08-14-A House of Cards
震える肩。
震える脚。
こんなこと、望んじゃいなかった。
……いや。10分前の教室で、オレはたしかに、冷めた気持ちで思っていた。
……国見ってオッサンの言葉通り、コウモリ十匹を一気に倒せるくらいなら。
「ぷりたろう! 嘘だろ!? ぷりたろうっ! うわぁぁぁぁぁぁあああぁぁあああああああぁああああぁああぁぁあアアアアアアァァアアアアアッッッッッッッッ!!!!!!」
声量も声域もコントロールできていない藤間の絶叫。
「嘘……で、しょ? 嘘でしょおおおおオオオオッッッッ⁉」
亜沙美の悲鳴。
「だめっ……! だめですっ……!!」
オレの前に躍り出て、緑の光を一心不乱にかき集めようとする地味子。
モンスターを一気に倒せるのなら、と……冷めた心で、思っていた、はず、なのに。
…………もう一回くらい、モンスターを巻き込んで、爆発してくんねぇかな、って。
───
うぜぇ。
死ぬほどうぜぇ。
どれだけぶった斬っても、わらわらと出てきやがる。
「死ねっ!」
「ギャアッ!」
オレの大剣がコボルトの頬から上を横にぶった斬った。
いつもなら優越感に浸るか、一撃でトドメをさしちまったことへの後悔が募るところだけど、いまのオレにそんな余裕はなかった。
湧いてくる。
俺が一匹をぶっ殺す間に、三匹湧いてくる。
「オラアアアアアアッ!」
「ほわああああああっ!」
亜沙美がでけぇハンマー、地味子が棍棒を振り回して、オレの隣りにいるコボルトをぶっ飛ばした。
──なんだよ、こいつらこんなに強かったのかよ。
「海野くん、後ろっ!」
「おあああ」
三好の声に振り返ると、コボルトが槍をオレに繰り出すところだった。
やっべぇ……!
──
ガキのころから、ナメられるのがきらいだった。
馬鹿にされるのがきらいだった。
格下に見られるのがきらいだった。
文武両道の兄貴と、幼いころからスポーツ万能で将来有望な弟に挟まれたオレは、親から大した期待もされず、それなりの高校に行って、そこそこの大学に入って、できるだけ大きな企業に勤めるように言われ、兄弟とは違い、ある程度放任されて育った。
それが親からナメられていて、馬鹿にされていて、ふたりの兄弟よりも格下に見られている、と気づいたのは小学校四年生の頃だった。
だからといってオレには、どうにかして親や兄弟を見返してやろうなんて気概もなかったし、どうせなにをやっても無駄だとふさぎ込むほどの暗さもなかった。
まったくもって平凡だったオレがなにかに気づいたのは、小五のクラス替えのときだった。
学年の中心人物と仲良くなった俺は、そのころから男女問わず話しかけられるようになって、気がつけばオレはクラスの中心にいた。
オレがクラスの中心にいると知り、俺に声をかけてくるやつが、格下に見えた。
今までこいつはオレよりモテるだろうなとか、オレより運動できるだろうな、と思っていたやつらが、全部格下に見えた。
なんだ、こんな簡単なんじゃねえか。
オレはいま、見下されていない。
なぜならオレはいま、クラスの中心から、全員を見下しているから。
見下されるくらいなら、その前にオレが見下してやる。
小学校も中学校もそんな感じだった。
イケメンとかモテそうなやつを取り込んでおいて、そいつに勝てばいいだけ。
クラスの過半数が、オレがトップだと認識するだけの理由があればいい。
口でなにを言っても、結局、人間はだれしも見下されるより見下したい。
相手の有利に立ちたい。マウントを取りたい。そんな生きもんだ。オレがそうなんだから、みんなもそうに決まってる。
だから、クラスから底辺を見繕って、見下す存在をつくってきた。
オレが「最近あいつ調子乗ってね?」と言えばそれだけで生贄の完成だ。
生贄を集団で見下すことで、集団には罪悪感と優越感が生まれる。生贄が増えていけば罪悪感は消え、その代わりに生まれる。
オレへの恐怖が。
あいつの次の標的になりたくないという恐怖から、オレに擦り寄ってくるやつらが増えた。
これ。
これだよ。
オレが王様。
誰もオレを見下さない。
オレを見下した瞬間、そいつはオレの標的になるんだから。
……罪悪感?
……。
…………。
オレは、見下されないために、なんでもやった。
それこそ『悪』にだって、なった。
罪悪感、なんて。
そんなの、見下す側になれなかったやつの
中学三年になり、俺は県外の高校への入学を申し出た。
地元の高校ならばカースト頂点という現状の恩恵をいくらか受けられ、スタートダッシュは楽になるが、なによりも俺を見下す
鳳学園高校。
千葉県市川市鳳町にある名門進学校。
なんで数ある中からオレがこの高校を志望したのか、よくわからない。
ニュースとかでやっているアルカディアに関して興味が無いわけじゃなかったけど、だからここを選んだわけでもない。
──なにかに、引き寄せられた気がした。
勉強なんてロクにしたことなかったけど、幸いオレは頭が良かった。筆記試験、そして変な機械の中に入るっていう意味不明な適性試験もクリア。めでたく入学が決まった。
──んだが、クラスに面倒なやつが三人もいた。
「あいつうぜーよな」
「だな。マジうぜぇ」
「直人、慎也。そんなこと言っちゃだめだ。彼の態度にはきっとなにか理由があるし、俺たちにだって悪いところはあっただろ」
祁答院悠真。
こいつはいままでのヤツとは違う。
オレがいままで引き摺り下ろしたトップカーストとは違う。
なにをしても、トップにいる。
話には流れがあって、その流れに逆らうやつは干される。
だからこれまでは「あいつうぜぇよな」なんて言えば、慎也のように同調するか、亜沙美や香菜みたいに軽く頷いてたんだよ。
なのに悠真は、そんな流れになんかお構いなしに自分の意見を言って、まだクラスのトップカーストに自然と居座っている。
いいやつぶるんじゃねえよ。
そんなやつ、この世にいねえよ。
いいやつなフリをしてるぶん、裏じゃアレだろ?
亜沙美って気が強くて実際ちょっとめんどくせぇって思ってたり、男ウケのいい伶奈のことを狙ってたり、ちらちらと香菜の胸を見てたりするんだろ?
しかし悠真はそんな素振りを微塵も見せず、トップから引きずり下ろす材料もなにひとつ見せない。
「慎也、悠真、アルカディアじゃ14からオンナが買えるんだってよ。安いところだと20カッパーからあるんだって。女子に隠れてこっそり行かね?」
「マ? でもあんまり安いところだとブスとかババアとかなんじゃねーの? 奮発して1シルバーくらいのところにしねぇ?」
「……俺は遠慮しておくよ。それよりふたりとも、そのお金で武器や防具を強化しないか? 最近、とくに伶奈の負担が大きい」
これだ。
「真面目くんはモテねーぜ?」なんて言っても悠真はどこ吹く風で、しかもモテるんだよ。クソっ。
もうひとりは亜沙美だ。
こいつが……祁答院と慎也はともかく、亜沙美のことだけじゃなく、香菜のことも、伶奈のことも、見下す存在にさせようとしない。
オレに従わない。香菜も伶奈も、従わせない。
学校でも、アルカディアでも。
そして、伶奈も香菜も亜沙美も……離れていった。
最後はもちろんこいつだ。
「陰キャの脳内じゃ、お前らなんて何回も何回も殺されてるからな」
クソムカつく底辺で陰キャのくせに、オレに逆らってくる藤間。
格下のくせに、格上に唾を吐いてくるクソ生意気なやつ。
「反省ひとりに喧嘩腰ふたりか。喧嘩腰ひとりが残る簡単な引き算だな、祁答院」
自分の立場をわきまえずにムカつくことを言って、むしろ煽ってくる。
そんな藤間に、トップカーストの悠真は頭を下げ、オレと慎也をたしなめてくる。
なに? それ。
どう考えても格下はあっちだろ。
どう考えても底辺はあいつだろ。
「私、藤間くんと一緒にいたいっ……!」
底辺は、あいつ、だろ……?
お、おいおい、伶奈、冗談だろ……?
伶奈とそこの陰キャじゃ、釣り合わねーって。
「伶奈のやつ、藤間に脅されてるんじゃねーの」
悠真に引きずられるようにして戻った宿で、慎也がそう言いながら自分のストレージボックスを蹴りつけた。
「慎也。きみには、伶奈のあの顔が、脅されているように見えるのか」
「あ、や、そ、そんなわけじゃねーけど……マジになんなって悠真」
うまく、いかねえ。
慎也はともかく、オレはべつに伶奈に惚れてたわけじゃねえ。
ただ、誰もが自分のモノにしたがるようなオンナが、あんなやつとつきあうとか考えたくなかった。
面白くねえ。
気がつけば、藤間と亜沙美のせいで、六人いたオレたちのグループは野郎三人だけになっていた。
オレと慎也は荒れて、小言が面倒くせえ悠真に隠れてこっそりと、稼いだ金でオンナを抱くようになっていた。
すっっっっっげえ楽だった。
店に行けば誰もオレを見下さない。
悠真の哀れむような目も、
亜沙美の生意気な舌打ちも、
藤間の虫唾が走る顔も、そこにはない。
「ナオト、シンヤ! 今日も来てくれたの?」
「今日あたしでしょ?」
「アタシまだ選ばれてなーい」
「おー。毎日来るぜ。なんなら今日は三人まとめて買ってやる」
「「「キャーーーー‼」」」
ただ、年端に合わない
そしていまになってみれば、これは間違いなく
「オレと慎也、しばらく悠真と別行動すっから」
堕落から二日目、オレたちは悠真に気をつかうことすら面倒になった。
もう、カーストとかどうでもよかった。
気をつかって面倒くさいことをしなくても、自分を最上段に奉じ、見上げてくれる存在を知ってしまった。
王様だ。
だって、こんな優越感、ないだろ?
この歳で、三人のオンナを同時に抱けるなんて。
そうなると、困るのはオンナで遊ぶ金だった。
慎也とふたりでモンスターをぶっ殺しても、開錠成功率が40%程度の俺たちがリスクを犯して得られるものは少ない。
『正義の味方』であるオレが『悪』であるモンスターを殺戮することで得られる快楽など、オンナを思うがままに弄ぶ愉悦を覚えてしまえば、まるで薄まった出涸らしのようなものだった。
そんなとき、街で出会ったのが──
「こんにちはー☆ おふたりですかぁ? もしよかったら──」
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