08-15-For Others
金がなくて困っているとき、きゃぴっとした女の一声で、金沢の高校に通っているらしい三人と組むことになった。
「えへっ☆
亜麻色のゆるふわウェーブ、甘ったるい態度……。シャツの上に羽織った白のローブも相まって、ぶっちゃけめちゃくちゃかわいい。でも、オンナには好かれないタイプだろーなと思った。
「……なに? 気安く名前で呼ばないでもらえるかしら」
七々扇。こいつはセリカと違って、クソほどの愛想もねえ。綾音って呼ぶたびに心から気持ち悪そうな顔をしやがる。
こいつはオンナどころかオトコにも好かれねえタイプだわ。
顔はいいのに勿体ねえな。
「獅子王だ。……お前ら装備ザコだな。朝比奈テメェ、なんでこんなヤツらにしたんだ」
そしてこいつ、獅子王。
180cmある俺よりも10cmは高い。
逆立てた金髪で、獣のような目つきで、当然のようにオレたちを見下してくる…………。
こいつは、いままでのヤツらとはなにもかもが違った。
見下すのが当たり前。
ヤンキーのリーダーっつーか、もっと深い闇に足を突っ込んだ人間に見えた。
装備はオレらの一段階か二段階上のカッパーシリーズなのだろうが、しかしその一部分は妖しく煌めいていて、きっとオレらが売り払って金にしたユニーク装備なのだろう。ちらりとみると、セリカの杖とローブもユニークのようだった。
レザー装備のオレと慎也は小さくなるしかない。
こいつは、やべぇ。
セリカの可愛さに鼻をのばしてホイホイとついてきたことを慎也とふたりで後悔した。
「オイ、なにやってんだ! もっと前に出やがれ! 働かねえなら後ろからモンスターと一緒にブッた斬るぞ!」
後悔は募ってゆく。
俺たちが入ったことのない、街から離れたダンジョン。
この三人は、めちゃくちゃ強かった。
七々扇は剣と盾を使い、前衛をこなすうえ、遠くからは攻撃魔法、戦闘が終わったら回復魔法まで使う。
悠真と伶奈のいいとこ取りだ。
「
セリカは味方を強くしたうえ、敵を弱くする。さらには召喚まで扱い、ひとりで何役もこなしている。
「死ね」
そして獅子王は、やはりいちばんやばかった。
オレが両手で持つ大剣──ランクはオレより上のもの──を右手と左手にそれぞれ持って、軽々と二本のそれを振り回し、次々とコボルトの首を
なんだよ、これ。
オレら、いらねーじゃん。
そのとき、獅子王を狙う矢。
「あぶねっ!」
慎也が左手の盾でその矢を防いだ。
獅子王は僅かに口角を上げてみせ、矢を放ったコボルトを木箱に変えた。
「ふん。クズってだけじゃねえみてえだな」
戦闘後、獅子王に声をかけられた慎也は心底嬉しそうな顔をして、拳を握る。
「獅子王クンを狙う敵は、俺が全部倒すからよ!」
オレと同じように、どうやって相手のマウントを取るかどうかを考えてきた慎也は、どうやら自ら獅子王を見上げる存在になることを選択したらしい。
ダンジョンアタックが終わり、獅子王たちの宿に邪魔して、アイテムと金の分配作業。
すっげえ疲れた。
「えっ……。こんなに、いいのか?」
オレたちが手にしたのは、大銀貨と小銀貨。11シルバーもの大金。
「獅子王クン、こんなに貰えねーって! 俺ら獅子王クンの半分も活躍できてねえ!」
慎也は全員が同じ金額──五人均等に金が振り分けられたことに納得がいかないらしい。
一度見上げると決めたら従順──それが慎也の本質らしかった。
「あ? なに言ってんだテメェ。ナメた口叩く前に、その金で強くなっとけやクソボケ」
こいつ……獅子王は、人心掌握力まで半端ないようだ。
力と恐怖でオレたちを縛っておいて、口は悪いけど、このセリフ……。
「し、獅子王クン……!」
慎也なんて涙を流す勢いだ。自分たちの為にこういってくれているのだと、勘違いしているんだろう。
──アホ。
んなわけ、あるかよ。
"人"の"為"と書いて"偽"というのなら。
オレらの為なんてこと、あるわけねえだろ。そんなの、偽りに決まってるだろ。
「……提案があるのだけれど」
出会ってからずーっと暗い顔をしていた七々扇が表情を崩さないまま、珍しく口を開いた。
「ふたりにはこのお金を受け取ってもらって、そ、その。お金をちゃんと装備に使うかどうか、確認してはどうかしら?」
今日これだけ実力差を見せつけられて、あれだけマウントを取られて、オレもさすがに金を自己強化に使うことに躊躇いはなくなっていた。
オンナを抱く金と、現実で生活するぶんの金は残しておきたいところだが。
──しかしこのオンナ、オレたちのことが余程信用できないのだろう。
いい性格してやがるぜ。
「……どういうことだ?」
まるで七々扇が喋りだしたことにすこし驚いたように、獅子王が問い返す。
七々扇は壁掛けの時計へ気にするように視線を数度やって、
「いまならちょうど、中央の市場が賑わっているころだと思うけれど……どうかしら」
「えー? いまからですかぁー? 芹花もうシャワーしたいんですけどー……」
「そんなのいつだっていいだろ。……行くぞ」
獅子王は驚くほど素直に七々扇の案にのって、セリカを急かしてドアへ向かう。
七々扇の、安堵したようなため息。
この三人の関係に首をかしげながら、オレたちも立ち上がって宿を出る。
──そして、出会ってしまった。
「げっ」
オレたちから離れていった、亜沙美、香菜……伶奈。
なんだよ。なんでお前らが、こんなところで──
「お前ら……」
「伶奈、亜沙美……。お前ら、そんなやつと一緒にいるのかよ」
喧騒のなか、オレの呟きをかき消すような慎也の声。
三人の後ろには、藤間と地味子がいた。
「あれー? あれれー? もしかして、藤間くんじゃないですかぁー?」
驚いたようなセリカの声が、オレを揺さぶった。
なんでセリカがこいつのことを知って──
「あ? 藤間だって?」
セリカよりも驚いた声を出した獅子王。
「えっ……藤間くん? 藤間くんってまさか、藤間透くん?」
こんなこと、信じられないとでもいうような七々扇の声は震えている。
そして三人の驚きを足しても足りないくらい驚愕していたのは、藤間だった。
話を聞くに、どうやら
藤間は中学時代、10件以上の傷害事件を起こしたって。
……なんだよ。
とんでもねぇワルじゃねえか。
オレは自分の為に悪になることもあった。
でも、誰かを殴ったりはしなかった。
ときには自分が悪であることを理解しつつ、それを表層化させることなく己の心でとどめてきた。
だれかを陥れるときも、まずはそいつを悪だと周りに植え付けてから、まるでそいつをハブる俺は善人だと思われるように振舞ってきた。
そりゃそうだ。
誰だって、そうだ。
悪には人を魅了する力がありながら、悪は、嫌われるから。
誰しもが、そうだ。
俺だって、そうだ。
でも、こいつは──
「そうだ。俺は誰彼構わず暴力を振るう最低ヤローだ。どうやって殴ってやろうかだけ考えてお前らと一緒にいた。あーあ、バレちまったか」
自分が悪で何が悪いと開き直るこいつは、ホンモノのワルなんじゃねえのか。
もう、なにがなんだかわからねえ。
それなのに、伶奈の口から出た「最っ低」という言葉は、藤間ではなく、獅子王に向けられていて。
伶奈が藤間を引き止めて、七々扇が藤間について、
「知り合いじゃないよ。現在片想い中で、猛アタック中だもん」
「嘘……だろ」
伶奈が藤間の首に華奢な腕を回したとき、慎也の瞳に憎しみが灯った。
わけがわからず、わけがわからないことにイラついた。
オレも慎也も、そのストレスはいつだって、つくりあげた格下を見下すことで解消していた。
でもいまは、その格下が、底辺が、見つからない。
あれだけ底辺だと見下した存在が、格下に見えない。
こいつがワルだとわかったからじゃない。
こいつを庇うように立ち塞がる伶奈が。さらに伶奈を庇うようにして前に出る地味子が、香菜が、亜沙美が、そして頬を涙で濡らす七々扇が。
「私たちが全力で迎え撃つッ!」
立ち向かういくつもの瞳が、紛うことなき悪であるはずの藤間を、なぜか背中に守ってしまうから。
「ぅ……」
なんだよこれ。
これじゃあ、なんか、オレらが悪いみたいじゃねえか。
「獅子王クン、マズいって……!」
嫌な予感は的中し、獅子王は七々扇──オンナに拳を振るうという蛮行にはしった。
悪と呼ぶにも愚かすぎる獅子王の拳を、オレらが怯えた獅子王の力を、片手で受け止めた藤間は、獅子王を押し返し、尻もちをつかせた。
なんだよ、それ。
なんで底辺のあいつが、そんなことできるんだよ。
採取してるだけだっただろ?
虫みてえに採取して、ホームレスみてえに門のまわりに座り込んでたやつが、なんで急にそんなことするんだよ。
「殺すっ……! 殺す殺す殺すッ!」
アイテムボックスからひと振りの大剣を取り出す獅子王。
「獅子王クンっ!」
「ば……なにやってんだっ……!」
獅子王が抜き身の大剣を取りだしたことで生まれた喧騒に、慎也とオレの声は掻き消される。
「そのツラ、気に入らねえんだよッ! 底辺のくせにいつもオレを見下しやがって!」
もしかすれば獅子王の叫びは、オレと慎也の叫びでもあったのかもしれない。
オレも慎也も、どちらのほうが上位かばかりを気にしていて。
すべてを見下して、当然のように常日頃トップカーストに鎮座しているであろう獅子王もやはり、序列にとらわれていて。
「べつに見下したことなんてなかった。──でも、いまは完全に見下してる。お前……こんなに弱かったんだな」
底辺だと見下していた藤間が、まるでいま序列の存在を思い出したかのように、まるでつまらないものを見るように、獅子王を見下した。
「藤間ァァァァァァー!!」
獅子王が飛びかかる。
シャレになんねえ。
たしかにアルカディアでは、人を殺しても生き返る。
それでも、オレらはこいつらと同じ学校に通っている。
藤間と地味子はともかく、明日以降、香菜や亜沙美、伶奈になにを言われるか、そしてクラス内にどんな噂を広められるか──
たぶん、オレはこのとき、生まれてはじめて自覚した。
この状況で、まず最初にこんなことを考えるオレこそが──
救いようのないクズである、と。
「ばっ、やめろっ……!」
それは、ここで獅子王が藤間を殺せば、自分の立場が危うくなるという
それとも、
しかしそんな声も、音速の横薙ぎにかき消された。
幸か不幸か、藤間は死ななかった。
藤間は凶刃を後ろにかわして、詰め寄ってその拳を腹に入れる。
「げ、げえええええぇぇ…………」
鎧を身につけていない獅子王は、これだけで身体を『く』の字に折って、藤間からは想像できないくらい綺麗な上段蹴りを顔面に浴び、信じられないくらいあっさりと仰向けに倒れた。
あの獅子王が。
今日一日だけで、オレたちに恐怖を、慎也には崇拝さえ与えた獅子王が、一瞬で沈んだ。
藤間の顔にはもう、冷えたものも見下したものもなかった。
藤間はきっと、オレや慎也のことなんて、もう見ていない。セリカへゆっくりと歩み寄ってゆく。
いまはただ、ひたすら、藤間の静かな目の端に映りこんだ己の姿が醜かった。
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