06EX2-あかり

06-12-結──あかり


 愛って、なんだと思う?



──



 自室にて三船さんの話を聞いた私は、今日三度目の涙を流した。

 わんわん泣いて、長い時間をかけてようやく落ち着いた私は、ゆっくりと聞いたことをまだぐちゃぐちゃな脳内で反芻してゆく。


 藤間くんは獅子王龍牙ししおうりゅうがからひどいイジメを受けていた。

 幼なじみの七々扇彩音ななおうぎあやね、獅子王と繋がりのあった朝比奈芹花あさひなせりかから告白を受け、そのどちらもが罰ゲームと知り人間不信になった。


 すなわち、


 獅子王龍牙。

 七々扇綾音。

 朝比奈芹花。


 この三人が。

 ──なかでも獅子王が、諸悪の根源。


 ……許せない。

 許せる、わけがない。



「──と、ここまでが表向きのことです」


 私の脳内が慣れぬ憎悪に染まりかけたとき、三船さんはくいと眼鏡を持ち上げた。


「表向き? どういうこと?」

「彼には家族以外に、味方がふたりだけいました」


───


「最っ低…………」


 思わず、声が漏れた。

 最低だ。

 獅子王龍牙は、最低だ。



「もう、俺に関わるな」


 どんな悪にでもなる──祁答院くんに言い放った言葉を微塵も裏切らず、己を悪に染めあげて立ち去ろうとする藤間くんの手を、私の手が掴んだ。


「触るんじゃねえ。犯すぞクソビッチ」


 『言葉』に意味はないことを、私は知っている。だから藤間くんの言葉は、私には刺さらない。

 そして、なによりも、とても苦しそうな表情が雄弁に語っているから。


「俺に近づいたらお前らまで巻き込まれる。だからここでさよならだ」

 ────って。



「おー怖い怖い。マジでそいつに近づかないほうがいいぜ。なにされるかわかんねーからな。ヒャッハッハッ──」

「黙れ、獅子王龍牙。そのヤニ臭い口を閉じろ」


 その声に、場が凍りつく。

 周りの喧騒も消え失せ、冷たい言葉に周囲の耳目が集まる。



 ──すなわち、皆の視線は私に集まった。



「あ、灯里、なんでお前、あいつの名前──」

「獅子王龍牙。警視正ごときのボンボンってだけでいきがっているお子様、だよ」


 藤間くんにそう返すと、獅子王の身体がぴくりと震えた。その後ろにいる七々扇綾音が驚いたように顔を上げる。


「てめぇ……なにモンだ?」

「べつに。あなたみたいに親の力に頼らなければ、どこにでもいる普通の女子高生だよ」


 獅子王の顔に焦りが生まれた。私はなおも続ける。


「私はあなたたちが藤間くんにしたことをすべて知っている。半年前の真実も。──ここまで言えばわかるよね」


 そうして視線を獅子王の後ろへ向け、


「七々扇さん、私はあなたのことも知っている。いつまでそこにいるの? 澪ちゃんはもう大丈夫だよ?」

「……は? みお? 澪って俺の妹の? なんで澪が──」


 藤間くんが私の背で素っ頓狂な声をあげる。

 七々扇さんはこちらを真っ直ぐ向き、私の言葉が真実かどうか見定めている様子だった。

 明らかな狼狽を見せる獅子王の隣で、彼女はやがて白い頬に一筋の煌めきをつうと落とし、


「ようやく…………ようやく、このときが来たのね」

「うん。私にはあなたを責める権利はないし、なによりも藤間くんを大事に想ってくれた人だもん」


 右手で目元を抑え、肩を震わせる。あてもなく彷徨わせる左手を私の手が掴み、引き寄せた。


───


「味方?」

「はい。ひとりは七々扇綾音」


「えっ……七々扇綾音? 彼女は藤間くんに罰ゲームの告白を……」

「違います。彼女は告白後、のです」


「っ……! 脅されて……ってどういうこと?」

「はい。獅子王龍牙は七々扇綾音に対し、、藤間少年の妹──と脅迫していました」


───


「お、おい、七々扇」

「灯里、お前なにやって──」


 この場で真実を知るものは私と七々扇さんしかいない。そのふたりはこうして抱きあっているのだ。獅子王と藤間くんだけでなく、朝比奈芹花も望月くんも海野くんも、しーちゃんも亜沙美ちゃんも香菜ちゃんも唖然としている。



「獅子王龍牙。覚えておいて──」


───


「もうひとりの味方は大桑月乃おおくわつきの

「えっ? 大桑月乃ってたしか……」


「はい。藤間少年と同じ飼育委員だった少女です。彼女は獅子王とその取り巻きに暴力で脅され、飼育小屋の鍵を獅子王に渡しました。それが原因でうさたろうは暴行のすえ死亡」


 また…………脅迫。


「彼女は原因が自分にあると心を病み、自殺未遂を繰り返しました。家族は彼女の心身を案じ、藤間家とほぼ同時期に引っ越しをしています」

「連絡は取れたの?」


「もちろん。──家令ですから」


───


「私は半年前の事件の真相を知っているし、それはもうじき明らかになる」


「お、おい、なんなんだよテメーは……」


「普通の女子高生だよ。ただ、昨晩だけは違ったかもね」


───


「お父様、獅子王という名字に心当たりはございますか?」

「獅子王? 警視正の獅子王くんかね。伶奈、私の仕事に口を挟むのは──」


「彼の息子が親の威を借りて私の友人を深く傷つけました。捏造事件の再調査をお願いできませんか」

「捏造? どういうことだね」



「私の友人はその事件で記憶障害になり、さらに獅子王の手がかかった刑事により、記憶をすり替えられました。彼が行なった傷害は14件となっていますが、実際には見張りへの一撃と、獅子王への抵抗の二件。彼は以前から陰湿かつ暴力的なイジメを受けており、彼の背には獅子王の息子より受けた拷問の跡も残っています」



 ──藤間くん。



 藤間くんが私のために悪になるのなら。



 私は、何にだって成ってみせる────


───


「ねー獅子王くーん。このオンナやばくないですかー?」

「うるせぇ。お前は黙ってろ」

「はーい☆」


 私は三船さんの力を借りて、真実を知った。

 私はお父様の力を借りて、真実を白日のもとに晒す。



 そして、ここからは──



「藤間くん、もう大丈夫だよ。つらかったね。がんばったね」


「え? ぁ? ……ぅ」



 藤間くんの手を握る。



 私は、何にだって成ってみせる。



「私、ちゃんと知ってるよ。藤間くんが、心からそんなこと言う人じゃないって」



 あなたの悪──その裏側にある優しさを、見抜いてあげたい。



「もう、つらいのは終わりだよ」



 どうしようもなく辛い顔をしているときは、慰めてあげたい。



「やめろ、離れろっ……!」



 それでも、あなたが闇に堕ちてしまうなら──手を繋いで、一緒に堕ちてあげたい。



 でも、願わくば──



「やめろよっ……! 俺なんかに構うんじゃねえ……! 獅子王、違う、こいつらは知り合いなんかじゃねえ! 俺が騙してただけだっ……!」


───


「お嬢様、どうされますか?」

「闘う。藤間くんがしてくれているみたいに、私も闘うっ……!」


「お嬢様、お見事です。それはもはや恋ではなく、愛です」


───


 愛とは、誰かのために悪になること。

 愛とは、自分を省みず誰かのために闘うこと。


 今度は七々扇さんではなく、藤間くんの首に手を回す。かき抱いた冷たい身体がぴくんと跳ねたのがわかった。



「知り合いじゃないよ。現在片想い中で、猛アタック中だもん」


 ごめんね、と謝罪しつつ、目を回す藤間くんを解放し、獅子王龍牙たちに向き直る。



 ──私は、闘う。



 愛が力になるのならば、私は誰にも負けないっ……!



「獅子王龍牙、朝比奈芹花。親の力で来るのなら親の力で返す。自分たちの力で来るのなら、私たちが全力で迎え撃つッ!」



 願わくば──



 あなたの行く末を、照らしてあげたい。

 あなたの優しさを、灯してあげたい。

 あなたの寂しさを、温めてあげたい。




「私は私の強さを、藤間くんからもらったから!」




 願わくば──





 私は、あなたの、あかりになりたい。




(了)

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