08-18-Who Changed in the Vortex or Before

 第六ウェーブまで身体を休めることにした俺たちは、第四ウェーブの戦火を浴びた椅子や机から、まだ使えそうなものを引っ張り出し、それぞれ休憩をとりはじめた。

 俺は机に肘を立てて手に頬を乗せるという現実の教室とあまり変わらない体勢で、周りの様子をさっと伺う。


 アッシマーと灯里、高木はいっしょにいて、コボたろうやコボじろうを愛でている……ようにみえて、高木ひとりでコボルトふたりの頭に手をやってわしわしと撫でていた。

 鈴原は兼六高校の小山田、小金井たちの近くに座り、机にべちゃーっと突っ伏しながら、なにやらふたりと会話をしている。

 七々扇と祁答院は国見さんと一緒にモニターを見つめながら話しあっていて、海野が後ろでそれを聞いていた。

 なんとなく教室の自席を意識して机を並べたもんだから、三好きょうだいは俺の近くにいる。


 みな総じて疲弊を表情に色濃く残している。回復魔法でHPは満タン、★リジェネレイト・スフィアのおかげでSPとMPも回復しているが、疲れだけはどうしても取れない。「シャワーしたい」という誰かの呟きも聞こえた。


 ……あ、そういえば。

 すこし躊躇ためらって、でも言わないわけにはいかんだろ、と勇気を出して振り返る。


「な、なあ三好」


「う、うんっ」

「なによ」


 三好弟──清十郎に声をかけようとしたら、姉の伊織まで俺を向いた。


「な、なによ。紛らわしいのよ。名前で呼びなさいよね。アンタだけじゃなくて、みんなも」


 たぶんきっと、よくあることなのだろう。三好伊織はうんざりしたような顔で教室を見回す。

 やや甲高い声と「みんなも」という声は、余計なことに教室の耳目を集めた。

 言うまでもなく、俺が下の名前で呼ぶ、なんてできるはずがない。女子ならなおさらだ。無視して弟のほうへ向き直って、


「さっきはその……回復、ありがとな。俺だけじゃなくて、戦闘中、コボたろうにもコボじろうにも後ろから回復をかけてくれたんだろ?」


 俺がそう言うと、向こうからコボたろうとコボじろうが高木の魔の手を抜け、こちらに近づいて笑顔を見せてくる。

 

「がうがう♪」

「がうがう♪」


 愛らしいふたりの笑顔に三好は両手をぶんぶんと振って顔を赤くする。

 

「う、ううん、ぼく、それくらいしか役に立てないから……! で、でも、……えへへ……どういたしまして!」

「ちょっとアンタ人の話を聞きなさいよ! アタシは無視!?」


 うるさい姉の伊織は放っておくとして、弟の清十郎は名前に反して中性的な──むしろ女性的に、赤らめた笑顔を俺に向けてくる。

 片目を隠すように伸ばした亜麻色の前髪。姉の伊織とは後ろ髪の長さでしか顔の判別がつかないくらい清十郎は中性的な──女性的な顔をしている。


「あ、その。男、なんだよな」

「?? あはは、変な藤間くん!」


 思わず口をついて出た失礼極まりない質問を、笑顔であしらわれてしまった。


 三好清十郎のユニークスキルは【ユグドラシル】といって、回復魔法と大地魔法に大きな適性を持ち、魔法のクールタイムを大幅に削減する効果があるらしい。

 残念ながら低レベルの為、大地魔法は覚えておらず、使用できる魔法は【治癒ヒーリング】のみではあるものの、先ほどの戦闘では短いクールタイムを活かして何度も何度も回復魔法を使用してくれていた。


 三好伊織のユニークスキルは【トール】。光魔法、なかでも雷魔法に非常に大きな適性を持ち、弟と同じようにクールタイムが減少するらしい。


「でも灯里さんには全然勝てないのよね……」


 そう言って三好伊織は悔しそうにそっぽを向く。


 三好伊織のレベルは3。灯里のレベルは5。しかも一度転生済み。これで灯里より強かったら逆にどうなっているんだって話だ。

 灯里は武器もユニークだし、なにより魔法の数が違う。


 三好伊織の【落雷サンダーボルト】は灯里も使えるし、加えて【火矢ファイアボルト】、そしてシュウマツ前には【火柱フレイムピラー】なんてランク2の魔法も習得したくらいだ。どれだけ三好のクールタイムが短くても、みっつの魔法で取り回しの効く灯里にはまだ届かないだろう。


「あ……そうだ。ねえ、ストレージボックスに入ってる素材って使っていいの? ジェリーの粘液とか」


 なんで俺に訊くのかはわからないが、三好伊織は俺の答えを待たずに清十郎の手を引いてストレージボックスへとずんずん歩いてゆく。


「い、イオ、どうしたの?」

「レベルアップよ。きっと、セイもさっき同じメッセージが出たでしょ?」


 ボックスを開け、俺に振り返って「で、どうなのよ」という視線を向ける。

 ぶっちゃけ俺に訊かれても困る。こんなときに頼りになるのは──


「もちろん構わないさ。レベルアップはこれからのウェーブに大きな影響をもたらす。みんなもそう思うだろ?」


 俺と目があって苦笑した祁答院だった。

 さすがのインフルエンサーっぷりである。みな頷いて、三好きょうだいだけでなく、小山田、小金井、海野がストレージへと歩み寄ってゆく。

 気づけば祁答院が俺に近づいて来ていて、ストレージやステータスモノリスを横目で見ながら俺に声をかけてくる。


「きみはもっと、自分に自信を持つべきだ」

「……なんだよ急に」


 その意味が本当にわからず、低い声を返す。


「うすうすわかってはいるんだろ?」


 そうして座りながら見上げた祁答院は、俺に笑顔を向けて続ける。


「召喚モンスターを連れて、人数分以上の活躍をしているとか、そういうことじゃない。きみは周りに影響を与え続けている。…………俺なんかよりも」


 驚いた。

 祁答院の口から、俺”なんか”というセリフが飛び出したことに。


「んなわけ、ねえだろ。俺は……ただの、陰キャだ」

「ははは。陰キャって言葉、知らなかったから調べたよ。──俺は、きみが陰キャだとは思わないけどな。少なくとも、いまは」

「んなわけねえよ」


 ぶっきらぼうに返すと、祁答院は余裕げに苦笑して「じゃあ」と続ける。


「じゃあ、きみが変わらないのなら、変わったのは俺たちなのかな」


 なにが「じゃあ」なのかわからないし、そもそも祁答院がなにを言いたいのかもわからない。祁答院の問題なのか、受け側──俺の問題なのかすらわからない。


「きみは周りを変えていく。伶奈も亜沙美も香菜も──きっと、直人も」


 わからない。灯里も高木も鈴原のこともだが…………なぜここで海野の名前が出てくるのか。



「みんな、第六ウェーブが来たよ!」


 国見さんの声で、全員がモニターに注目する。


「うっわ……めっちゃ多いじゃん……」

「私、西だよね。香菜ちゃんは東?」

「伶奈ー。また別々だよー……。しーちゃんごめん、SPなんだけど、4だけ回復してもらってもいいー?」

「はいですっ。みなさんがんばりましょうっ!」


 声をかけあいながら俺たちは国見さんを置いて教室を出てゆく。



 ──気のせい、だったのだろうか。

 国見さんの声にかき消されてしまったけど。


『────きっと、直人も』


 その言葉に続いて、



『そして、俺も』



 そんな声と同時に、祁答院の顔が歪んだのは、気のせいだったのだろうか。

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