06-14-誓いの空
灯里とふたりで歩く通学路。
長い坂道の途中、右ポケットからキーンコーンと音が鳴った。
「藤間くん、RAINじゃないかな?」
「俺に限ってそんなことは──ぐあ、俺かよ」
──────────
藤間くん、おはよう。
金沢はあいにくの雨よ。千葉はどうかしら?
──────────
七々扇は灯里に手を引かれ、こちらに残った。
そうして気づけば『とまり木の翡翠亭』に一人部屋を取り、女将を喜ばせていたのだ。
───
七々扇を加えたいつものメンバー、いつもの自室。
灯里から聞いた話は衝撃的で、そもそも記憶があやふやな俺にとっては信じられないことも多々あった。
俺の幼なじみだった七々扇綾音は、当然妹の澪とも幼なじみで仲が良かった。
獅子王龍牙は七々扇が俺に告白したという事実をどこかで知り、それが面白くなかったようで、俺へのイジメが始まった。
そして俺の心の拠り所である七々扇を寝返らせることで、俺を潰そうとしたのだ。
「獅子王が澪に……。七々扇は澪を守ってくれていたってことだよな。……すまん。知らなくて、酷いことをたくさん言っちまったかもしれねえ」
「そんな……藤間くんがどうして謝るの。悪かったのはどうしていいか分からなくなった私だもの。なにも言えなくて……そしてなにもできなくて、本当にごめんなさい」
当時、あれだけ憎んだ七々扇も獅子王の被害者だった。
それを知ってようやく、自己防衛による鎖のような記憶の封印が解けてゆき、引越しの日、ミラー越しに見えた土下座していた女子が七々扇だったことを思い出す。
「じゃあなに? ツンツン頭が言ってた、その……藤間の傷害事件ってのは?」
高木が俺に申し訳無さそうな視線をちらちらと送りながら、しかし好奇心が勝ったようで、灯里に問いかける。
「飼育委員の大桑さんの話だと、小屋内で藤間くんがふるった暴力は二件のみ。見張りへの一撃と、獅子王への攻撃だけ。ほかは掴みかかってきた人を振りほどいたり、その……背中に火傷の痕がついたときに暴れただけだよ」
「大桑? なんで大桑が……」
「藤間くんは知らなかったかもしれないけど、あのとき大桑さんも暴力を受けていて、小屋の隅で震えていたらしいの」
「そう、だったのか……」
俺は大桑がもともと獅子王の手先で、飼育小屋の鍵を獅子王に渡したのだと思い込んでいた。でも、あいつも被害者だったのか……。
「ウチからもいいー? どうしてその獅子王って人は藤間くんをそんなに恨んでるのー? あと朝比奈って人もー。周りの生徒も少し従順すぎじゃないー?」
「そればかりはふたりに訊かないと分からないかな。周りの生徒は被害者になるのが怖くて、加害者になってたって」
人はいつだって自分以外に犠牲を求める。
獅子王に逆らえば──あるいは、俺が犠牲じゃなければ自分が犠牲者になってしまう。
だからいまの
ほんと、クズばかりだ。
「あ、あのぅ……。わたしからもよろしいでしょうか……」
アッシマーが控えめに手を挙げた。
「石川県の金沢市で起こった事件なんですよね? どうして灯里さんがご存じなのでしょうか……? こんなことを訊いてはいけないのかもしれませんけど……灯里さんってなにものなのでしょうか……?」
「うん……。そう、だよね。……ここからは、私が謝る番だよね」
そうして灯里は俺の過去を調べていたことを俺に謝罪した。
その理由に赤面こそしたものの、俺はべつに怒りなんて沸かなかった。
───
「むー。こっち見てくれないー。遅刻しちゃうよ?」
「や、警視総監の娘の前で歩きながらギアいじってRAIN返すわけにはいかないだろ」
「じゃあせめてこっち向きながらとか」
「無理に決まってんだろ……」
勝手にあれこれ調べられたけど、怒りなんて湧くはずがない。
だって、灯里がそうしてくれていなければ、俺は獅子王からみんなを守るため、独りぼっちに戻っていたのだから。
それに──
『私、藤間くんのことがもっと知りたい。藤間くんにも私のこと、もっとよく知ってほしい』
いつかの砂浜で。
あのしじまで聞いた灯里の言葉が蘇って。
俺の真っ暗な過去を知ってなお、お前は俺の傍に居てくれるから。
──今度は、俺がお前のことを知る番なんだ、って思う。
──────────
七々扇綾音:
藤間くん、おはよう。
金沢はあいにくの雨よ。千葉はどうかしら?
──────────
藤間透:
曇り
──────────
「あー、女の子にその返事はないと思うなぁ……」
平気な顔で俺のギアを覗いてくる灯里。
──そういえば最近、改めて知った。
「お前ってやっぱり意外と面倒くさいよな」
「め、面倒くさい!? そんなことないよ!? ない…………よ? …………。……そうかな。面倒くさいかな……。むしろ女の子って面倒くさいよ?」
「すげえ、俺もびっくりな渾身の開き直りを見た。陰キャポイントを1ポイントやろう」
「わわ、貯まるとどうなるの?」
「100ポイントで陰キャになれるぞ」
「要らないよ! もう、早く行こうよ!」
そうして灯里は俺の隣から二、三歩だけ先んじる。
まるで、俺の往く道を照らすように。
「…………ありがとな」
昨日、闇に堕ちずに済んだのは、灯里のおかげだ。
お前が、俺のあかりになってくれたから。
感謝の気持ちに似合わない小さな呟きは、あいにくの曇り空へシャボンのように溶けてゆく。
「ん? なに? なんて言ったの?」
「っ…………ざけんなお前ラノベ主人公かよ陰キャポイント10ポイント追加だ追加」
無駄打ちに終わった小さな勇気を誤魔化すように、歩きながら首だけで振り返る灯里にまくしたてる。
そんな俺に灯里は歩みを合わせ、ふたたび隣に並んで俺の耳に顔を寄せてきた。
「どういたしまして」
「ばっ…………このやろ…………」
ばっちり聞こえてんじゃねえか。
たったいま知った。
案外いい性格してるわ。
こうやって、知ってゆく。
俺は、灯里を、ゆっくり知ってゆく。
「あっ、すごい! 天使のはしごだよ、藤間くん!」
「んあー……?」
雲の切れ間から差す光。光線のような現象を、人は天使のはしご、あるいは──
「陰キャポイント減点な。陰キャはこういうの、厨二っぽく『エンジェル・ラダー』って言うんだよ」
「理不尽だよ!? それにポイントの仕組みがすでにブレブレ!」
もしくは「くっ、俺には眩しすぎる──」と空に手を翳し、そうしながらも、指の隙間からチラとその美しさを愛でるだろう。
しかし、俺は──
──うさたろう。
守ってあげられなくて、本当にごめんなさい。
弱い俺は、お前のことを思い出しては忘れ、自分を保ってきた。
──でも、もう忘れない。
俺の痛みを、お前の痛みを、俺は忘れない。
俺が漠然と、強くなりたい、無双したいって思うのは。
お前みたいなやつを、獅子王みたいなやつらから今度こそ守りたいからだったんだって、いまならはっきりとわかるよ、うさたろう。
そして俺が召喚士になったのは、
俺は、強くなる。
コボたろうとコボじろう、そしてこれからの道を共に歩む幾千の召喚モンスターと一緒に。
見ててくれよ、うさたろう。
お前を胸に抱えたまま、俺は誰よりも強くなってみせるから。
「伶奈ー! 藤間ー! おはよー!」
「あっ、亜沙美ちゃんおはよう!」
「おっす……って、痛ってぇ」
後ろから高木の声が聞こえ、今日は名前を間違えてないじゃねえかと挨拶もそこそこに振り返ろうとすると、肩に結構な勢いで通学鞄をぶつけられた。いやなにこれ、割とマジで痛いんだけど。
「んー? どっかで見たけど、JKの鞄はご褒美なんでしょ?」
「アホか。そんなのは二次元に限るんだよ」
「うっわキモ」
「なあお前いくらなんでも口悪すぎない?」
「いやいや、アホって先に言ったのあんたでしょ。一対一ね。ノーカンね」
「割に合わねえ……」
どう考えても俺が被るダメージのほうが多いような気がするんですが。
俺がげんなりした顔を送ると、高木はにししー、と屈託のない笑みを返す。
「ふ、ふたりとも、仲いいよね……」
灯里が上目遣いの視線を俺たちふたりにちらちらと送る。
「「んなわけねーし」」
非常に気に障るハモリかたをした俺たちは睨み合う。
「は?」
「あ?」
「ほら、息ぴったり」
「いやあたしが言うならわかるけど藤岡に言われるとムカつく!」
「ざけんなコラ。しかも藤岡ってどんな間違えかたなんだよ。わざとか? やっぱわざとなのかコラ」
唾を飛ばすほどの言い合いがはじまろうとしたとき、空が一度煌めいた。
俺たちはたったいまのやり取りを忘れ、空を見上げた。
「春雷かな?」
見上げた空で、エンジェル・ラダーが閉じてゆく。いまの光は別れを惜しむ最後の輝きだったのかもしれない。
うさたろうはもう、こうやって俺たちみたいに空を見上げることはできない。
──でも。
「お前はもう、空にいる。そして、
胸に一度ぶつけた拳を天に向かって突き上げる。
「ふ、藤間くん? その眼……? えっ……えっ!?」
「ふ、藤間、あんた……眼が、腐ってない……」
──俺、強くなるから。見ててくれよな。
「ぷぅぷぅ」
切れ間が閉じる刹那、うさたろうが雲の隙間から最後にもう一度俺に懐き、雲も風をも
(了)
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