08-34-Wherever You Are

 一緒に強くなろうな、コボたろう──


 はじめてお前を召喚した日、ふたりでそう誓った。

 あの日から、一週間とすこししか経っていないだなんて、嘘みたいだよな。


 ずっと、一緒にいた。

 一緒に採取をした。

 メシも一緒に食べた。

 強くなるためだ、なんて言って……寝る前に召喚したこともあったよな。


 コボたろう、お前は気づいていたかもしれない。


 ──そうだよな。だって、お前は俺のなかにいたんだもんな。


 強くなるためだ、なんて言ってたけど、それだけじゃなかったんだ。



 一秒でも長く、お前と一緒にいたいっていう、俺の我侭わがままも含まれていたんだ。



 笑っちゃうよな。

 高校生にもなって、俺は、お前に──甘えていたんだ。


 そんな俺を、お前は笑って……撫でさせてくれたり、励ましてくれたり……いやな顔なんてちっともせず、受け入れてくれたんだ。



──


「コ……ボ、たろ──」


 コボたろうは俺の目の前でピピンの槍に貫かれ、口から血を吐き出した。

 俺の背中には一本の木。前からジェリーに押さえつけられ、自由に動くのは右腕だけ。

 身体をよじっても空いた右腕で殴りつけてもジェリーはびくともしない。


「どけっ……! コボたろうが! コボたろうがッ……!」


──────────

アイテムボックス LV1

容量 5/10 重量 5/10 距離 1

─────

カッパーステッキ

ウッドワンド

レザーシールド

コモンボウ

えびら:矢収納数2

──────────


 アイテムボックスを開いても、状況を打開できるようなアイテムなんてない。

 コモンボウを構えようにも片手は塞がっているし、なによりも教えてもらっておいて、俺はいまだにこの難しい武器が扱えない。


「コボたろうっ……!」


 コボたろうの目は虚ろ。

 いつもの頼もしく、それでいて愛らしいつぶらな瞳には光がない。



 やめろよ。



 やめてくれよ。



 お前まで、俺の前からいなくなっちまうのかよ。



 それだけは……



 はねたろうも。

 ぷりたろうも。

 コボさぶろうも。

 コボじろうも、うしなった。



「それ、だけ、は、ねえだろ……」



 覚悟していた、つもりだった。

 コボたろうにも、こういうことが起こりうるって。

 それでも、召喚を解除しなかった。


 だからこれは、俺の自業自得。


 召喚モンスターに自我があって、こいつらは死を厭わず、俺の信念に添って消えてゆく。


 未来を托しては消えてゆく。

 ゆずりはのように散ってゆく。


 こいつらが自我のせいで散っていくのなら。



 自我なんて、無ければよかったのに──




 なんて。




「そんなこと、ちっとも思えねえよ……」



 たとえ、コボたろうたちとここでお別れだったとしても。

 こんな思いをするくらいなら、出会わなければよかった……なんて、微塵も思わないから。



 ──そのとき、コボたろうの目に、光が宿った。


「ギャウッ!?」


 コボたろうは震える両手で、自らを貫いたピピンの槍を握る。

 ピピンは引き抜くような動作をするが、槍はコボたろうに突き刺さったまま、びくともしない。

 そうしたままコボたろうは俺のほうを向き、ふてぶてしくニヤリと笑ってみせた──


 ──そうだ。

 自我が無ければよかった、なんて、まったく思わない。


 コボたろうは自らの胸に槍をズブズブとより深く呑み込んで、前進してゆく。


「コボ、たろう──」


 ──ああ。

 だって、お前らのことは、いつでも思い出せる。



 もう一体のピピンが、慌ててコボたろうに槍を繰り出した。

 コボたろうの胸に、二本目の槍が突き刺さり──それでもコボたろうは、前進をやめない。



 ──そして。

 どこを思い出しても、



『ぴぃぴぃっ♪』

『…………(ぷるぷる)』

『が、がうっ』

『がうっ!』

『がうがうっ♪』



 お前らは、いつも、笑ってる。



「ギャウッ!」

「ギャッ! ググッ……」


 コボたろうの両手が伸びて、ピピン二体の腕を掴んだ。



「もう、絶対に忘れたりなんかしねえっ……! コボたろうっ……! 大好きだッ!」



 ──大好きだ。

 ──だから。


 コボたろうは右手でピピンの腕を引っ張り──


 まるで、あの日、俺がしたように。 

 俺とコボたろうの出逢いを思い出させるかのように。

 

「ギャアアアァァァァァアアッァアッ!」



 右にいたピピンの右眼に、己の頭部をぶち当てた。



 ──だから。

 お前が、どこに行ってしまっても。



「お前がどこにいても、俺が必ず見つけ出すからッ!!」


 なおも二本の槍を己の体内にのみ込んだまま、二体のピピンの腕を離さないコボたろうと目があった。


「が……う、が、うっ♪」


 コボたろうはやはり最後に無理矢理、愛らしく微笑んで── 


 力を燃やして、闘志を燃やして──


 誇らしさも、愛おしさも残して── 



召喚爆破サーモニック・エクスプロード



 これまでとは比べ物にならないほどの大爆発。

 閃光のなか、押し付けられたジェリーの感触が腹から消えてゆく。


 たとえお前がどこにいても、必ず探してみせる。

 俺は天に昇るコボたろうの魂──その行方を目で追い続けていた。

 紫の空へ昇っていった青い煌めきはバラバラに散っていき、突如なにかに吸い込まれるように南の方角へと消えていった。


 正面に視線を戻すと、俺を抑えていたジェリーからとコボルトから緑の光が溢れていて、ピピンからも黒煙が立ちのぼっている。


「グルァゥ…………!」


 残るは、一体のピピンだけ。

 たおれたのはコボたろうが頭突きをぶちかましたほうのピピンだったようだ。

 右眼に傷はない。しかし左腕はいびつに曲がっていて、爆発で消滅したのか、その手には槍を持っていない。


 俺はといえば、きっとアッシマーの盾のおかげで一時的に元気になったものの、コボルトに突かれ、ジェリーに押しつぶされ、体力を消耗していた。


 紫の空の下、立っているのは俺とピピンだけ。


 声もなく、武器もなく、互いに拳を構える。


 ピピンのほうからつっこんできた。

 太い右腕から繰り出される拳をかわし、顔面にカウンターの右拳をぶち込む。


「ガッ……!」


 相手が人間や普通のコボルトならばこの会心の一撃で昏倒する。

 しかしこいつはピピン。よろめくだけで、斃れるどころか怯みもしない。


「うおおぉぉおおッ!」


 体勢を直して繰り出した左のハイキックは右腕で阻まれた……が。


 ──本命はこっちだッ!


 素早く戻した左脚を軸にして、一回転。


「おあああぁぁぁああアッ!」


 渾身の上段右回し蹴りがピピンの右側頭部に命中し、ピピンはもんどり打ってうつ伏せに倒れ込んだ。



「がぁっ……! はぁっ、はぁっ……!」



 殺さなきゃ。



 この殺戮の歯車に決着をつけなきゃ。



 俺はピピンの巨躯をごろんと仰向けに転がした。



 ピピンを殺す手段は、これしかねえ。



 俺は両腕をピピンの丸太のように太い首にまわして、締めるように力を──



 そのとき、ピピンの両目が開いた。


「ギャウッ!」

「がっ……!」


 逆さまになる視界。

 宙を舞いながら、倒れたまま巴投げの体勢で脚を振り上げるピピンの姿が見えた。


 負けてたまるかよっ……!


 頭から落下する直前、両腕を伸ばして受け身をとる。


「ぐぅ……っ……!」


 両腕に衝撃。背中から転がるように落ちて、転がった勢いのまま立ち上がる。


 腕の痛みと揺れる頭。

 すべてをこらえて再びピピンに立ち向かおうとしたとき──



「ぁ…………ぁ……なん、だよ、それ……」


 ピピンは俺が倒れた隙に──

 どこからか取り出した、赤い液体が入ったビンを一息に飲み干した。


 あっという間に、俺がつけた頭の傷が塞がり、曲がった左腕も真っ直ぐに戻ってゆく。


「グルアアアアアァァアアアアアアッッ!!」


 槍こそ戻らなかったものの、回復したピピンの咆哮は草木を揺らし、俺を恐慌させるにじゅうぶんだった。




 ……これが、絶望、なのか。






 違うッッッッッッッ‼




「うおああぁぁぁぁあああぁぁアアッッ!!」



 目を見開き、咆哮を咆哮で返す。

 ピピンの身体がぴくりと震えた。

 

 言っただろ。

 これは、絶望なんかじゃないって。


 ピピンを討ち取る剣も、槍も、ハンマーも持っちゃいないけど。


 俺の武器は、胸の中ここにある。


 灯里を守るために。

 アッシマーの勇者になるために。

 そして、散っていったコボたろうたちに、この先を見せるために。



 信念こぶしを強く握りしめる。



 これは、絶望なんかじゃない。



「これは──俺の挑戦だッ!!」



 咆哮をあげて駆けてくるピピン。

 それを待つまでもなく、俺の足は紫の草を勢いよく蹴り込んだ。

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