07-06-胸に灯る松明

 ダンベンジリの友、サンダンバラのソウルケージを回収すべく、ホビットたちをぞろぞろと引き連れて足早に南門を抜ける。


「オッサン、やられた場所ってのはここから近いのか?」

「おうとも。すぐそこ……っ!」


 街を出て一分足らずで声をかけると、ダンベンジリのオッサンは平原の一箇所を指差して絶句した。

  

「んだよ、どうしたんだよ……って、もしかして……あれ、なのか?」


 ダンベンジリは俺に応える余裕などなさそうに、歯をカチカチと鳴らす。ホビットのひとりは膝をついて肩を震わせた。


 この辺りは俺も採取でよく来ていたからよく知ってる。だからこそ、ありえないくらいの違和感があった。

 最初は、あれ? こんなところに木の柵なんてあったっけ? なんて思っていた。


 その柵はコの字に組まれていて──


 柵のなかには下へ降りる階段があって──


 階段からは紫色の、禍々しい瘴気のようなものが立ちのぼっている……。


「ダンジョンに、なっとる……」

「しかもなんと……これは『コラプス』じゃ……」


 コラプス。

 以前、浜辺でちらりと祁答院が言っていた、特殊なダンジョンのことだ。


 なんでもダンジョンが腐食したもののことを指すらしく、普通のダンジョンとの違いは『異世界勇者以外、コラプス内では全能力が大幅にダウンしてしまう』そうだ。


 リディアをはじめ、アルカディアで強い人間は多い。それでもアルカディアが現実世界に救いを求める理由のひとつが、このコラプスだった。


「失礼。ソウルケージが落下したポイントがコラプスになったということなのかしら? サンダンバラ氏のソウルケージはいまどうなっているの?」


 七々扇の質問に、ホビットたちが弱々しく口を開く。


「これが偶然でなければ、このダンジョンは、サンダンバラを斃したことでモンスターの瘴気が高まって、サンダンバラのソウルケージをしろとして出来上がったものじゃ」

「その場合、ソウルケージはダンジョンクリアの報酬の一部に組み込まれる」

「しかしコラプスになってしまうと、依り代のソウルケージを蝕み始める。時間が経てばサンダンバラは……」


 サンダンバラは、どうなるというのか。

 ……そんなこと、訊かなくてもわかってる。


「お前らは戻ってろ。そんでギルド……でいいのか? にコラプスが出来たって知らせてこい」


 俺は全員にそう言って、コボたろうとコボじろうのふたりと頷きあう。


「透……お前もしかして」


「コラプスの規模だけでも確認しておいたほうがいいだろ。その前に質問な。ダンジョンとかコラプスって、最奥さいおうにあるダンジョンオーブを壊すか、ボスを倒せば攻略したことになるんだよな?」


「そうだが……っておい、嬢ちゃんたちまでなにやって」


 ダンベンジリの答えを背にし、深淵に向かおうとしたとき、戻ってろと言ったはずの女子連中も武器を手にして俺についてくる。



「藤間くん、さっきの戻ってろって……まさかわたしたちのことも含まれていませんよね?」


 アッシマー。


「ウチも頑張るよー。あはは……力になれるかわかんないけどー……」

「つーかオトコ見せようとしてんのはわかっけどさー。あたしらだってオンナ見せなきゃいけないワケよ。だからあたしらも行くかんね」


 鈴原、高木。


「藤間くん。私、もう、守られてるだけじゃないよ。──藤間くんは、私が守るから!」


 灯里。


「ふふっ……あなた、身を呈して誰かを庇うところ、ちっとも変わっていないのね。──私も灯里さんと同じよ。もう守られているだけじゃない。そのために強くなったのだから。そして、これからももっと強くなる」


 七々扇。


 なんとも頼りがいのある連中である。

 俺はそんな彼女たちに──


「いや戻ってろって」

「ずこーーーー!! ……あんたねぇ! そこは『しょうがねえな』って顔をするか、感動のあまり泣くとこっしょ!?」


 高木はつんのめるように長い金髪を揺らした。


「いやだって……危ないしな」

「そんな危ないところにひとりで行くお友達を放っておけないよー」


 鈴原のなにげなく言い放った『お友達』という言葉に、一瞬で自分でもわかるくらい顔が赤くなった。あ、あー、そうね。コボたろうとコボじろうのことね。鈴原と仲いいもんね。それならなんでひとりって言いかたをしたのか疑問だけど、あまり考えちゃいけないよね。



「……透。肝心のワシらはなにもできねえ。だからせめて、これを持っていってくれ。逃げる直前まで使っていたから、すこし減ってるが」


 ダンベンジリのオッサンがアイテムボックスから取り出したのは、淡い緑の光を放つ、拳ほどの大きさの球体だった。


──────────

★リジェネレイト・スフィア LV2

HP20/20 SP12/20 MP20/20

─────

エピックアイテム。

非戦闘時のみ使用できる、小型の回復スフィア。

使用したリソースは、時間とともにLVに応じて自動回復する。

──────────


「うお、なにこれ。エピックアイテムって?」

「等級はレアの上だ。10年前に80シルバーで購入したもので、LV2にエンチャントしてあるから、2ゴールドをちょっと切るくらいの価値はある」


 それを聞いて、思わず球体を取り落としそうになった。

 2ゴールドっていったら、ええと……20万円じゃねえか。高校生が持つには高級すぎる。


 それにしても、自動回復付きの回復アイテムかよ。便利すぎるだろ。どうりでオッサンと採取を同時にはじめたとき、俺のほうがすぐへばってたわけだ。


「受け取れねえって。大事なものなんだろ? ロストしたらどうすんだよ」


「これを貸す。だから絶対に死ぬんじゃねえ。……透はワシのせいで一度死んでる。危険な場所に放り込んでおいてこんなこと言える義理はねえ。……ねえけど頼む、死なねえでくれよ」


「ぅ……」


 すがりつくようなダンベンジリの表情に、思わずたじろいだ。

 俺は──


「わかった。気をつける」


 明確に応えぬまま、リジェネレイト・スフィアをアイテムボックスに仕舞い、コボたろうを先頭に、今度こそゆっくりと階段に足を向ける。


 ……なんだよ。

 勝手にえらく心配してくるじゃねーか。



「あははー、藤間くん耳まで真っ赤だねー」

「うっせえよ」


「いつもみたいに無茶したらだめですよぅ?」

「そーそー。あんたいっつも簡単に死ぬんだから。今日から肉壁禁止ね」


「にく……? 綾音ちゃん、にくかべってなにか知ってる?」

「……聞き慣れない言葉ね。高木さん、にくかべとはどういう……?」

「普通は知らんだろそんな言葉……。むしろ高木が知ってたことに驚きだわ」



 恐怖へと続く階段。



 それでも、こんなに胸があたたかいのは、壁に設置された松明たいまつのせいじゃないことなんて、とっくに知っている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る