08-16-At the Sacrifice

 もう、どうしようもなかった。


 仰向けに倒れた獅子王。

 藤間を止める地味子。

 藤間に擦り寄るセリカ。

 それを暴言でもってあしらう藤間。


 オレも慎也もクズなのに、いっちょ前にプライドは高いという点も一致していた。


 いまさら獅子王たちについていることに対する言い訳だけが脳をよぎり、しかし藤間はおろか、亜沙美たちに声をかけることもできず、慎也とふたりで倒れた獅子王を担ぎ、捨て台詞を残して走り去るセリカについていくことしかできなかった。



 宿で目を覚ました獅子王は、そこらじゅうに当たり散らす。


「クソがァッ!! オレがあんなヤローに……! 不意打ちだッ! 騙し打ちだッ……!」


 獅子王は強い。

 剣をもたせて強いのはもちろん、長身には引き締まった筋肉がこびりついていて、シャツの上からでも腹が割れていることがわかる。べつに強そうにも見えない藤間にやられるのは少し不思議だった。


「……なにか格闘技でもやってたんですかね。おふたりも藤間くんのことを知っているみたいでしたけど。どんな関係なんですか?」


 セリカは話し口こそ丁寧であるものの、こびりついたような媚びはそこになく、静かな怒りが声を震わせている。

 だからだろうか、それにされたように慎也が口を開く。


「や、し、しらねえ。あいついつもこっちじゃ採取してるばっかりだったし……。同じ高校ってだけで関わりは……」

「どこの高校ですか」


 セリカの目が変わった。

 くりっとした瞳は落ちこんでいたが、新たに炎が灯った気がした。


「え? あ……」

「どこの高校ですか」


 逃れられない。

 藤間のことを話すというよりも、なぜか自分たちの情報を目の前のオンナに晒すのが怖かった。


 慎也が口を割ると、セリカは「わかりました☆」と一気に興味を失ったようにいつもの調子に戻って、シャワー施設へ向かってゆく。


 獅子王はいまだに部屋を壊すように暴れまわっていて、オレと慎也は逃げるようにして宿をあとにした。


 オレと慎也、悠真が住んでいる宿に戻ると、夜遅くだというのに悠真の姿はなく、悠真の荷物さえなくなっていた。

 開け放たれた窓から吹き込む風に、テーブルの上で一枚の紙切れが重石おもしの下でそよいでいる。



─────


べつの宿に行く。

離ればなれでも、お互い頑張ろう!


           祁答院

─────



 自業自得と言われて、これほど当てはまる無様もないだろう。


 なにも……藤間すら見捨てようとしなかった悠真に、オレたちは見捨てられた。


 …………いや。オレたちが、突き放したんだ。


 面倒くさいと。

 突き放して。

 遠ざけた。


 悠真だけじゃない。

 亜沙美も。

 伶奈も。


『無理して一緒にいてもらわなくていいしよー』


 香菜も。


 絶対的なカースト上位にあぐらをかいて、常に自分が捨拾選択をする立場にいると勘違いして。


「んだよ悠真のヤツ……裏切りかよ」


 そしてオレの傍にいるのは、この期に及んで未だ自分の立場に気づかない、オレによく似たクズだけだった。



 二日明けて、学校。

 どうやらオレが休んだ昨晩、アルカディアに紫の渦が現れたとか。


 授業中、ポケットの中でつまらなく震えたギアが、俺が『それ』に参加しなければならない、と告げた。

 そのときは大して気にも留めなかったが、イメージスフィアを担任の西郷に見せられ、身体の震えが止まらなくなった。


 勇敢に立ち向かう者。

 応援する者。

 文句だけ言う者。

 ただ怯えるだけの者。


 勇敢に立ち向かったものはモンスターに殺され、それ以外は限りなくバラバラにされて…………。


 なんだよ、これ。


 これが明日の……オレの姿かよ。

 しかも、参加を拒否したらアルカディアから追放されて、他クラスへ移動か転校…………?


「参加、します。死ぬよりもっと、怖いことがある、から」


 地味子が選ばれて、藤間が自ら志願した。

 こいつアホだろと思っていたら、伶奈も香菜も亜沙美も…………悠真も名乗り出た。



「慎也。その、よ。オレ、選ばれちまって──」

「や、いいわ俺、やめとくわ。頑張れよ。────応援してっから」


 心底クズだと思った。

 でも、オレはなにも言えなかった。


 だって、立場が逆で、もしも目の前のクズが選ばれていても、きっと、オレは、自分が痛い目にあってまで助けようとはしなかったから。


──


「ギャウッ!」


 紫の空の下──

 コボルトの槍がオレに繰り出される直前、なぜかこれまでのことが一瞬で脳内に映し出され、もうダメだと思ったとき、


「がうっ!」

「うおっ……!」


 視界が揺れた。

 紫の草に転がると、盾を持ったコボルト──あの藤間の召喚モンスターがオレに覆い被さっていた。


「がうっ!」


 そのコボルトは左手の盾を投げ捨てると、空いた手でオレの腕を掴んで引っ張り起こした。


「がうがうっ!」


 そして両手で槍を持ち、敵のコボルトへと駆けてゆく。


 なにが起きたのか分からなかった。俺は起こされたまま、無様に口を開く俺に我を取り戻させてくれたのは、亜沙美の吼えるような声だった。


「直人あんたなにぼーっとしてんだって! オラアアアアアアッ!」

「うおあ、お、おうっ」


 オレを助けたコボルトは三匹に囲まれていて、そのうちの一匹を亜沙美のハンマーがぶっ飛ばした。

 隙だらけになった亜沙美の背を、地味子と三好が守っている。


 気づけば、オレは──


「しゃがめぇぇェェッッ!」


 両手の剣を、振るっていた。

 藤間のコボルトは従順に態勢を低くし、囲んでいた二匹はオレの一撃で真っ二つに両断され、ふたつの上半身が乱暴に飛んでゆく。


「こんなもんじゃねえぞコラァァァァッッ‼」


 わけが、わからねえ。


 互いに利用していたとはいえ、シュウマツに選ばれたとき、いちばん仲の良かった慎也ダチにも見捨てられたオレなんかに。

 あのとき、たしかに見下した目を、哄笑こうしょうを浴びせられたオレなんかに。


 このコボルトは、手を差し伸べて──



「げぇっ、なにあいつ、キモッ!」


 コボルトを斬り飛ばし、亜沙美の声に顔を上げ、視線を辿ると──


「な、なんだよありゃ……!」


 10メートルほど先にある中央の渦から、クチビルお化けみてえな気色悪いモンスターの群れがわらわらと湧き出ていた。




火矢ファイアボルト

落雷サンダーボルト

氷矢アイス ボルト

火矢ファイアボルト

落雷サンダーボルト

氷矢アイス ボルト

落雷サンダーボルト

火矢ファイアボルト

落雷サンダーボルト

氷矢アイス ボルト




 ただの文字列で人が恐怖し、死に至るなら、ここにいるオレたちは全滅だろう。

 そんな恐ろしいウィンドウが現れたかと思えば、周りが赤、青、黄の三色に煌めいた。


 オレはなにかに腕を強く引かれ、情けなく草の上に座り込んだ。


 目の前に映ったのは、両手をひろげ、オレを庇おうとする──コボルトの背中。


「ざけんなぁぁァァァァァァ‼‼‼」


 オレが吼えた、そのとき。


「…………!(ぴょいーん)」


 横から。


 コボルトの前に。


 緑の丸いものが、ぴょいーんと勢いよく割り込んだ。


「ぎゃうっ⁉ ぎゃうがうぎゃう‼」


 両手を広げたコボルトの驚いたような叫び。


 バチィン! みたいな音がいくつもして、


「はうううっ……!」

「があっ……!」


 地味子と亜沙美の悲鳴が後ろから聞こえた。



 そして──



召喚爆破サーモニック・エクスプロード



 目の眩むような閃光が、オレたちの周りにいた敵のコボルトたちを一瞬で灰に変えた。


 藤間と亜沙美が吼える。

 地味子が精一杯緑の光になっちまった藤間の召喚モンスター……ジェリーを掻き集めるが──


「だ、だめっ……だめですっ……!」


 ──握った拳の隙間から、掻き抱いた腋のあいだから、光は天へと昇ってゆく。


「ぐるぁう……」


 オレを庇うように前に立ったコボじろうの背中が寂しそうに一度揺らいで、


「ぎゃあああああうっ‼」


 悲しい咆哮をあげながら、残ったモンスターへと駆けていった。


 うずくまる亜沙美、地味子。

 渦の向こうでは藤間も同じように両手と膝を紫の草へと力なく落としている。



 オレは……こんなこと、望んじゃいなかった。



 ──本当に?

 ──でもさっき、思ったはずだ。

 ──そして、数えたはずだ。



 残りのウェーブ数が5、6、7……のみっつで。



 藤間の召喚モンスターは、あと何匹いるんだっけ? ……って。



 心のなかで、指をさしたクズは、誰だった?



 そのわかりきった答えを、知りたくなかった。

 オレにしかわからないはずの解が怖かった。


 そして事ここに至っても、香り立つような己のクズさを、周りに気付かれることを嫌って。



「うおぁぁあぁぁぁあああああああああああっっっっッッ‼」


 立ち上がり、剣を握って、ごまかすように吼えながら、残ったモンスターへと向かってゆく。


「ギャッ」

「おらああああああああっっ!」

「ギャアッ!」


 飛んでゆく犬顔ふたつ。

 なんで俺は、こんなふうになっちまったんだ。


「うがああああああああああっっ!」

「グルァウ…………!」


「っ……! こいつは普通のコボルトじゃない! 直人、無理するな!」


 悠真と一対一タイマンを張っていたユニークコボルト、ピピン。


 背中を切り付ける。

 浅い。

 ピピンが振り向いて、俺に一突き。

 オレの脇腹の肉を僅かに抉りながら、太い槍が通り過ぎてゆく。

 ピピンの向こうにいる、悠真の剣が煌めいた。


 ピピンは膝をつき、身体から紫の光が放たれる。


 いま、ようやく気づいた。

 このピピン、爆発の影響か、左手が溶けるようになくなっていた。


「助かったよ直人。……蹴散らしてしまおう」

「……おう」


 どれだけモンスターを倒しても、部屋のモンスターがすべて木箱に変わっても、俺の心は晴れない。


「ううっ…………ぷりたろう……」


 伶奈、亜沙美、香奈の鼻をすする音が──藤間の痛々しく弱々しく泳ぐ目が、オレのクズさを責めているようで。



 もう過ぎ去ってしまったいま、後悔だけがやってくる。




 どうして、死んだのは、オレクズじゃなかったのかと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る