05-10-こころがうまれるのは

 サシャ雑木林。

 地下だというのに太陽が照りつけるこの不思議なダンジョンは、ダンジョンと冠するだけあって、屋外よりもモンスターとの遭遇率は高かった。


「藤木ぃ! 呪いいける!?」

「思い出したように名前忘れてんじゃねえよ! 藤間だっつってんだろ!? 損害増幅……!」


 アンプリファイ・ダメージを発動させると、増援として現れた四体のコボルトに茶色の靄がかかる。


「えーいっ!」

「ナイス! おらぁ!」

「光の精霊よ、我が声に応えよっ!」


 そのコボルトたちを襲う、二本の矢。


「「ギャアアッ!」」


 四体のうち二体が鈴原と高木の射撃を受け、勢いよく吹き飛んでゆく。

 残った二体はこちらへと弓を構えている──


 やべえっ、弓持ち四体だったのかよっ……!


「ほわあああああああ!」


 向こうからも放たれた二本の矢。こちらのアーチャーふたりを狙った矢を、アッシマーが桃色の盾で防いだ。もう一本は、灯里……!


「おああぁぁああぁあっ!」

「敵を穿つ二筋の──きゃっ」


 無防備に詠唱中の灯里に飛びつくと、矢をギリギリで避けながら、ふたりで勢いよく草の上に倒れこんだ。


「い、いってえ……! 灯里、平気か?」

「う、うんっ……!」


 顔が真っ赤になった灯里の手を取って引き上げる。くっそ、めちゃくちゃ柔らかくていい匂いするじゃねえか……!


「がるっ!」

「ギャアアアッ!」


 ロウアーコボルト四体という援軍が来る前に相対していたコボルトの群れを、コボたろうはひとりで抑えていた。


《コボたろうが【防御LV1】【HPLV1】【防具LV1】をセット》


 反対側から増援が来たため、コボたろうが現存勢力を抑えるしかなかったのだ。


「ガウッ! ガッ、ガウッ!」

「ぐるっ……ぐっ、がうっっ!」


《コボたろうが【槍LV2】【攻撃LV1】をセット》


 その身にいくつも傷を負いながらも、大きな隙を見つけると、スキルを切り替えて最後の一体を突き斃してゆく。


「うるあっ!」

「あたれーっ」


 かたや援軍のロウアーコボルト四体は、高木と鈴原の矢に倒れ、全員が無力化していた。

 コボたろうはふらふらになりながら全ての敵、その喉に槍を突き立て、木箱へと変えてゆく。



《戦闘終了》

《5経験値を獲得》



 戦闘終了メッセージが俺達に安寧あんねいを運んできた。みな息をつき、弛緩しかんした空気が流れる。


 挟み撃ちにあった戦闘で倒したのは、マイナーコボルト二体とロウアーコボルト六体。

 マイナーコボルトの経験値は2×2の4、ロウアーコボルトの経験値は3×6の18。22の経験値を五人で割って、ひとり当たり4.4の経験値を入手した。



「そ、その、藤間くん、ありがとう」

「あ、いや、思ったより勢いよく突っ込んじまった。怪我してねえか?」

「うん、大丈夫だよ。えへへ、ありがとう」


 灯里の照れ笑いに思わず顔を背けると、高木に肩を組まれるアッシマーと、鈴原に心配されているコボたろうの姿があった。


「しー子、あんたやるじゃん! 助かったぁー」

「い、いえっ、ご無事でよかったですぅ……」


「コボたろう大丈夫? 無理させてごめんねー?」

「がうっ!」


 その様子を見て、オリュンポスを起動しながらコボたろうに駆け寄る。


──────────

コボたろう(マイナーコボルト)

消費MP9 状態:召喚中

残召喚可能時間:11分

──────────

LV3/5 ☆転生数0 EXP4/9

HP6/18(+8) SP2/12 MP2/2

──────────


「コボたろう、無茶させてすまん……! 大丈夫か?」


 鈴原となんら変わらない声をかけると、


「がうがうっ!」


 コボたろうは力こぶと笑顔をつくって俺に返してくれる。


「コボたろう、回復しようか?」

「ぐるぅ」


 灯里の声にコボたろうは首を横に振って、木箱とリディアのつくった簡易拠点がある泉の方を交互に指さした。


「もう召喚時間終わっちゃうもんな。アッシマー、鈴原、木箱頼むわ。一旦退かねえとやばい、コボたろうが消えちまう」


「はいですっ!」

「らじゃー!」


──


 泉のそばで安全を確保すると、コボたろうは俺たちに跪き、白い光とともに消えていった。

 その直前に「回復したらすぐ召喚するからな」と告げると、嬉しそうに顔を綻ばせていた。なにこれ、コボたろう可愛すぎでしょ。


 ともあれ俺達は泉の周辺にある石や汚れていない倒木に座り、休憩をとることにした。


 さっき召喚したのが昼前だったから、あれからもう二時間も経つのか。昼飯を食ってないから、そろそろ腹が空腹を訴えてもいい頃なんだが、朝が多かったから全然腹が減らない。──なんて思っていたら、


「あ、あのう……。みなさん、お昼ごはんはどのように……?」


 アッシマーがおずおずと声をあげた。高木、鈴原、灯里の三人は顔を見合わせて、


「あたしらべつにいいから」

「あはは……なにも考えずにきちゃったよー」

「しーちゃんも藤間くんも、もしお昼ごはんを持ってきてるのなら、私たちに気にせず食べてね?」


 あーそうか。この三人がとまり木の翡翠亭に住むことが決まったのは朝食後だから、こいつらは弁当を持ってねえのか。アッシマーは自分の革袋に視線をやりながら、遠慮しているのだろう、困った顔をしている。


 べつに腹は減ってないんだが、革袋から紙に包まれたフィッシュフライサンドを取り出す。

 長さ80cmほどのバゲットは、紙に包まれていると武器にすら見えるだろう。包みを解くと現れたフランスパンに三人は目を見開いて、


「でかっ! ……あんた、そんなに食べるん? 意外」

「さすが男子ー」

「ふ、藤間くんって、たくさん食べるんだね……」


 三人の言葉に、革袋に手を伸ばしたアッシマーの手が止まる。自分だけ食べる後ろめたさの次は、あんたもこんなに食べるの!? という声が怖くなったのだろう。


「や、こんなに食えるわけないだろ……。半分も食えるかわからん。誰か半分食わねえか」

「えー、いいのー?」


 即立ち上がったのは鈴原だった。俺の半分ってだけで嫌がられるかと思ったんだけど、意外だ。


「いいって。どうせこんなに食えねえし」

「わ、わたしのも食べてもらえませんかっ。わたしもそのう……お、多くて……」


 ここだ! と言わんばかりにアッシマーも立ち上がる。今朝こいつがこのフィッシュフライサンドを二本平らげたことを知っている俺は「嘘つけ!」と言いたくなったが、どうにかこらえた。 


 そんななか、リディアも召喚獣を引き連れながら戻ってきて、


「わたしのもよかったら」


 と、アイテムボックスから取り出した凶器のようなフィッシュサンドを、派手な装飾のついたナイフで切り分けはじめた。


「すげー! めっちゃうまそーじゃん!」

「タルタルすごーい! チーズもいい感じだよー」

「あっ……おいしい……! 本格的なパン屋さんの味……!」


 三本のフィッシュフライサンドは、リディアの手で18に分けられた。破片はやや歪。あまり器用ではないようだ。


 俺も一切れくらい食っとくか、と思ったが、リディアの召喚モンスターが俺の近くにわらわらと寄ってきて、俺に身体をこすりつけながら、手に持ったサンドイッチを興味深げに眺めている。


「……食うか?」

「透。召喚モンスターは食事をしない──」


 一切れをさらに半分にし、体調1メートルほどの巨大な赤いトカゲ──サラマンダーの前に差し出すと、舌を伸ばしてそれを掴み、もきゅもきゅと食べ始めた。

 咀嚼に合わせてほっぺがもちゃもちゃ動くのが可愛い。


「きゅいっ! きゅいっ!」

「おー、美味いか。もう半分も食うか?」

「きゅいっ♪」


 サラマンダーは俺の膝に寝そべり、もう半分も舌で掴んでゆく。頭や背中を撫でるたびにきゅいきゅいと嬉しそうな声をあげてくれる。


「きゃんきゃんっ!」

「っ……! …………!」

「…………」


 それを見たリアムレアム、ハルピュイア、ユニコーンが「わたしにも!」とアピールしてくる。


「ははっ……。お前ら順番な。ははっ」


 思わず顔がほころんで、心からの笑い声が口から漏れた。


 こんな笑い方をしたのは、どれだけぶりだろうか──


 みんなにあげるぶんのフィッシュサンドを手に取ろうとしたとき、何人かと目があった。

 灯里は俺をぽうっとした顔で見つめていて、高木と鈴原は「まーたムツゴ□ウがはじまったよ」と苦笑し、アッシマーはフィッシュサンドの残量を気にしていた。


 リディアはすこし悔しそうに「ぐぬぬ」と呻き、自分のために手に取ったパンを、


「たべる」


 と近くにいたサンダーバードに差し出した。彼、あるいは彼女は逡巡しゅんじゅんする素振りを見せ、やがてそれを黄金のくちばしついばんだ。


 咀嚼そしゃくしはじめたサンダーバードを見て、リディアは驚いたようにアイスブルーを見開く。


 よほど味が気に入ったのか、きゃっきゃと喜ぶサンダーバード。リディアの手が伸び、その頭をぎこちなく撫でた。サンダーバードは座りこみ、恐る恐るリディアに頬をこすり寄せてゆく……。


「どうして。……むねが、あたたかい」


 それを聞いて、俺まで胸が熱くなった。

 召喚モンスターが冷遇されているこの世界で、しかしリディアのこころには、きっと──


「リディアには、愛があるからだろ」


 道具のように扱われる召喚モンスターへの愛情が芽生えた。だからだろ──とそこまで考えてから、自分がどれだけ恥ずかしいことを、そしてどれほど生意気な言葉を口走ったのかと悔悟する。


「あ、わり、いまのやっぱなし」

「あい。これが、あい」


 しかし言い放った言葉は取り繕うことしかできず、リディアは俺の黒歴史に残るようなクサいセリフを反芻しながら、きっと──己の胸に沁み込ませてゆく。


「リアムレアム、ハルピュイア、ユニコーン、おいで。わたしが食べさせてあげたい」


 俺に密着していた三体の召喚モンスターは、それぞれ俺にもういちど頬をこすりつけた後、リディアのもとへと向かってゆく。



 以前、すこしきらいになったこの世界が、ほんのりとあたたかくなった気がした。

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