07-04-仮面とヒーローと劣等感
俺は、誰かに嫌われたことがない。
俺は、誰かに悪意を向けられたことがない。
それが、すこし、重かった。
──いつまで俺は、俺を続ければいいのかと。
「はぁぁああっ!」
マイナーコボルトの槍をかわし、一閃。
首を狙った一撃にはたしかな手応えがなく、皮一枚と相手の首に刻まれた一筋の紅だけが渾身の一撃の成果だった。
「「グルアッ!」」
「くっ……!」
お返しとばかりに繰り出される二本の槍。片方を盾で受け、その勢いで後ろに飛び跳ねてもう一撃を躱す。
このままでは囲まれてしまう。少し躊躇ったが思い切り、背を向けて走り出す。目標は二本の樹木……!
「ぐあっ……!?」
背に
しまった……。後ろには弓持ちまでいたのか……!
痛みをこらえて木々の隙間を走り抜け、すぐさま身を翻すと、すぐ近くまで迫っていたコボルトに剣を向けた。
「うおおおおっ!」
二本の大樹の狭い隙間にコボルトを封じ込めるようにして剣と槍を交わす。こうすれば、二対一ではなく、一対一を二回繰り返し、その後にロウアーコボルトを討ち取るだけっ……!
「ギャアアアアアッ!」
剣と槍が交錯し、相手の槍は俺の肩──銅製の鎧を貫くことはできず、しかし俺の剣は相手の胸を突き破っていた。
蹴り飛ばし、乱暴に剣を引き抜くと、矢継ぎ早に襲いかかるもう一体のコボルトの攻撃を盾で防ぐ──
《10経験値を獲得》
《レベルアップ可能》
「はぁっ! はぁっ……! ぐっ…………う……ぅ……」
戦闘終了と同時に、肩と背、そして腹に突き立った矢が消滅し、鮮血が滲んで、あるいは噴き出してゆく。
「う……くっ…………」
熱い。射られた傷が、熱い。
寒い。だというのに、寒い。
──────────
開錠成功率 51%
↓
成功
30カッパー
マイナーヒーリングポーションを獲得
──────────
「っ…………!」
朦朧とする意識のなか、木箱から出現した
痛い。苦しい。早く効いてくれ。
身体から流れる赤いものは果たして俺の血なのか、それともたったいま垂下した赤いポーションなのか──そうしてどうしようもないことを考えているうちに、痛みは引いてゆく。
「はぁっ……! はぁっ……!」
今度は思い出したように強烈な疲労がやってきた。薙いだ剣を持つ右腕も、防いだ盾を持つ左腕も、もう上がらない。
痛みではなく、ポーションでも回復魔法でも癒えぬ
みっつの木箱を残したまま尻もちをつき、今の俺には相応しくない青空を仰ぎ、肩で荒く息をする。
『灯里を守るのは、祁答院、お前じゃない。────俺だッ!』
俺は、誰にも負けたことがない。
──そんな俺が
「俺には、なにも捨てられないよ、藤間くん……」
きみの言うように、なにかを守るために、なにかを捨てて──
俺に捨てられた人を、
自分のせいではなかったと開き直れるほど、人は強くない。
正義のヒーローは、
『なにを探しているんだい? もしかしたら力になれるかもしれないだろ?』
弱きを助け、
『人間に格があるというのなら、いたずらに人を傷つけるふたりのほうがよっぽど格下だ』
悪をくじく。
ならば、いま、弱きは誰なんだ?
────きみじゃない。
きみはきっと、世界を犠牲にしてでも、足柄山さんと伶奈を守ろうとするだろう。
その強さを、きみはもう持っている。
『悠真、しばらく別行動しようぜ』
『俺らテキトーにそこら辺で都合いいやつ見つけっから』
昨日、ふたりはそうして口うるさい俺から離れ、朝方からやっている、女性を買う店が立ち並ぶ路地へと消えていった。
「くくっ……はははははっ……!」
弱きは、俺だ。
あのふたりといることで、伶奈や亜沙美、香菜に危害を加えないよう、内側から抑えていたが、それすらもできなくなった俺だ。
そして未来を見据えず、刹那の快楽にばかり目を向けるあのふたりだ。
「グルゥ……」
木箱に手をついてなんとか立ち上がる。
敵は──マイナーコボルト三体。
「いくぞっ……!」
俺は、強くなる。
きみよりも強くなって、誰よりも強くなって、たくさんの人を守る正義のヒーローになる。
それが、俺と、──の夢だから。
藤間くん。
俺はきみに、負けない。
「うおおぉぉおおオオッ!」
あのとき感じた劣等感を、払拭するッ……!
嫌気がさすような痛みをこらえて立ち上がる。
獣のような咆哮をあげて
疲れたことなど置き捨てて。
鈍い痛みなど吐き捨てて。
──いつしか、かぶり続けた仮面など、脱ぎ捨てて。
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