06EX-空の彼方
06-13-別れの空
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悪事千里をはしるとはよく言ったもので、昨日の夕方にリークされたらしい情報は、一晩でネットニュースに載った。
「おはようっ」
「……お、おはようさん」
いつもの交差点で、長い黒髪のリーク元と出くわした。なんだか照れくさくて顔を逸らす。真っ直ぐ灯里の目を見ることができない。
「むー」
目をそらすと、とてとてとそちら側に回り込んできて、えへへぇ……と破顔する。なんなのこれ。なんでこんなにかわいいの? そんなことされると、また顔を背けるしかなくなるじゃねえか。
そうしてもまた灯里はそちらに回り込むだけ。ならば、と俺は口を開いた。
「なんかあれだな。……すげえ迷惑かけて悪かったな。お前んち、いま大変だろ」
「世論は真っ二つかもね。また警察内部の不祥事だと叩くか、それとも自ら内側の毒を告発した気骨の士だと見るか。でも、大丈夫だよ。お父様は正義と家族のためなら、いくらでも頭を下げられる人だから」
じつに立派だが、それはそれで職権乱用なのではないだろうか。
悪を裁くのは悪──
一見乱暴な言葉だが、それは意外と現代社会を表すに相応しい言葉なのかもしれない。
───
「なんなんだよマジで……! オンナァ……!」
唖然とする俺に、顔を紅潮させて歯軋りする獅子王、そして一切怯むことなく立ち向かう灯里。
「獅子王龍牙。あなたは獅子の王でも龍でもない。虎の威を借る狐であり、しつこい蛇でしかない」
怒りで拳を震わせる獅子王。なおも続ける灯里を庇うようにして、アッシマー、高木、鈴原の三人が前に出る。
さらに庇うように前に出たのは──
「あなたは終わりよ。あなたの強さの源である獅子の王も、龍の牙も、彼女に刈り取られてなにも残っていない。一度くらい頬を張ってあげたいほど苛立っているけれど……親の力に頼れないあなたには、その価値すらないわ」
ついさっきまで獅子王の側にいて、灯里の手によりこちら側にやってきた──七々扇綾音だった。
なんだこれ、わけがわからねえ。
「七々扇ィ……テメェ、裏切りやがったな……!」
「裏切る……? 馬鹿なこと言わないで。私はあなたに脅迫されて仕方なく行動を共にしていただけ。味方だと思ったことなんて、これまで一度もなかったし、そう思わせる魅力もあなたには存在しなかったわ」
「テメエッ……」
わけがわからねえ。
獅子王に灯里が立ち向かって、
三人が灯里を庇って、
敵だと思っていた七々扇が獅子王の前に立ちはだかった。
そのいちばん後ろで、唖然としている俺。
なんだよ。
お前らを守ろうとした俺が、やっぱりお前らに守られてるじゃねえか。
獅子王が勢いよく振りかぶった。
わけがわからねえ。
話も見えねえ。
こいつらがなにを知ってるのかもわからねえ。
──でも。
一番最初に立ち向かった灯里──その力の淵源が俺であるのなら……!
七々扇に向かって繰り出された獅子王の拳を──
「ここで立ち上がれなきゃ、なにより俺が男じゃねえっ……!」
俺の手が受け止め、手のひらでどうしようもないほどつまらない音が鳴った。
「藤間透…………!」
むき出しの憎悪。
敵意に満ちた視線。
なんだなんだとギャラリーが集まってくる。絶望に忘れた喧騒が
「藤間ァァァァ……!」
俺が受け止めた拳に力を込める獅子王。
チートに頼るなんてダサいなんて吐き捨てて、
他人に貰った力はみっともないと遠ざけた。
──でも。
灯里の力の源が俺ならば。
そして、俺の後ろにいてくれるのが、こいつらならば。
「うおおおおおおおっ……!」
「こ、こいつっ……!」
敵なんて、さらにねえっ……!
俺の手のひらが、押し返す。
20cmの体格差をものともせず押し飛ばし、獅子王はたたらを踏んで尻もちをついた。
「殺すっ……! 殺す殺す殺すッ!」
獅子王は勢いよく立ち上がり、アイテムボックスのスキルを持っているのか、虚空から抜き身の大剣を取り出して中段で構えた。
「「「ひいいいいいっ!」」」
喧騒は賑わいから興味へ、そして恐怖へと転じ、遠ざかってゆく。
「そのツラ、気に入らねえんだよッ! 底辺のくせにいつもオレを見下しやがって!」
「べつに見下したことなんてなかった。──でも、いまは完全に見下してる。お前……こんなに弱かったんだな」
「藤間ァァァァァァー!!」
俺は……こんなやつに、怯えていたのか。
女子たちに下がれと手で命じ、踏み込んできた獅子王の大剣が夜のエシュメルデ──その片隅を真横に切り裂いた。
獅子王は、それだけだった。
大きく退がってかわし、大きく踏み込んで放たれた俺の拳が、獅子王の腹に深く食い込んだ。
「げ、げえええええぇぇ…………」
胴突きを受け、身体を『く』の字に曲げる獅子王。
「しっ…………!」
下がった頭に面蹴り──空手ではよく使われる連撃を受け、獅子王は俺に喉仏を見せるように天を仰いで膝から崩れ落ち、頭をくらくらと揺らめかせて仰向けに倒れた。
かつて父親に習わされた空手を、武道ではなく暴力に使ってしまったことを、いつの日か深く悔悟した。
だから俺は、拳と脚を使うことをやめた。
でもいまは、なんの後悔もない。
悪になると決めた俺だ。
こいつらを守るために使う力に、塵芥の後悔も存在しない。
「はぁぁぁあああああ!? ちょ、ちょっとお! なにあっさりやられてるんですかぁ! …………ひっ……!」
残る敵は、朝比奈芹花。
彼女が救いを求めて視線を送る相手は、望月慎也と海野直人。
彼らは俺と朝比奈、高木たちと倒れた獅子王に視線を彷徨わせながら、露骨に狼狽えているだけ。
ゆらゆらと近づく俺に、後ずさる朝比奈。
俺の腕をなにかが掴んだ。
アッシマーが俺の腕を抱き締めるように引き止めて、泣きそうな顔で哀願するように首を横に振っている。
──わかってるよ、アッシマー。
ここで朝比奈に手を出せば、俺は獅子王と変わらないクズ野郎だ。
だから、二度とツラを見せるなとだけ言うつもりだった。
しかし、朝比奈に今のやりとりが伝わるはずもなく──
「藤間くん、許してもらえませんか? …………一回、タダでさせてあげますから」
──目眩がした。
情けなくなった。
俺はいっとき、こんな女のことが気になっていたのかと。
怒りが募った。
その、喋りかたに。
アッシマーのあざとい喋りかたが嫌いだった。
忘れようとした、朝比奈の醜い媚びを思い出すから。
でも、いまは違う。
朝比奈の媚びが、アッシマーを穢しているように感じるから。
「吐かす気か。罰ゲームでもごめんだよ、お前みたいなケツガバメス豚クソビッチ。一生ホモモ草でオナってろ」
朝比奈の顔が、おそらく怒りで紅潮した。俺は朝比奈に背を向けて、朝比奈にまつわる陰鬱な過去に別れを告げた。
「店の前、騒がせてすいません。コボルトの意思を売って欲しいんすけど」
その後、朝比奈は捨て台詞を残して去っていった。望月と海野は数度視線を彷徨わせた後、獅子王を引きずって朝比奈の背中へ駆けていった。
そして、いま──
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