07-19-救ったいのち、救えなかったいのち。そして

 メイオ砦攻略報酬の分配が終わり、ココナのスキルブックショップと最近愛想の良くなった調子のいいオヤジのいる武具屋で準備を整え、いざ狩りへ。


 俺はいつのまにかレザー装備の適性を得ていたため、コモン装備からレザー装備へと新調した。


 ほかのメンバーも防具をメインに装備をアップグレードした。一番変化が大きいのは──


「うっ……るあぁぁあああっ!」


 ☆グレートツリーズ・レイジというウッドハンマーのユニーク武器を装備した高木だ。


 高木は栄光の鉄槌グローリー・ハンマーというユニークスキルにより、すべての武器の扱いに対する大きな適性を得ているためか、俺が持つのもやっとこな木槌を両手で振り回している。

 高木のハンマーが、斬撃と刺突に耐性はあっても、打撃に対して大した耐性を持たないマイナージェリーをぶっ飛ばし、宙で緑の光に変えた。


「うっし……! 意外と使えるじゃんあたし!」


 意外どころじゃない。多少ダメージが入っていたことと、呪いやオーラの恩恵があったにせよ、高木はめちゃくちゃ強くなっている。



「うらっ!」

「ふっ……!」


 弓持ちの団体が現れれば、オーラの範囲内に鈴原を含みつつ、彼女と同時に己も射撃を行ない、


「おらああああああああっ!」


 弓持ちと槍持ちのコボルトがいなくなれば、同じく砦で入手した【アイテムボックスLV1】を活用し、即座にハンマーに持ち替えてジェリーに突っ込んでゆく。



《戦闘終了》

《4経験値を獲得》



「いってぇぇぇー……」

「お前あんまり無理すんなよ……」


 前に出るぶん、当然高木の生傷も増えてゆく。拳や蹴りを使いだし、同じく傷を負うことが増えた俺が言えた義理じゃないが、やはり高木といえども女子が傷つくのは気分が良いものではない。


「がうっ!」


《コボたろうが【槍LV1】【攻撃LV1】をセット》

《コボじろうが【槍LV1】【盾LV1】【戦闘LV1】をセット》


 コボたろうとコボじろうも変わった。

 砦で入手した☆クルーエルティ・ピアースというカッパーパイクのユニーク槍なんだが、装備には【槍LV2】と【パイクLV2】をセットしている必要がある。



 そもそもパイクってなんぞや、と感じる諸兄もおられることだろうから、説明しておく。


 杖がロッド、スタッフ、ステッキと細分化されているように、槍も細分化されている。


 片手槍、スピア。

 盾とセットで扱う槍だ。いまコボじろうは弓兵対策としてこのスタイルである。コモンスピアにコモンシールドを持って、槍は槍でも片手での使用という、慣れないことを頑張ってもらっている。


 両手槍、パイク。

 スピアよりも長く重いため、両手で扱う槍だ。コボたろうはコモンパイクを握りしめ、これまでとスタイルが変わらないこともあり、大活躍している。


 馬上槍、ランス。

 西洋の戦争映画なんかでよく見る円錐の槍だ。馬上からの刺突に適しているらしい。


 投擲槍、ジャベリン。

 スピアよりも短く、だいたい数本セットで売っている。投げてモンスターに刺さった槍は使い回すらしい。



 とまあ、槍だけでこれだけの種類があり、スピアを使い続けていても【槍】のスキルは上がるが【パイク】や【ジャベリン】のスキルは上昇せず、結局大分類の【槍】ではなく、小分類の【スピア】や【パイク】を使い続けて習熟していくしかない。


 コボたろうとコボじろうがいままで装備していたコボルトの槍はどの分類にも入らないようで、ふたりにはやむなくスキルを必要としない、一番低ランクであるコモンシリーズを装備してもらった。



 ちなみにコボたろうやコボじろうはレベルが上がると、セットできるスキルの数が増える。コボじろうはLV3だからみっつ。

 コボたろうはLV1だが、転生するとセットできるスキルの数が1増えるようで、現在はLV1だがふたつのスキルをセットできている。


 しかしこれはあくまでLV1スキルの話であり、LV2のスキルはスキルふたつに数えられてしまい、たとえばスキルスロットがふたつであるコボたろうの場合、【槍LV2】をセットしてしまえば、ほかのスキルはセットできなくなってしまう。


 となれば、【槍LV2】【パイクLV2】のスキルを要するレア槍、☆クルーエルティ・ピアースを装備するには、スキルスロット4──LV3まで上昇させなければならないのである。



 いま倒したモンスターはかなりの数だった。


 マイナーコボルト4、

 ロウアーコボルト3、

 マイナージェリー2。

 

 これだけの数を一気に倒して、獲得経験値は25。俺たちは六人だから、ひとりあたり4の経験値。


 召喚モンスターは俺が得た経験値の半分を、召喚中のモンスター全員で分けあう。

 つまり、俺が獲得した経験値4の半分……2をふたりで分け合い、コボたろうとコボじろうにはわずか1ずつの経験値しか入らないのだ。



 ──早く、強くなりてえ。


 それは、うさたろうを守れなかった自分への叱咤。

 今度こそ大切なものを守りたいという己の渇望。


 曖昧で、漠然とした、強さへの羨望。


 しかしそれに、雫が一滴、ぽたりと落ちてきた。

 落ちた雫は波紋のように広がって、熱に変わり、俺の内側でくすぶっている。



『は、はわわっ、ごめんなさい、わたしどうして泣いて……! ご、ごめんなさいごめんなさいっ! なんでもないんですっ!』



 弱いから救えなかったのだと。

 救えていれば、アッシマーは泣かなかったのだと。


 救った喜びも達成感も消え去って、救えなかった悲しみが──いや、アッシマーの涙が優しく、しかし狂おしいほど俺を責めるのだ。



 ──そんな顔、しないでくれよ。

 あのとき、そんな言葉が俺の口から出てくるはずもなく、涙を止める言葉も、涙を拭う手も差し出せぬまま、俺は顔を背けた。



 ──俺は、どうしちまったんだろうな。



 なんで、なんだろうな。



 いつから、なんだろうな。



 アッシマーの涙が、きらいだ。




 槍なんかよりも痛いほど、俺の胸を、掻きむしるから。


──


 エシュメルデは黄昏。

 狩りを終えて帰還し、女子たちは光の速さでシャワー施設へと向かっていった。


 とまり木の翡翠亭の隣にあるシャワー施設は当然男女別なんだが、壁が薄いため、向こう側の声が聞こえてくるのだ。


 昨日は『シャンプー貸してー! あたしの切れてた!』だの『はわわわわ、急に入ってこないでくださいっ』だの『うっわ……しー子エッロ……』だの。


 気づけば俺は壁に耳を当てていて、自分の変態加減に嫌気がさし、声が聞こえないよう、一心不乱にシャワーを浴びた。


 そんなことがあったから、時間をずらすことにしたのだ。



「うっし、コボたろうLV2か。コボじろうもあと少しでLV4だな」

「「がうっ♪」」


 自室でふたりを撫でながら自分のLVも2に上昇させ、ベッドの上に腰掛けた。……なんだか随分久しぶりに座った気がする。


「コボじろう、ごめんな。お前のほうが先にスキルスロット四つになるのに、コボたろうにレア槍渡しちまって」


 コボじろうは「気にしないでね」と首を横に振ってくれる。そうして「がうっ」と元気よく吠えながら、お気に入りだと言わんばかりに左手の盾を掲げてくれた。


「ははっ……。ありがとな」


 もうひと撫ですると、コボじろうは目を細める。


 こいつらが、愛おしい。


 うさたろうの代わりとか、そんなんじゃない。


 裏切らないからとか、俺を好いてくれているのがわかるから、とかでもない。


 単純に、純粋に愛しいんだ。



 ……それなのに。


 

▼─────パッシブスキル

召喚爆破サーモニック・エクスプロード

召喚モンスターが戦闘不能になった際、敵対勢力にのみ被害を及ぼす魔力の爆発を発生させる。

──────────



 やはり、LV2になってもあのスキルは消えぬまま、スキル欄に鎮座していた。


 なんなんだよ、マジで。


 召喚モンスターの能力強化とか、スキルなんていろいろあるはずだろ?


 なんだよ、召喚爆破って。


 なんで、こんなスキルが生えるんだよ。



 ──使うわけ、ないだろ、そんなの。



「ぐるぅ……」


 つぶらな瞳で俺を心配そうに覗きこんでくるコボたろう。


「大丈夫だ、コボたろう、コボじろう」


 ──使うわけ、ねえから。


 戦闘不能になる前に、さっきのピピン戦みたいに召喚解除するから。



 コボたろうとコボじろうからは俺のステータスモノリスが見えていない。俺の懊悩おうのうなど知らないはずのコボたろうとコボじろうが、すこし寂しそうに俯いた。



 それはまるで、俺の心中をすべて理解したうえで、俺の弱さを優しく責めているようだった。

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