05-05-許せないものと色褪せない記憶

 高木と鈴原の訪問。

 灯里は話が長くなりそうだと判断したのか、窓の外から俺に「あげていい?」とジェスチャーする。

 べつに俺に訊く必要なんて無いんだけどな、なんて思いつつ手招くと、三人はホッとした顔をして部屋にあがってきた。



「もうマジでありえないし! マジムカつく!」


 高木は唾を飛ばさんばかりに状況を説明する。


「ウチが悪いんだよー。ごめんね、亜沙美まで巻き込むつもりなんてなくてー」

「香菜が謝る必要なんてないっしょ。悪いのはあいつら。友達のコトあんなふうに言われて、もーマジ顔も見たくないってなったし!」


 どうやらパリピグループで内輪もめがあり、鈴原と高木はグループを抜けてやってきたというのだ。


 ──すべての荷物を持って。


「伶奈、あんたストレージボックスに何も入れてなかったよね? これ、伶奈の荷物」

「う、うん、ありがとう」


 戸惑ったままそれを受け取る灯里。


 人の心がわからない俺でもさすがに分かる。

 この流れは──


「そ、それじゃ、それだけだから」


 ──あれ?


 そう言って、すごすごと部屋を出ていこうとする高木と鈴原。それを灯里が引き止める。


「香菜ちゃんも亜沙美ちゃんも待って。……これからどうするの?」

「どうって……あはは、どうしよっかー」

「なんとかなるっしょ。敵が一体なら、遠くからだったらあたしと香菜のふたりだけでもモンスター倒せるし。お金稼いで宿屋探すかな」


 どう考えても、ここに住む流れだと思ったんだけど、違うのか。

 ……まあ俺が口出しすることじゃねえし、べつに──



「あのさ、ここも宿なんだけど」


 未だ部屋に残っていた女将が、にいっと口角を上げた。

 この眼は──


「住むとこ無くなったんでしょ? ウチ来なよ。まあ多少ボロいけどさ、安いしご飯も美味しいよ」


 俺たちに食事を勧めるときの眼だった。要するに、眼がかねだった。


「あ、ん……どーすっかな……」

「お言葉はありがたいけどー。あはは、どうしようー」


 ふたりは困ったような顔をして、俺のほうをちらちらと見やる。


 なんで俺?


「高木さん、鈴原さん、だいじょうぶですよ」


 そんなときに、俺の隣にいたアッシマーが口を開いた。視線がアッシマーに集まる。


「わたしも藤間くんも、だいだい、だーい歓迎ですっ!」


 飲んでいた水を噴いた。

 「部屋を汚すんじゃないよ」と女将に睨まれた。そうして俺がぺこぺこと頭を下げているうちに、


「い、いいの?」

「ほんとに?」

 

 鈴原はともかく、高木までもが弱々しい声を出して、アッシマーと俺を交互に見やる。


「歓迎なんて……ぐぼっ」


 口を開きかけた俺の脇腹に、女将の拳がそっと触れた。触れただけだというのに、身体を貫かれたように戦慄がはしる。え、なに、この女将、車とか拳で壊せちゃう人? ボーナスステージで車ボコボコにしてオーマイガーとか言われちゃう系?


「……つーかなんでさっきから俺のほうをちらちら見てくるんだよ。好きにすりゃいいだろ?」


「あ……いやだってさ。あんた、あたしらがこっちに住むの、イヤじゃない?」


「べつにいやとか思わねえよ。……まあ少し抵抗あるけど」

「それ同じ意味だから!! あんたこの流れでちょっと正直すぎない!?」


 高木ががびーん! としなやかな身体を伸ばしてツッコんでくる。痛い痛い。脇腹痛い。女将が拳に力を入れるんで脇腹が痛い。


「正直ついでに言っちまうけど、べつにお前らのことはいやじゃねえ。つーかぶっちゃけいろいろ言い過ぎたぶん、申し訳なく思ってる。でもあれだろ? お前らが仲直りして、こっちのほうが良いってわかったら、あのふたり……名前はわかんねえけど、あいつらもこっちに住むってなりそうだろ? それがいやなんだよ」 


 謝って済まされることじゃないけど、かつての暴言を、こいつらは許してくれた。それには感謝してる。

 一緒に何度か採取をしたり、戦闘をしたりして、こいつらが良いやつ……というか、俺とアッシマーに攻撃的じゃないってことはもうわかってる。


 小学校、中学校とパリピに虐められ続けてきた俺が、パリピとか陽キャとか陰キャとか、そうやって単純に分け、こいつらが悪だと思ってしまったかつての自分を恥じた。

 だからこいつらふたりと祁答院ならなんとも思わない。


 ……でも、あいつらは。


 しかし『あいつらがこっちに来るのはいや』というのは結局、俺が中学校までされていたことをやり返してしまうだけなのではないか。

 散々ハブにされてきて、つらい思いを味わった俺が、結局ハブにする側にまわってしまうのではないか。


 でも。


 ──それでも、あいつらふたりは、べつだ。

 あいつらは、俺を虐めてきたパリピ像となにひとつ違わず、見下してきた。


 それだけならばまだしも、


『あれ地味子じゃね?』

『あー、ならべつにいいわ』


 あいつらは、きっとこの先、アッシマーを傷つける。


 人は傷ついて強くなるという。

 雨に濡れ、風に吹かれ、踏まれて強くなる雑草のように。


 それでも、許せない。

 アッシマーがあいつらに傷つけられるのは、許せない。



「だからべつに俺の意見なんて必要ない。もしもあいつらがここに住むのなら、俺はアッシマーを連れてここを出る」


 それは灯里にも言った言葉。

 アッシマーの意見も聞かずにこんなことを口にするのは抵抗があったし、勇気の要ることだった。


 けど。


『き、キモくない、です』


 濁った瞳を閉じれば、しかし鮮明に蘇る。


 あの日の背中を、あの日の勇気を、あの日の震える肩を、そしてあのときの胸の高鳴りを、俺は、一日、一時間、一分、一秒たりとも忘れていない。


 いつまで覚えているつもりなのだろうか。


 きっと、どれだけのときが過ぎても、色褪せない。


 そうありたいと、そうであってほしいと、心から思う。



 そして、生まれてはじめて、俺が自分より大切に思った少女を、絶対に守りたいと。

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