05-12-たしかに灯ったもの
素材が集まった俺たちは、泉の拠点でリディアやリアムレアムと合流し、ともに帰還した。
シャワーを浴びて部屋で一息つくころ、エシュメルデには闇がおちていて、たくさんのマナフライが煌々と街を照らしていた。
「これ、なんの肉っすか」
「唐揚げはクック鶏だよ。豚バラ大根の肉はポクリコ豚。ほらほら、びくびくしてないでばくっと一気に食べちゃいな!」
夕食にはなんと箸と白米が出された。異世界にもあったのかと驚きだ。
日本米と比べるとさすがに味は落ちるが、全然食えた。むしろ美味かった。
ご飯、唐揚げ、豚バラ大根、サラダと品数がめちゃくちゃ多いわけではないが、主菜がふたつもあり、恐る恐る箸を伸ばすとこれがまた美味い。白米がすすむ味付けだ。
……俺、現実よりも異世界のほうがよっぽど食事らしい食事をしてんじゃねえか。
「うまっ! 前の宿より全然おいしーじゃん!」
「でしょ? おかわりもあるからたくさん食べなよ」
高木をはじめ、次々とあげられる感嘆の声に女将は気を良くして、ずずいと皿を押し出してくる。
朝、この広間には女将、ココナ、リディア、アッシマー、俺の五人しかいなかったが、いまは灯里、高木、鈴原が増えて八人。人数が増えた……というよりも、高木が増えたぶん賑やかな夕食となった。
「アルカディアにもお醤油ってあったんだねー。びっくりだよー」
「白ご飯もうれしいですっ」
「ココナさんも女将さんもお箸の持ちかたがすごく綺麗……」
女子グループの呟きにココナが反応して、
「はにゃ? みんにゃの世界には、お醤油とかお米とかお箸がにゃいのかにゃ?」
これである。異世界と現実が繋がって久しい。食文化もどちらが先か現地民でもわからなくなるくらい、現実との交友、そして繁栄があったということだろう。
「炊いてからの米より焼いてからのパンのほうが日持ちするからどこもパンばっかり出してるけど、あたしとココナはこっちのほうが好きだからね」
「ご飯おいしいにゃー♪」
にゃふふと笑いながら肉球のあるぷにぷにの手で器用に箸を扱うココナ。
……コボたろうにも箸の使い方、覚えさせようかな。
「おにーちゃんたち、今日はスキルを買うにゃ? 買わにゃいんだったらお店閉めちゃうけど……」
食後、食いすぎて腹を押さえる俺たちにココナが声をかけてきた。
「どうする……って、今回の稼ぎの分配すらしてねえな。明日の朝にでも行くわ。女将、明日の宿泊費の支払い、もうちょい待ってもらっていいすか」
「了解にゃん♪」
「あいよ」
「あー、あたしら今日のぶんもまだ払ってないじゃん」
「あ、私も……。リディアさん、お金……」
「あとでいい」
がやがやとそれぞれが話すなか、さっさと分配してしまおうということになり、MPを使うトレーニングも兼ね、戦闘をする予定なんてないが、コボたろうを召喚し、やはり俺たちの部屋……201号室へ。
リディアが俺たちの戦果が詰まったストレージボックスをアイテムボックスから取り出して作業台の上に置き、採取がよほど疲れたのか、ふらふらと自室へ戻ってゆくと、みなやはり適当にそれぞれのアイテムを「これ欲しい人ー? いない? じゃああたしもーらい」といった感じで持っていく。
今回の狩りで得た金は24シルバー50カッパー。それを5人で割り、ひとりあたり4シルバー90カッパーの収入。
「すご……! あたしら一日でこんなに稼いだの初めてじゃね?」
アッシマーのユニークスキル【アトリエ・ド・リュミエール】の効果で獲得金額が2倍に増えての収入である。
この金と高木の反応を見て、あれ、やっぱり採取のほうが稼げるよな? とアッシマーと顔を見合わせる。
もっとも、それも調合、錬金、加工が使えるアッシマーが居てからこそなんだけど。やばい、もしかして俺、アッシマーに依存してない?
しかしまあ、アイテムを鑑定して分配するこの『お楽しみタイム』ってやつはなにものにも変えがたい高揚感がある。ハクスラの醍醐味だよな。
『☆コボルトの意思』を除き、今回の狩りではもうひとつレアが出た。それは弓のような形をしていて、高木と鈴原は何度も遠慮がちに視線を送っていた。
──────────
☆鳥落とし (木長弓)
ATK1.20
(要:【弓LV1】【和弓LV1】)
─────
【射撃(↑LV1)】【長距離射撃(↑LV1)】
【射法(↑LV1)】【礼節(↑LV1)】
【
飛行モンスターに倍撃
─────
和弓ランク2、木長弓のユニーク。
空中に居る敵に対し、非常に有効。
──────────
「「「おー…………」」」
灯里が鑑定を終えると、弓らしい形をしていたなにかは和弓のフォルムに変形し、素朴ながらも美しい弓に変わった。
「あちゃー、あたし無理だ。香菜、あんた使えるんじゃない?」
「う、うんー。これ、もらっていいのー?」
高木がすこし残念そうに、鈴原は遠慮というより、とまどい気味に俺たちの顔を見回す。
そもそも弓なんて簡単に扱えるわけがない。誰も異論なく、それは鈴原の手に渡った。
「なあ、高木も弓使ってんだろ。なんで鈴原は使えて高木は無理なんだ?」
「これ和弓でしょ。あたしの使ってる洋弓とは何もかも違うし、猛練習してないと前に飛びすらしないって」
言われてみれば、高木と鈴原が今まで使っていた弓って、アーチェリーみたいに矢を番えるところにくぼみがあったけど、この弓にはない。このくぼみが関係してんのかな?
高木と鈴原が言うことには、アーチェリーなら素人でも的に
言われてみればアーチェリーは競技、弓道は武道って言われてるくらいだし、ド素人の俺にはわからない違いがたくさんあるのかもしれない。
「もしかしたら、弓に持ち替えることで迷惑かかっちゃうかもー……」
弓道経験者らしい鈴原はそう言って汗を飛ばす。
「まあいいんじゃねえの。俺たちなんてまだレベル一桁のルーキーだろ。いまのうちにいろいろ使ってみて、自分にあう武器を探せば。もしもどうしても駄目そうなら、洋弓に戻せばいいわけだし」
右も左もわからない俺に言えることなんて、それくらいしかない。
「でもウチ、いまいちみんなの役に立ててなくてー……。藤間くんとコボたろうみたいに前衛もできないし、亜沙美ほど強くないし、伶奈みたいに一撃重くないし、しーちゃんのほうが開錠上手だし……」
ため息をつく鈴原。
俺はすこし、意外だった。
……なんだよ。
全然。
俺たちと、ぜんっぜん変わらないじゃねえか。
パリピと陰キャだといって区別をし、吐き捨てたこともあった。
なのに鈴原の悩みは、俺たちとまったく変わらない。
俺もアッシマーも、ほしがっていた。
一生懸命走って、ひたすらふくらはぎに力を入れて背伸びをし、転んでも慌てて立ち上がる。
誰も、自分なんかを待ってなんてくれないと思っていたから。待ってくれているのに、ずっと先を走っているだろうと前しか見ないから、並んでいることに気づかない。
人はやはり、群れるいきものだ。
人はきっと、自分は群れのなかに居てもいいと誰かに言ってほしくて、群れのなかで己に利用価値を探してゆく。
俺は陰キャだ。群れなんてこれまでつくったことはおろか、混ざったこともなかった。
そんな俺が、生まれてはじめて、まごころに触れた。
『わたしずっと、ずっとずっと棄てられてきたから……きっとまた棄てられるって思ってて……! でもなぜか藤間くんにだけは棄てられたくなくて……!』
星降る夜に、はじめて自分以外の孤独を知った。
ひとりがいやだと思った。
『私、藤間くんと一緒にいたいっ……!』
『好きだよ、藤間くん。大好き』
『だ、だから、かっこいい、ん、だよ』
あのしじまで、はじめて自分以外の想いを知った。
ふたりの照れくささと眩しさとあたたかさを知った。
藤間透という孤独だった人間のなかに、アッシマーと灯里というふたりの人間が、たしかに灯っている。
そしていつのまにかこんなにも大きくなっていた、煌々とさんざめく灯火を手放したくはないと。
…………あ。
そんな俺が、どうして気づいてやれなかったのか。
『わたしも藤間くんも、だいだい、だーい歓迎ですっ!』
アッシマーが両手でガッツポーズをつくりながら高木と鈴原に言った、この言葉の意味を。
捨てられたばかりの鈴原と、友達を優先した高木が、不安じゃないわけ、ないじゃないか。
だからアッシマーは、俺を見ないようにして、俺の意見を捨ておいて、そういうことにしたのだ。
『捨てませんよ』という言葉をあれだけ欲しがった俺だ。その言葉に鈴原と高木がどれほど救われたか、振り返って考えれば察するに余りある。
住むかどうかという話のとき、灯里も高木も鈴原も、ちらちらと俺の顔色を窺っていたのは、満場一致の免罪符が欲しかったんじゃない。
『二度と話しかけんなパリピ』
『お前らみたいなやつ、脳内で何度も殺してるからな』
『格下の涙は数に入らないか?』
あれだけ暴言をはいた……拒否する要因の最有力である俺が、怖かったんじゃないか。
「そんなに焦ることなんて、なにひとつないだろ」
俺からそんな言葉が聞こえたのが意外だったのか、鈴原が驚いた顔をあげる。
べつに俺がこいつらにしたことへの
バランスとか、採算とか、帳尻をあわせるとかそういうことでもねえ。
俺もアッシマーも、この"言葉"が欲しかったんだ。
「お前のペースでいいんだよ、鈴原」
捨てられることに怯えて、焦って駆け出して。
突っ走って、背伸びして、勝手に死ぬ人間なんて、俺だけでじゅうぶんだ。
捨てるとか捨てられるとか、もうたくさんだ。
マウントとか利用価値とかも、もうたくさんだ。
「ぅぁ……あ、あはは……うん、その、ありがとう、藤間くん」
「ま、俺なんかが言えた義理じゃないけど。むしろ問題は俺なんだよなあ……。コボたろうを召喚して呪いをかけたら手持ち無沙汰なんだよな。なあ、洋弓がド素人にも扱えるんなら、お古のコモンボウを貸してくれねえか」
「あ、う、うんー。ウチなんかのでよかったらー」
鈴原からすると、このメンバーならば、使えないという理由で自分を捨てるのは俺くらいだと思っていたのだろう。その俺から出た言葉に鈴原は笑顔を見せて、洋弓・コモンボウを革袋から取り出して俺に差し出してくれる。
「悪ぃな。和弓が使いづらかったら返すから」
鈴原と目があった。なぜかすごい勢いで顔を逸らされた。
その折、差し出した手──指同士が軽く触れた。
「ぁ……」
なにを焦ったのか鈴原がコモンボウを取り落とし、狭い部屋にカランカラン……と音が鳴り響く。
「なにやってんだよ……」
「あ、あははー。ご、ごめんー」
なんだか鈴原はどうにもいっぱいいっぱいの様子で、自分の胸を両手で押さえている。しょうがないから自分で拾いあげ、女子の持ち物だという理由だけでいい匂いがしそうな弓を革袋に仕舞った。
「香菜、あんたまさか…………まさか、だよね?」
「どうしようー……やばいー…………」
「鈴原さん、大丈夫ですかっ? お胸、苦しいですかっ?」
「か、香菜ちゃんっ。だ、駄目だよっ……!」
女子軍団が鈴原のもとに集まってゆく。え、もしかして、俺と指が触れたから藤間菌が付いたとか言い出さないよね?
「藤間、あんた、なんつーか……変わったね」
そう思ってびくびくしていると、鈴原の頭に手を置いた高木に声をかけられた。
そりゃあ、やりなおしたからな。
そう言おうとすると、アッシマーと灯里が、
「? 藤間くんはなにも変わってませんよぅ?」
「藤間くんは、最初から…………ずっと、優しい、よ?」
俺と正反対の言葉を口にして、高木を唖然とさせた。
使えないから捨てるとか、俺たちは高校生だぞ。そういうのは社会に出てからでじゅうぶんだろ。
なにが大事かって、
灯里の優しい心とか、
アッシマーの一生懸命なところとか、
高木の友達を優先して自分も鈴原についていってやる思いやりとか、
鈴原の役に立ちたいって気持ちだろ。
めちゃくちゃ偉そうだが、俺はそう思う。
だから、利用価値とか、使えるとか使えないとかで、絶対に俺は捨てない。
灯里とアッシマーを、傷つけない限り。
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