05-13-歩くこの道が変化したように

『もしもし透ちゃん? 元気?』

「んあー…………」


『昨日、お父さんとみおちゃんと三人で、透ちゃんのイメージスフィアを見たのよ。透ちゃん、いつの間にか男になってたのねー♪ かっこよくて、お母さんきゅるるん♪ ってしちゃったわー♪』

「んあー…………」


『ずっと塞ぎ込んでいて、高校入学と同時にひとり暮らしを始めるって言ったときは驚いたけれど、透ちゃんには良かったのかもしれないわね。それであなた、どの子が本命なの? 澪ちゃんが気にしてたわよー♪』

「んあー…………」


『それでね? アルカディアではじゅうぶんな稼ぎがあるみたいだから、仕送りは要らないだろうってお父さんがね? お母さんは反対したわよー?』

「んあー…………」


『でも透ちゃんには自分で食べていくことの大切さを学んでほしいって、お父さんがきかなくて……。そういうことだから、透ちゃんがんばってねー♪ お母さん応援してるわ♪ ふぁいと、おー♪』

「んあー…………」


──


 こんなことがあっていいのだろうか。

 早朝に母親から久しぶりに電話がかかってきて、んあんあ言っているうちに仕送りを打ち切られていた。



「でも私、すごいと思うな。藤間くんがそれだけご両親から一人前だと思われてるってことだもん」


 俺たちの通う鳳学園高校への道。

 隣に並ぶのは、今日も今日とて出くわした灯里だ。


「お前、前向きのスペシャリストかよ。俺がどれだけ前向きに解釈しようとしても、仕送りを体よく断られただけだと思うんだけど」

「それ全然前向きに解釈してないよ!?」


 何度も言うが、俺は朝が弱い。



『藤間くん、ため息ついてる。……なにかあったの?』


 だから考えなしにあれこれと喋ってしまったのだ。


「でも、知らなかったな……藤間くんってひとり暮らしなんだ」


「まあな。灯里は違うのか?」


 鳳学園高校は千葉県有数の進学校でありながら、現実、そして高校とアルカディアを繋いだパイプのような学校で、アルカディアに憧れる人間にとっては聖地と呼ばれている。

 それゆえ、県外から単身で越してまで入学する人間は多い。俺のいる1-Aクラスは生徒の90%以上がひとり暮らしとも囁かれている。


 だから灯里も90%──マジョリティ側だと思ったんだが……


「うん。私は実家が大洲おおすだから、歩いて通ってるの」


 どうやら残り10%──マイノリティだったようだ。

 ちなみに大洲って言われても、千葉に来たばかりで土地勘のない俺からしてみれば、どこかまったくわからない。


「藤間くんはどの辺りに住んでるの?」


鳳町おおとりちょう。いつも出くわす交差点あるだろ。あそこを曲がって三分くらいのとこ」


「学校から近いんだね。もしかして同じアパートに鳳学園の生徒っているの?」


「いや……わかんねえ。気にしたことすらねえ」


「あはは……藤間くんらしいね」


 俺らしいとはなんなのか。

 最近いろいろあって、自分という存在がブレてきていて、自分でも自分の考えが分からない。


 口を開けば「あれ、なんか俺らしくねえな」って思ったり、

 しゃかりきになって頑張っても「俺ってこんなだったっけ」って感じる。


 結局のところ、はすに構えて、世界を皮肉って、自虐する自分ってのが一番しっくりくる。

 灯里に出会って自分が最低だったと知り、

 アッシマーに出会って己を省みてやり直し、

 新しい自分と出会って得たものは結局、いろんな人がいていろんな思いがあって、その『すべてが敵なわけではない』というあたりまえの認識だったのかもしれない。


 そう考えると、昨日アルカディアでアッシマーと灯里に言われた、俺は変わっていないという言葉はあながち間違いではないのかもしれない。


「……曲がるときわざわざ道路側行くなっつの。……ほれ」

「う……。ばれちゃった……ごめんね?」



 ようするに、灯里と歩くこの道が『面倒くさい』から『照れくさい』に変化したように、俺はきっと陰キャなまま、その性質が少し変化しただけなのだ。



「伶奈ー! 藤………ふじ………? ふじー!」

「亜沙美ちゃんおはようっ」


「おいコラ諦めて藤で切るんじゃねえよもうすこし頑張れよ」

「あはははっ、気にすんなって藤山!」


 ばしばしと肩を叩いてくる高木。


「痛ぇ……。しかも間違えてんのかよ……」


 今日、イケメンBCと顔を合わせることで暗い顔をしているかと思ったが、高木は今日も元気だ。


 それを安心する程度には、俺は変化しているようだった。


──


 パリピグループの内輪揉めについて、鈴原と高木からなんとなくの話は聞いていたが、その塩梅までは把握できていなかった。

 なんだかんだいってパリピの持つ脅威の修復能力により、昼休みを待たずにクラス後方を再び陣取るようになると思っていたのだ。

 しかし今回こそ致命的だったのか、高木と鈴原は祁答院とは挨拶をしても、イケメンBCに話しかける様子はないし、イケメンBCが話しかける対象も祁答院どまりだった。


「ねえねえ、祁答院くんたち、なにかあったのかな……」

「最近っていうか、今日特になんか変だよね……」


 そんな囁きまで聞こえる。すげえな祁答院、お前エクスカリバーでありながらインフルエンサーでもあるのかよ。俺もインフルエンザーなら経験あるんだけどなー。


「うっわ藤間めっちゃつまんないこと考えた顔してる」

「うるせえよ」


 机をひとつ挟んだ先の高木が声をかけてきて、ひとつ挟んだ先に返した。

 宿の女将どころか高木にまで心のうちを読まれた。自分でもAmaz○nなら評価1だと分かるほどつまらないギャグだと理解できていたぶん、悔しさは二倍増しだ。

 それよりも、高木と俺に挟まれた女子が俺たちを見比べて、不可解だという顔をしている。こういうことがあるから、あまり教室では話しかけてこないでほしいんだよ。


 陰キャてのは噂が嫌いなんだよ。やれ『藤間と斎藤くんが話してた、斎藤くんかわいそう』とか『藤間って休み時間いつも寝てるよなー。やっぱりあれ寝たふりだよなー』とか。なにこれ、泣きそう。


 噂が耳に入ると傷つく。すべての噂を耳に入れるなってのは無理だから、いちばんいいのは噂にならないことなんだよ。


 だから俺は教室では無になる。

 ばい菌扱いされるくらいなら『あれ……? あいつ誰だっけ?』って言われたほうがよっぽどいい。


 三限後──10分間の休み時間になる頃には、誰の目からも明らかにグループ構成が変わっていた。


 これまでは寝たふりの俺とアッシマー、パリピグループ6人は後ろでたむろだったが、いまは近い席どうしの灯里とアッシマーが会話をしていて、同じく席が前後の鈴原と高木が喋っていて、突然俺に話を振ってきたりする。


 教室の後ろはイケメンBCが占拠し、祁答院はそこに混ざったり、時折高木や鈴原に声をかけている。修繕に努めているのだろうが、こればっかりはエクスカリバーにも難しいようで、時折苦笑を浮かべていた。



「藤間くん、ちょっといいかい?」


 そんな祁答院は昼休みが始まるなり、パンの袋を開けたばかりの俺の席にやってきた。


「え、な、なに」


「お昼、一緒にどうだい?」


 手にはダークブルーのオシャレな弁当袋。え、なに、昼飯?


「あ、あのっ! 祁答院くんっ! よかったら私の席使って?」


 俺の隣に座る──高木と俺に挟まれた席の女子が嬉々として立ち上がった。祁答院はそれに爽やかな笑みを返し、


「仁尾さんありがとう。でもべつの場所で食べようと思ってるから、また今度お願いしてもいいかい?」

「う、うんっ」


 やんわりと辞退すると、仁尾という女子は小さな桃色の弁当袋を持ち、数人の女子生徒と「きゃー! 祁答院くんと喋っちゃった! 名前知ってくれてたー!」とかしましく騒ぎ、廊下へと消えていった。くそっ、顔面エクスカリバーめ。


「さ、行こうか」


 そんな祁答院は女子の歓声を一顧だにせず俺を促す。

 え、なに、この断れない感じ。


「いや、おい、待ってくれ。ふたりでか? いつものやつらも一緒じゃねえだろうな」


 俺の様子から『いつものやつら』が高木や鈴原、灯里ではなく、イケメンBCのことだと察した祁答院は、


「慎也と直人は学食に行ったよ。さあ行こう」

「あ、お、おい」


 え、まじでどっか行くの? あいつらのいる学食じゃないだろうな?


 廊下を出る際、名残惜しげに振り返った教室のなかに、申し訳なさそうに両手を合わせてくる鈴原と、ごめんとでも言いたげに手刀を斬る高木、不安げにこちらを窺う灯里とアッシマー。

 そして残るクラスメイトの全員は、こちらに興味深げな眼を向けていた。

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