07-05-昨日までの俺ならば

「藤間くん、魔法使いだったの? 私はてっきり空手の経験を活かして、格闘のスキルを取得したものだと思っていたのだけれど」



 自室にてコボたろうとコボじろうを再召喚すると、七々扇は端正な顔立ちに驚きの色を浮かべた。



「いや、魔法は使えねえ。召喚と呪いだけだ……っておい高木、鈴原、あと灯里。その……それなりにしとけよ」



 コボたろうとコボじろうはひざまずいた状態で召喚され、立ち上がるのも待たず、いつものごとく高木と鈴原と灯里に愛でられていた。「それなりにしておけ」という控えめな俺の制止に、コボたろうとコボじろうは捨てられた子犬のような顔になった。



「召喚と呪い……そう。不思議なこともあるものね」



 七々扇はそう言って、今度は表情に影をつくる。



「不思議?」


「ええ。昨日まで行動をともにしていた朝比奈さんも、召喚と呪いを使用していたから。……もっとも彼女は、攻撃魔法や回復魔法、攻撃力を上昇させる『オーラ』も併用していたけれど」



 朝比奈。

 朝比奈、芹花。



『藤間くんみたいなクソザコを芹花が好きになるわけないじゃないですかー☆ 身の程をしってくださいね♪』

『藤間くん、許してもらえませんか? …………一回、タダでさせてあげますから』



 弱者への徹底した悪意と、

 強者への徹底した媚び。


 愛くるしさは魔性だと知った。



 ……だから、俺はあざとい女が嫌いだった。



「ふぇぇぇ……。七々扇さんも朝比奈さんもすごいんですねぇ……」



 でも、俺はもう、アッシマーから魔性を微塵も感じない。それでも、



「お前あざといのやめろって」

「わわっ、ひさしぶりに聞きましたそれ! いったいわたしのどこがあざといっていうんですかっ」

「いやお前、ふぇぇ……とか、はわわわわとかどう考えてもおかしいだろ……」


 それでも、口を挟まずにはいられない。


 アッシマーに朝比奈の魔性を見出してしまうからではなく、


 ……そういうのが原因で、俺のいないどこかで虐められないかって、心配になるだろ。


「おかしくないですよぅ! ね? 七々扇さんっ」

「……えっ? え、ええ、そうね。とても個性的でその、……個性的だと思うわ」

「ほら!」

「七々扇のコメントのいったいどこに胸を張る要素があったんだろうな」


 個性的としか言ってないんだけど。

 ……それにしても七々扇、冷静に見えて意外とテンパるの早いな……。



「ねーねー、そーいえばさー。さっき綾音の言ってた、朝比奈……だっけ? の使うオーラ? ってやつ? あたしも覚えたし」


 高木がコボたろうを解放し、ステータスモノリスに触れて出現したウィンドウを俺達に見せつけてくる。


────────

▼──ユニークスキル

栄光の鉄槌グローリー・ハンマー】LV2

オーラの非常に大きな適性を得る。

武器の取扱いに大きな適性を得る。

▼──アクティブスキル

力の円陣マイティーパワー

消費MP4 効果時間:240秒 効果範囲:半径7m

範囲内にいる味方の物理攻撃力を上昇させるオーラを展開する。

──────────


 高木のステータスモノリスって初めて見たけど、グローリー・ハンマーって武骨そうなユニークスキルだったんだな……。


「マイティーパワー……。朝比奈さんと同じオーラね。でも、ユニークスキルの影響かしら。高木さんのほうが効果時間も長いし範囲も広いわ」


 七々扇の声に高木が自慢気にふふーんと胸を張る。よく見ておけアッシマー。これが胸を張っていいシチュエーチョンだ。


「亜沙美いいなー。ウチも転生したけど、スキルなんて増えてなかったよー」

「あはは、私もだよ」


 転生に伴うユニークスキルの強化により、高木はマイティーパワーというアクティブスキルが生えたが、鈴原と灯里は違った。

 でも逆に言えば、オーラの非常に高い適性を得る【グローリー・ハンマー】というユニークスキル持ちの高木は、いままでオーラを覚えておらず、不遇だったといえる。


 それは召喚スキル持ちのくせに召喚モンスターがいなかった自分の境遇を想起させ、あー、高木も大変だったんだなぁと、やけに目の前の金髪を身近に感じた。



「にししー、これからはあたしが守ってやっからね!」


 灯里と鈴原の肩を抱きながらあけすけに笑う。……あー、こういうところは全然身近に感じねえわ。


──


 六人+召喚モンスター二体の大所帯で街の喧騒を抜け、南門までくれば人の往来はずいぶんと減る。

 というのに、今日は十人以上のホビットたちが、ふたりの警備兵に詰め寄っていた。



「頼む、すぐそこなんだ! どこかへ転がってしまう前に──」


 中心となって声をあげているのは、見知ったスキンヘッド──ダンベンジリのオッサンだった。


「そんなことを言われても、吾輩は困るのであります。吾輩の仕事はエシュメルデの防衛であります」

「フーリンの言うとおり。そのような案件はギルドに持ち込むことをオススメするのであります」


「かーーーーっ! なんだなんだ、デカい図体をしよって頼りにならん!」


 ダンベンジリたちは唾を吐く勢いで詰め寄るが、警備兵のふたりが表情を崩すことはない。



「ダンベンジリさんダンベンジリさんっ、どうかされましたかっ?」


 怒声渦巻く中心に声をかけるのは、それもやはり見知った顔だった。

 というか、アッシマーだった。

 たったいままで一緒に歩いていて、どうやってやり過ごそうか考えている俺の隣にいたはずのアッシマーだった。


 ……なに首突っ込んでんの、あいつ。


「お、おお? 嬢ちゃんはたしか透の──おおっ、透!」


 そして今度は、俺たちが囲まれる番だった。

 アッシマーがああっ!!


「げえっ、……よ、よう。なんかあったのか」


 仕方なしにそう問えば、ダンベンジリたちは『よくぞ訊いてくれた!』と詰め寄ってきて、


「皆で採取をしていたら、モンスターの群れが現れたんだ。皆必死で逃げたんだが、サンダンバラだけ逃げ遅れて、背中から槍で突かれてソウルケージに……」


 ダンベンジリをはじめ、何人ものホビットが口惜しそうに自らの脚を叩いた。


 こっちの人間が戦闘不能になったとき、ソウルケージというアイテムさえ持っていれば死ぬことはなく、魂はソウルケージに入り、ソウルケージは地面に転がる。

 そのソウルゲージをギルドへ持っていけば、安くない金で魂から人体を再生成し、めでたく復活できるってわけだ。

 しかしそれはもちろん、ソウルケージが見つかればの話だ。見つからなければ復活しようがないし、損傷がひどい場合も復活は難しいらしい。

 落ちているソウルケージをモンスターは認識できない。だから意図的に壊されることはないが、認識できずとも踏まれれば損傷するし、小さく軽いため、突風が吹けば転がってゆく。崖から落ちたり流れる川に落ちればおしまいだ。ダンベンジリが急ぐ理由はここにある。



「藤間くん、みなさん、いいですよねっ」


 いや待てや。いいですよねっ、じゃねえんだよ。灯里と鈴原、高木は当然のように、そして七々扇は戸惑いがちに頷いている。


 なんで無条件で助ける流れなんだよ。

 いいか、俺たちはLV1~5の貧弱パーティだぞ。敵モンスターの強さくらい訊いてからにしろよ。




 ──昨日までの俺ならば、きっとそう言っていただろう。



「……急ぐんだろ? オッサン、道案内してくれ」

「おお……ありがたや!」

 

 脳内で悪態をつきながらも、俺の心に灯ったあかりが、いまにも消えそうな命を放っておかない。



『ぷぅぷぅ』



 ──そうだろ、うさたろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る