05-06-愛の盾
灯里、そして高木と鈴原がとまり木の翡翠亭に住むことが決定した。
俺とアッシマーが201号室、その隣の202号室がリディアと灯里、更にその隣の203号室に高木と鈴原が住むことになった。
とはいえリディアは外出中のため、灯里は一旦荷物を高木と鈴原の部屋に置き、ふたたび201号室。
女四名、男一名の非常に困った状況である。しかし先ほどリディアがいたときとは違い、いまの俺にはコボたろうがついている。
──というのに。
「うり、うりうり」
「く、くぅーん……」
コボたろうはアッシマーのベッドで高木にうりうりと撫でられまくって、困りきった顔をしていた。
「お、おい、高木、そのへんで……」
「んー、もうちょい。うりうりー」
ちなみにコボたろうは高木が近づくなり【HPLV1】【体力LV1】【防御LV1】をセットし、完全防御の態勢である。そのうえ俺に救いを求める目をしているんだが、どうにもダメだ。
以前、ありえないくらい暴言を吐いて、そのあといいやつじゃんって知ってしまったから、それが引け目となって高木たちに強く言えない。すまんコボたろう。
こんな状況を打破するには、俺みたいなモブじゃダメだ。たとえば──
「祁答院はどうしたんだよ」
存在エクスカリバーみたいなやつじゃないとどうしようもない。
「悠真くんは向こうに残ってふたりをなんとかするって。……あははー……押しつけてきちゃった……」
鈴原の顔に影がさす。それと同時に高木の顔も暗くなる。アッシマーがはわわわわとわたわたして、俺に抗議の視線を送ってきた。え、もしかして俺地雷踏んだ?
「ごめん、ね。……私の、せいだよね、きっと」
このなかでいちばん暗い顔をしているのは灯里だ。なぜ灯里のせいなのか俺には分からないが、仲良しのこいつらには分かるのだろう。
「そんなんじゃないし」
「伶奈は悪くないからね? 本当にウチが悪いのー。ごめんね……」
そうしてまた落ち込む。それを見たアッシマーが、
「あ、ああーっ、そうでしたそうでした! 灯里さん灯里さんっ、さっきのレア盾、鑑定していただいてもよろしいでしょうかっ」
不自然なくらい大きな声をあげた。一瞬驚いた顔をした灯里だったが、やがて柔らかく笑って立ち上がる。俺はアイテムボックスから『??????』表示の盾を取り出し、灯里に手渡した。
──────────
☆ブークリエ・ド・アモーレ (レザーシールド)
HP3 DEF0.45
(要:【盾LV1】)
─────
スキルレベル上昇:
【盾(↑LV1)】【防御(↑LV1)】
【回復魔法(↑LV1)】【愛(↑LV1)】
スキル習得:
インスタントヒーリングLV3
─────
盾ランク2、レザーシールドのユニーク。
一日に一度だけ、無詠唱で無償の【
──────────
「「「おー…………」」」
アッシマーの言うとおり、レア──ユニーク盾だった。
なんの変哲もない茶色な革の丸盾だったのに、灯里が鑑定した直後、茶色から桃色に変色し、盾の中央に赤いハートの模様が浮かび上がった。
「なんだこのファンシーな盾……」
触ってみると材質は間違いなく革。……なんだけど、めっちゃピンク。もうピンク髪にしたあのイケメン芸能人と同じくらいピンク。
俺がドン引きしていると、高木、鈴原、灯里が顔を寄せあってなにやら言っている。俺がそちらに胡乱の目を向けると、
「あ、いや、これ凄い色だから覚えてたんだけどさ」
「これ、とても高価なものだよ」
なんでもパリピグループ六人で
「接戦だったよねー。20シルバー! 22シルバー! って」
「え、なに? マジで? そんな高いのか?」
「結局34シルバーで落札してたの。だからこの盾、すごく良いものだよ」
「「34シルバー!?」」
俺とアッシマーの声がハモる。34シルバーつったら3万4千円だろ? すごくね?
レザーシールドのスペックがDEF0.45。この盾は3のHPが追加で上昇するだけだ。しかしこの盾が高価になる理由は、特殊効果である、一日一回だけ無償で使用できる【インスタントヒーリング】にあるらしい。
「【盾LV1】さえ習得していれば誰でもヒーリングが使えるから人気なの。六人パーティでこの盾を六枚所持していれば、それだけでヒーリングが六回使えるっていうことだから」
「ちなみに一枚の盾を何人かで使い回すことはできるのか?」
「できないみたいだよー。この盾がたくさんあっても、インスタントヒーリングは一人一日一回だってー」
よどみなく答える鈴原。
「……訊いておいてあれなんだけど、やけに詳しいな」
「だってあたしらそのへんの冒険者に訊いたし」
当然のようにそう返す高木。
くっ……! これがパリピ……! 普通そのへんの冒険者に訊くとか怖すぎて無理ゲーだろ。
ともあれこの盾がすげえものなんだってことはわかった。
しかしこれがどれだけ高価なものであったとしても、俺たちにはあまり関係がない。
「アッシマー、さっき【盾LV1】のスキルブック買ってたよな」
「はいぃ……買いましたけど……」
「んじゃ、ほれ」
アッシマーにファンシーな盾を渡す。「三人とコボたろうでゲットしたもんだけどいいよな」と振り返ると、灯里は微笑んで頷いてくれた。
灯里の肩越しに、高木と鈴原の唖然とした顔が見えた。
「はあぁぁぁああああああああ⁉ だ、だめですよぅ! こんな高価なもの、頂けませんっ!」
絶叫するアッシマー。ピンクの盾を俺に押し返してくる。
「頂けません、じゃねえんだよ。装備しろって」
「で、でも……。ううっ、この盾を売って、全員のスキルブックや装備を整えたほうがいいんじゃないですか?」
アッシマーの言うこともわかる。
手に入れた金はすぐスキルブックに消えちまうし、イマイチ装備も整わない。金があれば解決するし、なによりも無人市場で意思を購入すれば、ふたりめの召喚モンスターが得られるのだ。……もっとも、俺のMPが追いついていないのが情けないところではあるが。連続召喚はおろか、多分召喚疲労でぶっ倒れてしまう。
コボたろうが闘っているあいだ、あれだけやることがないかと探した俺だ。当然、アッシマーが自分にできることがないかを探していたことも知っている。
そしてアッシマーは、盾を選んだ。
俺たちの剣である灯里を護る盾であることを選び、身を挺して、凶刃──ロウアーコボルトの矢から、ことごとく灯里を護ってみせた。
馬鹿野郎。
灯里だけじゃねえ。
お前にも矢が命中したら、どうすんだよ。
それが怖くて、思わずさっき、コボたろうと同時に飛び出した。
HPが3増えて、一日一回とはいえ、自分でもヒーリングが使えるのならば……。
『は、はうぅぅぅ……痛いですぅ……』
いやな妄想。
アッシマーに命を穿つ矢が突き立つ光景。
アッシマーが痛みに顔を歪める光景。
アッシマーが緑の光に包まれてゆく光景。
「いいから装備しろ。装備しないならこの盾捨てるぞ」
「は、はわわわわ……! わ、わかりましたぁ……! そ、装備します、しますからっ!」
そんな危ないこと、しないでくれよ。
──言えるわけがない。闘いに身を置く以上、そして無防備に己を晒して詠唱する灯里を前にして、そんなことを言えるわけがない。
「えへへ……。じゃーん☆ 似合ってますか?」
「あざというえに趣味の悪さが相まってヤバすぎる」
「がびーん!! 藤間くんちょっと理不尽すぎませんか!?」
そして、34シルバーだろうが340シルバーだろうが3400シルバーだろうが、受け皿にどれだけのものが積まれようと、もう片方にお前が乗る天秤は、揺らぎはしない。
「あっ、あのっ、そのう……ふ、藤間くん?」
「あ、悪ぃ」
気づけばアッシマーを見つめていた。
誰かに袖を摘まれ、振り返ると灯里が涙目で頬を膨らませている。
決して揺らがないと思ったばかりの俺の天秤は、しかしその顔を見た途端、不安定にぐらぐらと揺らめいた。
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