07-藤間透が立ち上がって何が悪い

07-01-だんご大家族

──────────


「あと百年で現代人も魔法が使えるようになる」


 専門家はそうテレビ越しに言う。


 時代の進化に伴い、現代は科学技術を、アルカディアは魔法技術を発展させてきた。


 我々は異世界勇者としての力をアルカディアへ提供し、アルカディアからは、高名なところで言えばギアやイメージスフィアといった魔導具まどうぐを提供され、救済と相互発展の関係を築いてきた。


 異世界勇者の報酬──つまり金に替えるチェンジャーも、科学の力があるとはいえ、アルカディアの協力がなければまず開発されることはなかっただろう。


 世界は『アルカディア』をビジネスとして捉え、イメージスフィアの販売、安くないスフィアシアターでの売上が財政を潤すようになって久しい。


 安全な場所からアルカディアでの砲煙弾雨ほうえんだんうを眺め、カウチポテトで人間の生き死にというスリルを味わう。これ以上ない愉悦であろう。


 自分はそれをどうこういうつもりはない。そういう人間がいるからこそ、その売上があってこそ、異世界勇者である自分たちが金を得ることができるのだから。


 現代には魔導具により、少なからず魔法の力が浸透している。

 しかしアルカディアにおいて、科学技術はまったくと言っていいほど伝わっていない。


 水道さえ通っていない街並み、自動化はおろか、工業化すら進んでいない社会。

 民心も古代ローマ、良くて中世ヨーロッパで止まっている。

 貧富の差は著しく、奴隷制度だってある。召喚モンスターへの冷遇だってある。


 イメージスフィアを閲覧するのは、腹の肥えた中年だけでなく、その家族である児童だってじゅうぶんにありえる。奴隷や貧富の差を赤裸々に晒したのでは、思想に悪影響が出るのではないか。


 すなわち、イメージスフィアの販売やシアターでの上映の前に、イメージスフィアの閲覧に年齢の制限をつけ、そして世界はもっとアルカディアに寄り添うべきなのだ。

 ビジネスとしてアルカディアを捉えて必要最低限の技術や思想の提供をするのではなく、出し惜しみせずにアルカディアの発展について考えるべきだ。そうしてこそ、真の相互協力関係になり得るのではないか。


 アルカディアはモニター内の世界ではない。我々と同じ人間が生き、死に、喜び笑い、涙する──同じ世界なのだ。


 アルカディアでの人々の生活は、イジメや児童虐待が蔓延はびこる世界の昨今を風刺しているようにさえ見える。



1-A 藤間透


──────────



「皆、拍手を」


 パラパラと、一部からはパチパチと乾いた音が聞こえてくる。


「藤間、着席」

「………………はい」


 俺は茹でダコのような顔をしたまま、安物の木椅子に腰を下ろした。

 

「えー、たったいま紹介した藤間の文だが──」


 本日最後の授業、LHRロングホームルーム

 担任である西郷さいごうがタブレットを操作し、黒板に俺の文を抜粋して書いてゆく。



 ふ、


 ふ、


 ふっざけんなよマジで……!


 なんでよりによって俺なんだよ! もっといい文とか考えとか書くやついっぱいいるだろ!? 祁答院けどういんとか祁答院イケメンとか祁答院顔面エクスカリバーとか何人もいるだろ!? くっそ祁答院の席を睨んだら笑顔で手を振り返されたよ! なんつーイケメンだよこの野郎!


 終業のチャイムが鳴っても、俺の赤面は続いた。もういい。帰ろう。帰ってモンハン(モンスターハンティング)しよう。そうしよう。


 ……っと、違う違う。



 誰よりも早く教室を出て、まだ人影の少ない校門を抜ける。

 近くの公園ですこし待っていると、向こうから相手がやってきた。


「藤間くん、足速いですぅー」

「だって一緒に帰ってるところを見られて噂されたらなんかあれだろ」


 待ち合わせ……というほどのものではないが、向こうからどべどべと鈍くさく走ってきたのはアッシマーだった。


「んじゃいくか」

「はいですっ。……それにしても珍しいですねぇ」


 本当にな。どうかしてるよな。

 


 ──俺が、アルバイトなんて。


──────


「おー沁子ちゃん! そいつが噂のカレシかい?」

「お、伯父おじさんっ、違いますよっ! 藤間くん、違いますからね⁉」

「わかってるから露骨に右胸だけ隠すのやめろよな」


 学校から徒歩15分。


 アルカディアでの稼ぎを現実の金に回したのでは強くなれない──そう思っていた俺は今日、アッシマーが伯父のパン工場で働いていると知り、俺も働かせてほしいと申し出たのだ。


 アッシマーの伯父ならきっと、コミュ症の俺でも長々とした面接なんてしないだろうし、なにより工場なら、こんな俺でも、もしかするとなんとかなりそうだったからだ。


 アッシマーの伯父ということで、失礼ながら小さな町工場を想像していたんだが、それよりもはるかに大きな、スタッフ用のエレベーターまでついた四階建て。


「藤間透です、よ、よろしくお願いします」

「おう、工場長の足柄山だ。今日は見学だけか? それとも働いていくか?」


 工場が大きければ工場長も縦横にでかい。そんなアッシマーの伯父から名刺を渡されながら、なんでもないように問われる。


 ──素晴らしい。両親の押印も必要とせず、即採用の流れ。コネって素晴らしい。


「働かせてもらえるのなら働きたいっす」

「うし。ならハンコはあるか? かんたんな書類だけ書いといてくれ。沁子ちゃん、着替えた後、教えてやってくれるか?」

「はいですっ」


 そういってアッシマーは奥の扉へと姿を消す。

 事務所には巨体の工場長と俺だけが残された。



「なあ」


 工場長は急にもじもじとして、忙しなく厳つい視線を泳がせる。


 アッシマーの伯父、足柄山一発あしがらやまいっぱつ工場長は高い身長、ゴツい身体にスキンヘッド。そんな厳つい男が、両手をごにょごにょと女々しく絡めて、


「沁子のやつ、学校で元気にやってるか。その……虐められたりしてねえか」


 思いもかけぬ弱気で優しい言葉に、俺の緊張は幾分か和らいだ。


「そのよ…………あいつ、トロくせぇだろ? だからどうなのかなってよ」

「はい。今日も友達と笑いながら昼飯を食ってましたよ」


「おお…………! おお、そうか……! 友達か! どんな子だ? 女か? 女だよな? ……なんだてめぇコラ、なに笑ってんだ」

「あ、いや、すみません。全員女子です」


 緊張が溶けた安堵と、工場長の身体に似合わぬ様子から、思わず口元が緩んだ。


 ──よかった。アッシマーには、こんなにも心強い味方がいたんだ。


─────


 くるくる。くるくる。

 くるくる。くるくる。


 バイトが始まって小一時間。

 俺は延々とみたらしだんごをひっくり返していた。

 タレの河を泳いでくるだんごたち。まんべんなくタレが行き渡るように、俺は全力でひっくり返す。


 くるくる。くるくる。

 くるくる。くるくる。


「なんで俺、パン工場でだんごひっくり返してんだよ……」

「私語厳禁」

「すいません」


 俺は白い服に白いエプロン、白いマスクと白い帽子に着替えさせられ、パン工場で和菓子コーナーという謎な部門にあてがわれていた。


 パン工場といっても、つくっているのはパンだけではない。

 ほら、だんごってコンビニとかに100円くらいで売ってるだろ? 今度確認してみるといい。大抵、春のパン祭りをしていそうな会社名が書いてあるから。


 それはそれとして、もうこの服装になると誰が誰だかわからない。

 いま私語厳禁だと咎められてはじめて、向かいの人物が女性だということを知った。


 くるくる。くるくる。

 くるくる。くるくる。


 脳内に、よく知る曲の歌詞が思い浮かぶ。

 三兄弟じゃ泣けないのに、大家族になった途端に泣けるのはどうしてだろうか。


《藤間透、ドーナツフォロー頼む》


 スピーカーから自分の名前が聞こえたが、勤務初日の俺にドーナツフォローとだけ言われても、どうしようもない。

 困って視線を巡らせていると、向かいの女性が手袋に包まれた人差し指を気だるげに伸ばして、


「ドーナツはあそこ。すぐ行って。手袋は二重ね」


 そう教えてくれた。

 

「はい、ありがとうございます」


 頭を下げ、指を指された場所へ向かう。

 あーくそっ。だんごをひっくり返すの楽しかったのに……。


「藤間透です」

「そこ登って。この棒でひっくり返して」

「はい」


 同じく女性らしき白装束からごく簡単な説明を受け、今度は油の海を泳ぐドーナツをひっくり返してゆく。

 長い棒をドーナツの穴に引っ掛けて、くるりんことひっくり返すのだ。

 うっわ熱っ……手袋四重くらい必要だろこれ……。


 その後一度休憩を挟み、モンブランに栗を載せたり、チョコレートケーキにチョコのプレートを刺したりしていると、いつのまにか終業時刻の22時になっていた。

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