07-03-早起きは10シルバーの得?

 早起きは三文の得(徳)、ということばがある。


 これはそもそも中国のことばで『三日早起きすれば一人前の仕事になる』という意味だったらしい。だからもともとは三朝の徳だったのだ。

 それが日本に伝わり、早起きすると朝早く鹿の死体が片付けられるとか、堤防の土を朝早くに踏み固められ、それの報酬として日本の古銭である三文がもらえるから、と、三朝が三文になり、『徳』でも『得』でも正しい、というふうに変わっていったそうだ。


 ベッドの上で半身を起こすと、真剣な顔つきでオルフェの砂を錬金しているアッシマーの横顔が目に入った。外から差し込む薄い光と肌寒さが、まだ朝方だと教えてくれている。


「え……いま何時──」

「はああああああああああああああああ!?」


─────

《錬金結果》

─────

オルフェの砂

オルフェの砂

─────

調合成功率 94%

アトリエ・ド・リュミエール→×1.1

錬金LV3→×1.3

幸運LV1→×1.05

集中低下→×0.4

調合成功率 56%

オルフェのガラスを獲得

─────


 アッシマーの驚いた声で俺も跳び上がりそうになって身体を揺らすのと、錬金が成功したウィンドウが表示されたのは同時だった。アッシマーとふたりで胸を撫でおろす。


「えっ? えっ? どうしたんですか藤間くん? 多分まだ六時前ですよ?」


「んあ……なんだか目が覚めちまった」


「目が覚めた? 藤間くんが?」


「おい、なんか俺が一生目覚めないみたいな言い方やめろよ。これでも一生懸命生きてるんだから」


 抗議の眼差しを送ってやると、大きな瞳とぶつかった。


 昨晩も見た大きな瞳と。


──


「うおあああ…………アッシマー、お前ん家の玄関、ホラーになってる」


「えっ? どういう…………って、はあああああああああああああ!?」


 縦に並んだ十個の頭は、それぞれ『バレた!』『やべっ』みたいな顔をして、閉められた扉の奥へ消えてゆく。ついでに言えば、アッシマーの悲鳴もじゅうぶんホラーである。


「……なあ、いまのヤマタノオロチみたいなの、お前のきょうだい?」


「うぅ…………はいです……」


 アッシマーは顔を真っ赤にして俯いた。

 なにかひとこといじってやろうかとも思ったが、この時間だし、なによりあのきょうだいたちはアッシマーを待っているだろう。俺はパンを押しつけた手を離し、


「んじゃ、またアルカディアで」


「はっ、はいっ、また今日ですっ」


 別れを告げると、なんだか寂しい気持ちになった。


 ……これは違う。

 名残惜しいとか後ろ髪を引かれるとかじゃなくて、ここからひとりで家まで帰るのが面倒くさいだけだと自分に言い聞かせ、夜の町にぽつんと影を伸ばしていった。


 信号待ちをしているあいだ、ギアが震えた。


──────────

足柄山沁子:

今日は本当にありがとうございました!(*´ω`*)

藤間くんのくれたパン、きょうだいたち大喜びでしたよー!٩( 'ω' )و

──────────


 アッシマーを送ったことも、不要なパンを渡したことも、すべて俺が勝手にしたことなのに、アッシマーはまるで、自分のためにありがとうございました、みたいな言いかたをする。


 それが、気に食わない。


 こんな言いかたをされると、まるで俺が優しいやつで、アッシマーを滅茶苦茶心配してて、アッシマーのきょうだいにパンを渡したくて、不要なパンをわざわざ持ち帰ったみたいじゃねえか。


 しかしアッシマーは困ったことに、俺が違う、そうじゃないと否定するたび、ぜーんぶわかってますからっ、って優しい顔になるんだ。


 …………くそっ。


──────────

藤間透:

バイト紹介してくれてありがとな

──────────


 それがわかっているから、そもそもの原因は、お前がバイトを紹介してくれたからだと転嫁してうやむやにする。


『藤間くんは……不器用さんですねぇ』

『あはっ…………ふふっ……』


 さっき見たばかりの優しい笑顔が、暗い夜道を灯している。


 ──というのに。


『私は私の強さを、藤間くんからもらったから!』


 夜だというのに、脳裏では灯里が太陽になって夜空に煌めいている。


 いったい、これは、なんなんだよ。


 恋、なのだろうか。

 俺を照らす太陽に、俺の心を沁みさせる優しさに、俺は恋をしているのだろうか。


 もしも、これが恋だとしたなら。


『灯里さんに申しわけないですよぅ……』


 片方を守ることで、もう片方が傷ついてしまうのなら、恋なんて要らない。


 アパートはもうすぐ。帰ったらパン食って風呂に入ってモンハンして寝よう。


 愛すべき自宅が見えてきた。

 楽しいことが待っているというのに、背中ばかりがあたたかい気がした。


──


 ベッドからもぞもぞ抜け出して、アッシマーの正面を向かないようにしてドアへ向かう。


「トイレと歯磨きしてくるわ」


「はわわわわ……藤間くんが別人みたいですぅ……。いつもは起きたかと思ったら寝言で、二度寝どころか三度寝までしていた藤間くんが……」


 ほんとにな。

 なにがあったんだろうな。


 すごく、寝覚めがいい。


「昨日も登校直後までは目が腐っていませんでしたし……すぐ戻っちゃいましたけど」

「ほっとけや」


 あと、ひとつ安心したことがある。


 昨日射られたホモモ草は、今朝もアッシマーと向き合えないくらい元気だった。


──


「がうっ!」

「がうがうっ!」


「コボたろう、上手くなったなぁ……。コボじろうも、もう成功したのかよ」


 早起きは三文の得。早起きができない俺はこのことばを唾棄だきしていたが、せっかく起きたので、朝食までの時間、コボたろうとコボじろうを連れてオルフェ海岸で採取をすることにした。


「がうがう♪」

「がうがう♪」


 採取に成功したふたりともを撫でてやると、めちゃくちゃいい顔ではにかんでくる。コボたろうとコボじろうがかわいすぎて生きるのがつらい。

 コボじろうは小兵ゆえか、戦闘における勇敢さ──というか荒々しさは少し足りないが、コボたろうよりも器用だった。


──────────

コボたろうLV5

【採取LV1】【器用LV1】【技力LV1】【警戒LV1】【気配LV1】

27ポイント E判定

→オルフェの砂を獲得

──

コボじろうLV2

【採取LV1】【器用LV1】

22ポイント E判定

→オルフェの砂を獲得

──────────


「ぐるるぅ……」


 コボじろうよりも早くに採取を覚え、レベルが3も上で、【技力LV1】を習得しているぶん有利なはずなのに、コボじろうとあまり差がないことで、コボたろうが焦ったように呻く。


「コボたろう、いいんだぞ。お前のペースで」

「がう……」


 そうしているあいだにコボじろうが採取を再開し、弾かれたようにコボたろうも砂に膝を落とした。


 ──さて、俺も頑張らねえとな。

 三文どころか、一万円の得にしてやんよ。


──


「いやー、あんちゃんはどんどん人を連れてきてくれるね。嬉しいったらないよ」

「べつに俺が連れてきてるわけじゃないんですけど……」


 宿屋『とまり木の翡翠亭ひすいてい』の女将──エリーゼが瞳を金のように輝かせ、揚げたてのフィッシュフライを食卓に並べてゆく。


 昨晩からまたひとり増えた。彼女は自分に視線が集まっていることを感じ取り、こほんと咳払いをしてから立ち上がる。


「改めて自己紹介させてもらうわ。兼六けんろく高校一年、七々扇綾音ななおうぎあやねよ。急にお邪魔してごめんなさい。これからどうぞよろしく」


 丁寧にお辞儀をする七々扇。

 若干堅さは残っているが、昨晩の市場でのような思い詰めた表情はもうない。


 会話らしい会話を最後にしたのは小学校六年生のときだった。顔を見た瞬間思い出せるほど三~四年前の面影が残っているものの、なんというか……信じられないくらい綺麗になった。


 スレンダーの長身。ポニーテールにした長い黒髪は濡鴉ぬれがらすのように艷やかで、力のある瞳、理知的な顔立ちは可愛いというよりも美人に分類されるだろう。


 もはや二次元でしか聞かないような古風な話し口も相まって、同い年だと自己紹介した七々扇はしかしどことなく歳上に見える。


 とはいえこいつらは昨晩宿に帰ってからすでに自己紹介をしあっているから、女将が軽く、ココナが元気に挨拶をして、俺たちは相変わらず巨大なパンとフィッシュフライに視線を落とした。


「皆、レベルはどれくらいなのかしら?」


 七々扇は俺と同じく朝が弱いのか、単に食が細いのか、長いフィッシュフライに冷や汗を垂らしながら問うてくる。


「藤本としー子がLV5。あたしと香菜と伶奈は昨日転生したからLV1になっちゃった。綾音は?」


 高木がすべて喋ってくれる。なんとも楽である。もぐもぐ。しかし藤本ってだれだろう。もぐもぐ。


「私はLV2よ。一度転生しているわ」


「おー、ウチらより先輩だねー。綾音は前衛? 後衛?」


「どちらも一通りはこなせるわよ。武器は剣とロッドを使い分けているから」


「ほえぇ……七々扇さんは器用さんですねぇ……」


「すごいね……。七々扇さんはどんな魔法を使えるの?」


 女子陣が女子トークらしくない話で盛り上がるなか、俺は一生懸命フィッシュサンドと格闘していた。二本のうち一本を弁当にするにしても、さすがに量が多すぎるだろ……。


氷矢アイスボルト治癒ヒーリング、あとは解析アナライズの三つよ。…………先程から気になっていたのだけれど。灯里さんのその杖、ユニークよね? 灯里さんはどんな魔法を?」


「うん、私はね──」


 アナライズというのはモンスターのステータスを調べることのできる魔法らしい。要するにライ○"ラだな。新たなモンスターに出会ったときに重宝しそうだ。


 アイスボルトはファイアボルトと同じように直線状に射出する魔法らしいが、命中した相手の速度を低下させる効果があるらしい。


 つーか話を聞いてると、七々扇ってめっちゃ強いよな。

 だって敵の能力を知ることができて、攻撃魔法が使えて剣も使えて、そんでいざとなればヒーラーにまでなれるんだろ? ひとり何役だよ。○寺さんかよ。


「それで、その……。足手まといにはならないわ。私もあなた達とご一緒してもいいかしら」


 昨日あれだけ啖呵たんかをかました七々扇が獅子王のもとに戻れるとは思えないし、そもそも戻りたいなんて思うはずもない。

 そんな引け目でもあるのか、言っておいて弱々しく俯く七々扇の肩に、高木の腕が後ろから絡みつく。


「当たり前じゃん。あたしら昨日からそのつもりだったし! あたしらもう友達じゃん!」

「そうだよー。一緒に来てくれたらウチらも心強いしー。みんな、そうだよねー?」


 高木と鈴原の声に、灯里が優しく、アッシマーはこくこくと何度も頷いた。


 二本あるフィッシュバーガーのうち、一本の半分も食べ切らないうちにギブアップしようか迷っている俺に視線が集まる。


「んあ……まあ、俺もそんな感じだ」


 俺以外女子なこのメンバーのなかで、俺に選択権や決定権があるとは到底思えないが、一応そう応えると、七々扇はほっとした顔をしてもう一度頭を下げた。


 高木が「あんたもうちょっとマシな応対できないわけ?」とジト目を向けてくる。

 「もう一言なんか言え」と手ぶりで伝えてくるので、やむなく口を開いた。


「昨日、望月や海野と一緒にいたよな。あいつらのことは心底どうでもいいが…………祁答院は一緒じゃなかったのかよ」

「そうじゃないっしょ!? 気の利いたセリフのひとつでも言えって意味に決まってんでしょ!? でもそれあたしも気になる! 悠真、教えてくんなかったし!」


 俺の言葉を食い気味にツッコんで、しかしそれに乗ってみせる高木。忙しいやつだな……。


「望月……海野……昨日一緒に組んだふたりがそんな名前だったわね。私は基本的に獅子王と朝比奈さんと三人で行動していたのだけれど、彼らは昨日のお昼前、朝比奈さんが野良でつかまえたふたりよ」


 野良といっても、べつに草むらでボールを投げつけて捕まえたわけではない。

 野良パーティといって、その場限りのインスタントパーティのことだ。オンラインゲームなんかでよく使われる単語だ。


 ……って、そうじゃない。


「ふたり? じゃあ祁答院は?」


 だって祁答院はあの二人と一緒にいるんだよな? じゃあ祁答院も一緒にパーティに加わっていないとおかしいことになるよな?

 アッシマーも灯里も、高木も鈴原も不思議そうな顔をして七々扇の整った顔を見つめている。


 七々扇は落ちついた雰囲気に似合わないくらい可愛らしい仕草で首をこてん、とかしげ、



「ケドウイン? ……聞き慣れない名前ね。昨日組んだのは最初からそのふたりだけだったわよ。あなたたちの知り合いかしら?」

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