戦闘で傷つくことだってあるだろ。でも、アッシマーは自ら望んでこの場所に立ってる。だからそれは仕方ないと思う。でも、あいつらは違うだろ」


 高木の怒気が俺に伝播でんぱしたのか、それともあいつらのさげすむ声を思い出してしまったからなのか。

 

「他人のことを一切悪く言わないアッシマーが、理不尽に、一方的に傷つけられるのは許せない。だから連れていくんだ。そうじゃなきゃ──」


 俺が、殺してしまう。

 モンスター未満の、あいつらを。


「……じゃああんた、伶奈はどうすんの」

「あ?」


 どうしてそこに灯里の名前が出てくるのか。しかし──


「たとえば、さ。慎也と直人が、伶奈を傷つけるようなことがあったら──」

「灯里も連れていく」


 それほどあいつらへの憎しみが強かったのか、高木の言葉を最後まで待たず、言い切った。


 でも、お前らは友達同士なんだろ? そんなこと、あんのかよ。

 そんな疑問を枕につけようとしたが、あいつらが鈴原に言い放った言葉を考えると、そんな気すら失せた。


 高木はすこし驚いたような顔をして、長い金髪をくるくると指先で弄び、それでもまた口を開いてゆく。


「でもさ。たとえば、ほかの宿に二人部屋しか空いてなかったりして、どっちかしか連れていけなかったとしたら?」


 その質問の答えもやはり考えるまでもないことで、言葉の意味をゆっくり咀嚼そしゃくすることもなく、反応だけでも返せることだった。


「簡単だろ。灯里とアッシマーのふたりに宿を移ってもらう」


 どちらかを選べなんて、選べるわけがない。


「っ……。あ、いやさ。そーゆーのが聞きたいんじゃなくてさ。たとえば、ふたりともがピンチで、どっちかしか助けられないとしたら?」


「モンスターに囲まれてるんなら、灯里を先に助けて灯里と一緒にアッシマーを助ける。でもあいつら……望月とか海野だったか? に囲まれてるんなら、アッシマーを助ける。灯里にはお前だって鈴原だって祁答院だっている」


 他人の心を散々捨ておいた俺でも、さすがにわかる。

 灯里が高木たちにどんな説明をしたのかは知らないが、高木の目はこう言っている。宿屋でのやりとりからたびたび、目でこう問うてくる。



『伶奈の想いを知ってなお、あんたはしー子と一緒に住んで、しー子をいちばんに考えるのか』──と。



 灯里の友人として、俺の態度に許せないところがあるのだろう。

 しかし、だからって俺のなにかが変わるわけでもない。


 俺を護ってくれたアッシマーの背中を。

 あいつらを拒絶する灯里の言葉を。


 ──天秤に掛けられるわけが、ないじゃないか。



「…………まー、あんたがただのチャラ男じゃない、ってことがわかっただけで今日はいっか」


 高木は俺にくるりと背を向けて、俺を解放する。少し遅れて長い金髪がたなびいた。

 

「誰のことだよ、チャラ男って」

「ぷぷっ……。ま、わかってたけどね。あんた、そんな感じじゃないし」

「あたりまえだろ……」


 背で笑う高木。俺は笑う気にもなれなかった。


「んー。あんまり言いたくないけど、やっぱりこれだけは言っとく」

「……んだよ」


 もう一度だけ俺に振り返る高木。

 怒気も笑いもない、真剣な表情。


「伶奈、マジで良い子だから。ちょっと気は弱いけど、優しくて、可愛くて、あたしが今まで見たなかで、いちばん可愛い子だから」

「…………」


 なにも言い返せない。


 …………。


 そんなこと、知ってんだよ。


「あんなに良い子、他にいないから。…………男の趣味以外はね」

「同感だ」


 でもそれを口にできるはずもなく、最後の余計なひとことにだけ頷いてみせた。高木はぷぷっ、と笑い、今度こそ強烈なシャンプーの香りを残して離れてゆく。久しぶりの自虐に、俺も思わず頬が緩んだ。



「藤間くーん! やりました! やりましたよぉぉー!」



 レアアイテムでもドロップしたのか、遠くでアッシマーが俺に大きく手を振った。それに合わせて胸部も盛大に揺れていることに気づいた俺は慌てて目をそらした。

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