08-17-Under the Fist

 ぷりたろうが閃光を放つ、その直前──


「…………(ぷるぷる)」


 俺や灯里、鈴原に懐くかわいらしいフォルムが脳をよぎって、同時に、



『ぴいぴいっ♪』



 俺の肩に乗っていた愛らしい存在が、胸に帰ってきた。


 え……。

 え…………?


 なんだよ、これ。


「なん、で、俺、はねたろうのこと、忘れて……」


 閃光──


 死んでゆく。

 散ってゆく。


 大切な存在が、順番に消えてゆく。


 はねたろうが。

 ぷりたろうが。


 あのとき、一緒に強くなっていくって誓った虐げられるもの召喚モンスターが、俺たちの代わりに死んでゆく。


「あ……ぁ…………そんなことって…………」


 そんなことって、あるかよ。

 かつて、俺が自分を守るためにうさたろうを消したように、はねたろうのことも消していた。そしていま、ぷりたろうのことも──


「はねたろうっ……! ぷりたろうっ……! はねたろうぷりたろう……!」


 名前を叫ぶ。

 もう、忘れないように。

 その名前を、愛らしい姿を、胸に刻むように。



「我が力にいて顕現けんげんせよっ……! それは敵を焼き焦がす紅蓮ぐれんの柱なりッ……!」

「ぷりたろうっ……! ぐすっ……! 散矢マルチプル・ショット……!」

「ざけんなっ……ざけんなぁッ!」


 灯里が。鈴原が。高木が。

 涙を流しながら、この戦闘を終わらせようとしている。


 でも……俺は、もう、だめだ。

 多分、きっと、前に進もうとすれば……また、忘れてしまう。


 はねたろうも。

 ぷりたろうも。


 喪った存在うさたろうと重ね合わせて、また、消してしまう。


 そしてついぞ、俺がなにもできないまま、第五ウェーブは終わった。



「藤間くん……。はねたろうのこと、思い出して……くれたんだ……」


 俺は情けなくうずくまったまま……近くにいた鈴原の声が聞こえる。

 その声は、掠れていた。


「ぷりたろう……はねたろう……」


 忘れちゃだめなのに。

 名前を呼んでいないと、また忘れてしまう気がして。


「ぷりたろう……はねたろう……」


 前を向いてしまえば、俺の胸からふたりが消えてしまう気がして。


「ぷりたろう……はね……」



 そのとき、俺の胸ぐらが乱暴に掴まれた。


「ぇ……」


 ぐいと無理やり立たされ、目の前にあったのは、コボたろうの顔だった。

 コボたろうと目があう。つぶらな瞳のなかに俺自身の弱々しい顔があった。

 コボたろうは悔しそうに歯噛みをして──


「ぶっ」


 視界が揺れた。

 コボたろうの顔から紫の空、染められた木々、そして草──


 俺は頬に鈍い痛みを感じると同時に、きりもみ回転して地に伏せる。

 なにが起こったのか、わからなかった。


「コボたろう、あんたなにしてんのぉぉ!?」


 周囲がざわめくなか、一番大きい高木の声が、なにが起こったのかを、そしてそれが間違いじゃなかったことを教えてくれた。


 俺は──コボたろうに、殴ら……れ、た?


「ぐるぅ……!」


 もう一度コボたろうに胸ぐらを引かれ、ふたたび無理に起こされる。


「がうっ……! がうがうっ!」


 自分の目を見ろと言わんばかりに顔を近づけてくるコボたろう。


 ──思い出せ。


 俺にはコボたろうがそう言っているように聞こえた。



 ──思い出せ。


             なにを──

      はねたろうのことなら──



 ──誓ったことが、あるだろう。


          誓ったこと──



 ──我らは、ご主君の誓いの中に生きている。


          俺の、誓い──



 ──そして、誓いの先を夢見ている。

       ちかい、の、さき──



 絶対に折れないと誓った。

 絶対に負けないと誓った。



 ──ご主君には、貫くものがあるだろう。

 ──我らは、その先が見たい。



 アッシマーを、守りたい。

 灯里を、守りたい。

 そして街の絶望を、くだらねえ笑顔に変えてみせるって。



「でも、お前らが死んじまったら……」

「がうっ!」


 コボたろうは首を横に振る。

 自分の胸に拳をあて、その拳を俺の胸にもぶつけてくる。



 ああ。



 わかった。



 全部、知ってたんだな。



 コボたろうも、コボじろうも、コボさぶろうも。

 そしてもちろん、ぷりたろうも、はねたろうも。


 俺の胸のなかにいるのなら、俺が考えていたことなんて筒抜けだよな。

 どれだけ隠しても、召喚爆破サーモニック・エクスプロードのことだって知っていただろうし、言葉に出さなくても、俺が誓ったことなんて筒抜けってわけだ。


 そう思うと、いままで首をかしげるようなコボたろうの行動にも説明がつく。

 いつだったか、お前は俺と灯里をくっつけようとしてるような素振りをしていたことがあって、なぜだろうって思ったことがあったけど。

 あれは、灯里との歩み寄りが必要だって心のなかでわかってた俺の背を押そうとしてくれたんだな。


「そう、か。そうだよな。俺の胸のなかにいて、俺の心を知っているんなら……。そう、しちゃうよな」

「がうっ!」


 そりゃあ飛び出しちゃうよな。

 あぶねえって思ったら、飛び出しちゃうよな。


 はねたろうも。

 ぷりたろうも。

 そしてこいつらも。



「お前らは、俺、なんだな」

「がうっ!」


 いまさら危ない真似はしないでくれ、なんて言えるはずもない。


 こいつらは、俺なんだ。


 自分で首をかしげるような行動──

 ダンベンジリのオッサンを逃がすための囮になったり、飛び出して全身に射撃を浴びたり、あたってほしくないところに矢を受けたり──


 俺に、似ちまったんだな。


「くそっ……」


 思わず言葉が出た。

 なぜならコボたろうは、それを誇りに思う、みたいな目をしているから。

 だから、涙が出ないよう、代わりに言葉を流すしかなかった。


「また……あえる、よな? はねたろうにも、ぷりたろうにも」

「がうがう♪」


 目を細め、笑顔で即答するコボたろう。

 コボじろうも近くにやってきて、俺はそのつぶらな瞳のなかに己の弱々しい姿を確認すると、


「うっし……すまん、もう大丈夫だ」


 拳を握りしめ、同時に顔を引き締める。


「藤間くん、回復する、ね」

「あ、おう、悪ぃ」


 さっきからメンバーの回復に走り回っていたらしい三好清十郎がおずおずと声をかけてくる。三好が詠唱を開始すると、すっかり目を腫らした女子連中がやってきた。高木が先陣をきって口を開く。


「あんたもう平気なん?」

「…………ああ。はねたろうもぷりたろうも、自分で選んだことだしな」


「藤間くん、思い出したんだね……。…………」


 灯里は口にしようとした言葉を止めるように口を結ぶ。それはきっと、思い出してよかった、という言葉だったのだろうが、ぷりたろうの犠牲を考えて呑み込んだのだろう。


「ふたりともまた会える。──もしも、どこか遠くへ行っちまったんなら……探す。世界中──いや、異世界アルカディアじゅう探しても、あいつらを見つけ出す」


 ジャイアントバットもマイナージェリーも、アルカディアには腐るほどいる。

 でも、はねたろうとぷりたろうは、あいつらだけだから。


 すこし離れたところでアッシマーと鈴原の声がして、祁答院が全員に聞こえるよう声をあげる。


「SPとMPの消耗が激しい。みんな、戻ろう」


 どうやら開錠作業は終わったようだ。

 採取をしてポーションを増やしておきたいところだが、ヒーラーの三好清十郎の活躍で、第五ウェーブでのポーションの使用はゼロ。

 俺たちは祁答院の言うとおり、教室に戻って消費したSPとMPの回復に努めることにした。



 ウェーブはあとふたつ。


 絶対に負けない。

 もう、忘れない。



 消えそうになった信念を、コボたろうがかき集めてくれたから。

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