08-13-Rips with Despair

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《Wave5》23:00~

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《Vortex1》

4:59(中央)


【☆臆病のピピン】(マイナーコボルト)×2

ファーストキッス×10

フォレストバット×10

マイナージェリー×10

ロウアーコボルト×10

マイナーコボルト×10


170 Costs


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 第五ウェーブで出現する渦はひとつだけ。しかしその質はこれまでの比ではなかった。


 52体のモンスター。

 しかも、あの臆病のピピンが二体も含まれている。

 おいおい、ピピンってユニークモンスターなんじゃないのかよ。なんでユニークなのに何体もいるんだよ。おかしいだろ。


 昨日のメイオ砦を思い出す。

 コボたろうとコボじろう、そして俺、高木、鈴原の五人がかりで倒した強敵だ。


 そのうえ──


「なんつー名前だよ……」


 相対したことのないモンスター、ファーストキッス。それも十体。

 教室での会話を聞く限りでは、十三人の誰もが、この変な名前のモンスターと闘ったことはおろか、出会ったこと──そもそも知識すらないらしい。


 ともあれ、メタ的な──ゲーム的な考えかたをするのならば、俺たちが出会ったことのない強敵だと考えるのが当然だろう。


 最初の城下町周辺に出てくるスライムとかおおきなナメクジとかドクロの上にのったカラスとかじゃなくて、次の街周辺に出てくる、分厚い唇を持っていて、アヘ顔ダブルピースをしながら舌でこちらを舐め回し、みぶるいさせてくるようなモンスター。それが俺の予想だった。


「どんなモンスターなのかしら……。強さとしては、ロウアーコボルトやフォレストバットと同等と見るべきだけれど」


 しかし七々扇の意見は違うようだ。視線でどうしてそう思うのか問うと、


「あら、気づいていなかったの? シュウマツに現れるモンスターのコストから計算したのよ」


「七々扇さん、コストについてなにか知っているのかい?」


 俺より前を歩いていた祁答院が振り返ると、さすがインフルエンサーというべきか、全員の耳目が七々扇に集まった。


「私も教室を出る前に気づいたのだけれど……モンスターのコストは、モンスターを討伐すると獲得できる経験値に依拠いきょしているわ」



 つまりはこういうことらしい。


 マイナーコボルトの経験値が2。

 ロウアーコボルト、

 フォレストバットの経験値が3。

 マイナージェリーの経験値が4。

 臆病のピピンの経験値が10。


 170コストからそれぞれの出現数を差し引けば、30コストが残る。

 となれば残りはファーストキッス十体で30コスト。一体3コスト、3の経験値というわけだ。なるほど、経験値3のロウアーコボルトやフォレストバットと同等ってことになる。



「だからといって油断はできないわ。私たちは、ふぁ……ふぁ……こほん。……そのモンスターについて、なにも知らないのだから」


 七々扇のいうことはもっともで、それをみな理解しているのだろう。弛緩しかんした空気になどなるはずもない。


 しかしどうやら、前向きにはなれるらしい。高木と鈴原は七々扇を誇るように、彼女の肩に手を置いて笑いかけた。


「でもこっちには綾音がいるからね」

「敵の情報、見られるんだよねー?」

「え、ええ……。【解析アナライズ】ならば、遭遇直後に使用するつもりよ」


 当の七々扇はおそらく慣れないボディタッチに双肩そうけんをちらちらと振り返りながら答えた。


「アナライズ? じゃあその、七々扇さんはモンスターの弱点もわかったりするの?」


 三好弟──清十郎は緊張の表情を緩めぬまま、首をこてんと傾げてみせる。

 

「いえ、それはどうかしら。私がわかるのはモンスターの名前、種族、ランク、HP、経験値、あとは耐性を含むモンスターのスキルだけだから……」


「じゅうぶんだろ。こっちは物理、魔法、近接、射撃と揃ってる。ジェリーみたいに耐性があっても、それ以外で攻撃すりゃいいだけだ」


 俺の言葉に七々扇はなぜか申し訳なさそうに目を伏せて「そ、そう、ね」とぎこちなく返す。


 どういうことだと七々扇の隣にいる人物に目をやると、鈴原は気まずそうに、高木は舌打ちしながら俺から目を逸らした。



 ……第四ウェーブが終わってから、なにかがおかしい。



 高木はおかしなことを叫びだすし、鈴原も七々扇も灯里も、えーと、なにたろうだっけ。なんだか俺がコウモリを従えていたみたいなことを言うし。


 アッシマーがよくわからないことを言って、その場はなんとなく収まった。


 オリュンポスを起動してみても、出撃中のコボたろう、ぷりたろう、いま召喚したコボじろう。あとは待機中のコボさぶろうの名前しか見当たらない。



 いったいなんのことなのか、さっぱりわからない。



 ……でも。



 胸のなかに、隙間が空いている気がするんだ。


 まるで、そこに誰かがすっぽりと入っていたとでも言うように。



「うっわ、渦でけぇ」


 中央の部屋に辿りつくなり、海野が気だるげな声をあげた。


 部屋の中央には紫の空間が渦を巻いていて、たしかに今までの渦よりもはるかに大きかった。


「藤間くん、どうする」

「んあ……」


 なぜか俺に意見を求める祁答院。

 なんで俺なんだよ、なんて思いながら、先ほどの奇襲を思い出す。


「中央に全員配備、ってのだけはナシだな。時間が来たらさっきみたいに動き出して、俺たちを閉じ込めるかもしれねえ」


「出現と同時に第六ウェーブがきたら大変だね。東西に分かれて逆に渦を挟み込むのはどうかな?」


「いいんじゃねえの、それで。つっても完全に左右から挟んだら、矢が味方にあたっちまうかもしれん」


 そういうことで、俺たちは渦を挟み込むように、そして射撃を避けられても味方にあたらないよう射手や魔法使いを布陣した。


 西は俺、高木、鈴原、七々扇、小金井の弓主体メンバー。高木のオーラと相性が良い射手のふたりをこちらに固めた。


 東は祁答院、海野、灯里、アッシマー、三好姉弟、小山田。


 西側が五人と少ないのは、こちらにはコボたろうとコボじろう、ぷりたろうの三人がいるからだ。


 この布陣で、部屋の中央に鎮座する巨大な渦を睨みつける。



『あと10秒! 頑張ってねみんな!』

力の円陣マイティーパワー!」


 国見さんから念話。合図を送ると、高木がオーラを展開し、俺たち全員の足元は黄色に光りだす。


 鈴原と小金井がやや緊張気味に弓を構えると──


 やはり、というべきか。

 中央の渦はまたもや動き出し、ゴウゴウと音を荒げながら、部屋内を動きまわる。


「くっそ、また動きやがって!」

「……! これはっ……!」


 恐ろしいことに、渦はさんざん部屋内を暴れまわった後、中央に戻り、そして、五つに割れた。


「渦が増えやがったっ……!」


 増えた渦は部屋中央に十文字型で配置され、東西の渦からは──


「「ギャアアアアアアアウ!」」


 強敵、臆病のピピンがそれぞれ出現し、北の渦からはコボルトが、南の渦からはフォレストバットが飛び出してきた。


「マジかよっ……! 損害増幅アンプリファイ・ダメージ……!」


 慌ててピピンに呪いをかけ、指示を飛ばす。


「コボたろう、ぷりたろう、ふたりがかりでピピンに! コボじろうはコボルトだっ!」


「がうっ!」

「…………!(ぴょんこぴょんこ)」


 コボたろうとぷりたろうが進むころ、ピピンはもう近くに迫ってきていた。


 以前、コボたろうとコボじろう、そして俺や高木、鈴原の五人がかりでなんとか倒した相手。


 しかし、コボたろうはあのときとは違う。レベルもあがっているし、戦闘もたくさんこなしたし、ユニーク武器も手に入れた。

 なにより、ユニークモンスターとはいえ、物理攻撃しかしてこないコボルトに相性抜群のぷりたろうもいるんだ。


 迫ってくるピピンはふたりに任せ、戦場に視線を巡らせる。



「ふっ……!」


 小金井の矢が一羽のコウモリの翼に命中し、


散矢マルチプル・ショット!」


 空中で矢が三本に増えた鈴原の射撃が、三羽のフォレストバットを一瞬で緑の光に変えた。



 落ちついて戦況を確認しろ、藤間透……!



 東西の渦はピピンの出現により消滅した。

 こっちのピピンはコボたろうとぷりたろうが抑えていて、


「みんな、ほかを頼むっ! 渦からモンスターを溢れさせるなっ!」


 驚くべきことに、向こうのピピンには祁答院がひとりで立ち向かっている。


 三好姉と灯里は詠唱中で、どのモンスターに向かっての詠唱中なのかはここからではわからない。


 北の渦にはこちらからコボじろう、向こうからは海野とアッシマーが向かっていて、その後ろではヒーラーの三好清十郎が杖と盾を持ち、誰かが傷を負ったときに備えている。

 この渦はモンスターの出現が異様に早く、コボルトは増えてゆくばかり。すでに二体討ち取っているのに、コボルトはわらわらと増え続け、五体以上が渦から飛び出している。


「高木、頼むっ!」

「あたしコボルトのほう? わーった。……オラァァアアッッ! ぶっ飛ばされたいやつからかかってきなッ!」


 高木が木槌を握りしめ、紫の草にハンマーの轍を残しながら駆けていった。


 鈴原と小金井は近い位置で弓を構えていて、そこに襲いかかる、数羽のコウモリ──


「させるかよっ……!」

「させないわ」


 俺と七々扇が射手を襲う翼刃を防ぐ。そして、


「えーいっ!」


 東側から飛び込んできた小山田が薙刀を振り下ろし、攻撃のため、高度を下げたコウモリの翼を切り落とした。


 動ける数を半分にまで減らしたコウモリは慌ただしく翼を動かして再び手の届かないところまで飛び上がる。


 一瞬の安全を見届けて視線を正面に戻したとき、それは、いた。



 中央の渦から、二体のジェリーと同時に、どばぁ、とまとめて現れた。


「なんだあれっ!」

「げえぇっ、なにあいつ、キモッ!」

「はわわわわ……!」


 コボルトと相対しているやつの声も聞こえてくる。


 それは、唇の形をしたバケモノだった。


 頭の大きさほどの分厚い唇が、二メートルほどの高さに浮いている。

 裏側からは十本ほどの白い触手のようなものがうねうねとうごめいている……。


 間違いない、あれがファーストキッスだ。問題はどんな攻撃をしてくるのか──


「面妖な……解析アナライズ!」


 片手剣からロッドに持ち替えた七々扇が予定通り、その先端を気味悪いモンスターへと向ける。


 ファーストキッスは宙に浮いたまま、十体すべてで中央から俺たちを見渡すように、視線──いや、唇を向け、その唇を激しく開閉させる。……なにしてんだ、あれ……!


「ファーストキッス。リップ系ランク1。HPは1。一度スキルを使用すると消滅する。スキルは──」



 スキルを使用すると消滅……?



 肝心のスキルはなにを……?



 俺の疑問に応えてくれたのは──




 七々扇では、なかった。



 


火矢ファイアボルト

落雷サンダーボルト

氷矢アイス ボルト

火矢ファイアボルト

落雷サンダーボルト

氷矢アイス ボルト

落雷サンダーボルト

火矢ファイアボルト

落雷サンダーボルト

氷矢アイス ボルト




 十の唇の上に。



 十のウィンドウが表示されて。



 十の魔法が──



「「「うわああああああアアッッ!!」」」


 赤と青のコントラストが光線となって、部屋を切り裂いた。


「あぶねえっ!」


 鈴原を庇うようにして構えたレザーシールドは、青い矢を確実に受け止めた。


「ぐあっ……! うおっ……」


 だというのに、なんだ、この左腕の痛みは。

 レザーシールドから寒気が伝わって、手首、腕、肩までが凍りついたように動かない。


「藤間くんッ!」


 鈴原の悲痛な叫びが聞こえたとき、バァンと、なにかが全身をはしった。


 脳天から脚の指先までをつんざくような衝撃。


 それがファーストキッスの唱えた落雷サンダーボルトだと気づいたとき、俺は……俺たちの何人かはもう、膝をついていて、中央の部屋は焦土と化していて、そのうえ──


「「ギャァァァアアアアアアアウッ!!」」


 殺意にまみれたふたつの咆哮が、俺たちに絶望を与えた。



 でも、そんなの、絶望でもなんでもなかった。



 絶対に、倒れねえ。



 絶対に、負けねえ。



 途切れそうな意識をむりやり奮い、正面を向く。



 そこには、四文字の、絶望があった。




召喚爆破サーモニック・エクスプロード

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