05-09-こころを奪ったのは

 レアアイテムは基本、ギルドで鑑定してもらうか、灯里の持つ【鑑定】スキルを使用する必要がある。

 【鑑定】に必要なSPやMPはそのアイテムに依拠するらしく、今回獲得したレアアイテムは消費するリソースが少なかったため、灯里の判断で鑑定したらしい。


 木箱からドロップしたレアアイテムは、蒼い輝き。

 以前リディアから購入した『☆コボルトの意思』だった。


「この石ころが、あんたの探してた『意思』ってやつなん?」

「いや石ころって。こんなに眩しく光ってるだろ」


 そういえば、と言いながら思い出す。この光は、召喚魔法を使える人間にしか見えないのだ。だから俺にとっちゃ何カラットだよって宝石も、こいつらからすれば石ころにしか見えない……ってリディアも言ってたな。


「こ、これ、もらっていいのか?」


 おずおずと問えば、みな頷き返してくれる。高木からは「つーかあんたしか使えないじゃん」と苦笑を向けられた。


「さ、サンキュ。んじゃ遠慮なく──」


 これで二体目の召喚モンスターが使用できる。コボたろうもずいぶん楽に──



《☆コボルトの意思を使用します。 0/2→1/2》



 ──んあ?


 胸のなかに蒼い煌めきを取り込むと同時に、そんなメッセージウィンドウが表示された。


「えへへぇ……藤間くん、よかったですねぇ……。これでコボたろうにもお友達ができますねっ」

「がうっ♪」


 あれ、なんだよ《0/2→1/2》って。

 

「召喚、コボじろう! ……あ、あれ?」


 来ない。コボルトの意思を使ったのに、コボじろうが来ない。


「あははー……予想はしてたけど、やっぱりコボじろうっていう名前なんだねー」

「藤間くんどうしたの? MP不足?」


「いや、MPはあるってなんとなくわかる。でもなんか、コボたろうを手に入れたときのような感じがしねえんだよな」


 首を傾げながらユニークスキル【オリュンポス】を起動する。


──────────

オリュンポス

召喚モンスター一覧

──────────

コボたろう LV3 消費MP9→7 《召喚中》

コボじろう 1/2

──────────


 ここでもやっぱり《1/2》。

 ってことはあれか。これが2/2になればコボじろうが召喚できるってことか。


 となると……。


「どうやら二体目の召喚モンスターには、意思がふたつ必要らしいわ。悪ぃ」


 そういうことだろう。

 まあたしかに、6~8シルバーで購入できる『☆コボルトの意思』を10個集めたら10体召喚できるんじゃ、召喚強すぎるもんな。


 リディアもココナも、厳密に言えば召喚士なんて存在しない、と言っていた。

 それは召喚が『魔法使いがモンスターからの壁にするために覚えるもの』だからだと言った。

 そして、こうも言った。


『召喚は、すごくお金がかかるから』


 俺は、はじめての召喚モンスター、コボたろうを得て、ああ、たしかに金がかかるな、と思った。


 モンスターの意思。

 召喚モンスターの装備。

 召喚モンスターのレベルアップに必要な費用、素材。

 そしてスキル。


 食費や宿代こそ必要ないが、召喚モンスター一体につき、自分と同じくらいの金がかかる。

 召喚魔法が不人気の理由はきっとここにあった。


 ──そして俺はいま、召喚士は金がかかると改めて理解した。

 召喚モンスターが増えるたびに必要な意思が増えていくんじゃ、そりゃあ金も貯まんないよな。


 すこし前の俺なら、早く強くなりたいのに、と焦っていたことだろう。


 しかし俺には、俺のペースで良いんだって言ってくれる人がいる。

 こんな俺に、想いを告げてくれた人がいる。


 散々テンパったぶん、不思議な余裕が俺にはあった。


「まあ残念じゃねえって言えば嘘になるけど、焦らねえことにするわ。どっちにしろいまのままだと最大MPが低すぎてヘロヘロになっちまいそうだしな」


 俺の最大MPは13。

 コボルト召喚に必要なMPは7。本来ならば9なんだが【☆召喚MP節約LV1】をダンベンジリのオッサンから貰った☆ワンポイントでLV2にして、消費MPは7になる。

 損害増幅アンプリファイ・ダメージに必要なMPが4。敵がこうむるダメージを増幅させる呪いはなかなかに強力で、使用できるだけのMPも残しておきたい。


 少し前はSP不足で過労死するくらいひいひい言ってたのに、MPまで不足か。俺、リソース少なすぎじゃね?


──



「おどろいた。どうしたの」


 大して驚いてもいないような顔のリディアがアイスブルーの瞳をこちらに向けた。


 サシャ雑木林。昨日拠点として使用していた泉のそばで、リディアはマンドレイクの採取に勤しんでいた。


「リディアさーん、えへへ、こんにちはですっ」

「お邪魔します。私達、ジェリーの粘液を探しにきたんです」

 

 アッシマーと灯里が丁寧に、リディアと面識のある高木と鈴原が「どもどもー」と軽い感じで挨拶を交わした。

 そしてコボたろうはといえば、



《コボたろうが【槍LV2】【攻撃LV1】をセット》



「がるるるる……」


 こちらに槍を構え、


「くぅーん、くぅーん」

「…………♪」


 前脚を俺の肩にかけ、左頬を舐め回すリアムレアムと、俺の右頬に自らの頬をこすりつけてくるハルピュイアに敵意をむき出しにしていた。


「お、おい、コボたろう落ち着け。つーか待て待て、リアムレアムはともかく、ハルピュイア、ちょっとまて。お前は人間っぽすぎる、ちょっと待てって」

「…………?」


 ハルピュイアは腕が翼になっていて、足先が鳥の爪になっていること以外はぶっちゃけ人間なんだよ。コボたろうみたいに毛むくじゃらの身体とかじゃなくて、もうマジで人間の女性なんだって。

 20歳~25歳くらいのお姉さん然としたナイスバディブロンド美女が、無邪気な顔で俺に頬ずりしてくるとかヤバすぎるだろ。ボキャブラリーが崩壊するくらいやばいだろ。まじヤバイ。


「え、なにこれ。あんたムツゴ□ウさんなわけ?」

「わわー、すごいよ亜沙美、藤間くんのところにどんどん集まってくる」


 見れば鈴原の言うとおり、あちこちからリディアの召喚獣が集まってきた。

 昨日も見た赤いトカゲ……サラマンダーや、電気を放つ鳥──サンダーバードもいる。

 あの木に隠れている、角を有する白い馬は処女厨で有名なユニコーンだな。俺と目が合うと、ひょいっと木の背に隠れる。そして角を盛大に見せびらかしながら、しかしちらちらこそこそとこちらを窺ってくる。うん、あいつ絶対童貞だ。かわいい。



「は、ハルピュイアさん、だめだよっ……!」


 再び俺にくっつこうとするハルピュイアを灯里が止めた。


 腕……翼を掴む灯里をハルピュイアが「どうして……?」と心から不思議そうな目で見つめる。


「ぅ……その、藤間くんが困ってるから」

「っ……。…………?」


 「困ってる」という単語に反応し、悲しげな顔を俺に向けるハルピュイア。


「いや、あれだ。困ってるは困ってるけど、べつにお前がいやなわけじゃないんだ。ただそのもうすこし、距離をだな……」

「…………♪」


 今度は「いやなわけじゃない」という単語にだけ反応し、腕に頬をこすり寄せてくる。いや脳内どうなってんの? お前の脳内にある貸借対照表、貸付金しか書いてないんじゃないの?


「リアムレアム、ハルピュイア、もどって」


「くーん!」

「っ……! っ!」


 俺を助けるためか、リディアが召喚を解除しようと手を翳すと、リアムレアムとハルピュイアは揃って抗議の視線をリディアへ送る。


「ごめんな。俺たちはここへレベル上げと素材集めに来たんだ。リディアの召喚モンスターのお前らに助けられちまったら、俺たちに経験値が入らなくなっちまう」


「くぅーん……」

「……………………」


 リディアの傍でしょぼくれるふたり。サラマンダーもサンダーバードも、木の陰から覗くユニコーンの角も残念そうに下を向いている。


「なあリディア。召喚を解除するのは可哀想だから、俺たちの手助けはしないようにして、リディアの護衛だけさせとくわけにはいかねえか? 俺たちは経験値がリディアとか召喚モンスターに吸われなきゃそれでいい」


「できる、けど。どうして」


 心から疑問だ、とリディアの傾げる首とアイスブルーが言っている。


 可哀想に思う理由がわからないと。

 ましてや自分のものではない召喚モンスターに情をかける理由がわからないと。


 リディアもココナも、召喚モンスターには自我がないと言っていた。


 自我がないと決めつけ、まるでもののように扱って、効率が悪いという理由で名前をつけない。


 これだけ優しいリディアですら、こうなんだ。



 召喚モンスターに自我がないんじゃないだろ。



 召喚する人間が、召喚モンスターから『こころ』を奪ったんじゃねえのかよ。

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